春の嵐と恋の風⑪
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現人神統括センター。
そこは、異空間と現世を繋ぐ位置にあり、あらゆる現人神達の機関を一か所に集約、または、そこからアクセスできるようにしてある中継地点でもあり、大和皇国に籍を置く全ての現人神が管理・登録されている。
ここを訪れれば、現人神関係の用は、全て解決し対応も早い。
カヤノは担任教師サルマンの家で、その姉のイーリスと早めの昼食を取ってから、午後一で行われるアルバイトの面接にやって来ていた。
早めに来たとは言え、統括センター内の部署は星の数ほどと言っていいほどに数多だ。
ノロノロしていたら約束の13時に遅れてしまう!
応募するのは、統括センター内にあるショッピングモールに連なった精神科クリニックでの受付の仕事だ。
統括センター内にある店やクリニックは、個人経営のような場所でも、必ずどこかの『課』に所属している現人神が運営しており、カヤノが面接を受けるクリニックの医師も統括センター内の医療部に所属しており、運営自体も現人神専用・一般診療チームの傘下にある。
つまりは、統括センター内の全てのものは、クリニックや店も一般の個人が営んでいるように見えても、センターのどこかの部署から派遣されていると考えた方が正しいだろう。
それにしても、センターは広い。
現人神関係の全ての事が整うようになっているだけあって、コンパクトにできていると言っても、もはや小さな都市のようだ。
センター内にある地図や表示を見て面接先のクリニックを探すには、この空間は膨大すぎる…どこからが現世で、どこから異空間に繋がっているのかも不明なのだから…。
「適当に行って、迷子になったら大変だわ。戻るのも一苦労しそう…だって、本当に広いもの。ええと…まずは、総合窓口に行けばいいんだよね?」
四年前、両親と死に別れてしまってから、孤児施設に引き取られる際にも一度、カヤノは統括センターに連れられてきた事がある。
その時は、シルヴァスとその同僚に連れられていたから、迷う事などなかったけれど、同時にセンターでの事務手続きは、全てシルヴァスや後の孤児院の事務担当員が代行してくれている為、カヤノが一人でセンターを利用するのは今回が初めてだ。
サルマンからは、着いたら総合窓口に行けば、全て知りたい事を教えてくれるので大丈夫だと教えられていた。
…が、やはり子供の『初めてのお使い』のようなもので、少々緊張する。
カヤノはキョロキョロと周りを見回した。
総合窓口は、円形のカウンターがかなり広く取られていて、いくつかに別れて設置されている。
センターに入ってきたばかりの出入り口付近に主に設置されているので、統括センターに着いたら、まず総合窓口に直行するのが流れとして正しい。
訪れた者は、最初にここで用件を言えば、どこの部署に行ったらいいのかや、行き方も案内してくれるし、相談にも乗ってくれる。
急ぎの際には、途中の道をショートカットできるような隠し扉何かも存在しているので、あらかじめそうした場所の位置を確認しておいた方がいい。
時間がある時は、自力でそう言うのを見付けるのも、ゲーム感覚で楽しそうだが、そうでない時は、運動したいならいいが、歩き時間分を確実に損してしまう。
「あっ、あそこね?」
カヤノは早速、見付けた総合窓口に、ちらほらと並ぶ数人の現人神の列を目指した。
いくつか設置されている窓口を見て、最初に目に付いた窓口の男性職員から目を逸らし、女性担当者の列に並んで案内される順番を待つ。
「お次の方!」
順番がきて、窓口担当者と目が合い、そう呼ばれると、カヤノは前に進み出て、アルバイトの面接で訪れた事を告げた。
カヤノがアルバイト先の所属機関を言い終えると、担当者がニコリと笑んで、行き方を丁寧に説明してくれる。
そして、最後に『面接、頑張って下さいね!』と応援の言葉を掛けて見送ってくれた。
カヤノは、ぺこりとお辞儀をして立ち去った。
現人神は、皆、とっても良い人である!
そしてそれは、男性だって同じだ。
カヤノだって、本当は例外なく男性現人神が良い人ばかりであると知っている筈なのに…。
どうしても、一人で彼らの目の前に出ると、怯えて固まるか、極度に緊張をしてしまう。
比較的、柔らかい印象の男性なら、何とか最近は普通に受け答えができるようになったのだが、カムイのように突然、手を握られたりすると、やはりダメだった。
特に、見た目が男性的な人や熊のように大柄な男の人だったり、強面系の人には、完全に一人では対応ができない…。
相手によっては、女性や誰か信頼できる人が隣にいてくれても、しゃべり方がたどたどしくなったり、挙動不審になり、普通の態度が取れなくなる。
それでも、シルヴァスに保護されて、施設に入った当初などは、ショックで男性だけでなく女性相手にでも警戒心が拭えなかったくらいだから、まだ改善されてきた方だ。
とにかく、手負いの野生動物のように、当時の自分は誰も信じられなかったのだ。
口を利くという事自体が苦痛だった…。
しかし、孤児院で穏やかな生活を送るうちに、少しずつ落ち着きを取り戻し、元のカヤノに近付いて行った。
自分をマッド・チルドレンの恐ろしい組織から、助けてくれた一人でもあるハルリンドは、シルヴァスの思い人でもあったが、カヤノ自身にとっても恩人で、優しい彼女は当時、自分と同じ孤児である境遇のカヤノに対し、本当の姉のように接してくれた。
彼女のお陰で、自分も本当の事を話すようになり、マッド・チルドレン達にされていた出来事を打ち明けられたのだ。
その結果、例の最悪な組織も今では、ほぼ壊滅状態になっていると聞く。
当時、自分がハルリンドに話をしなければ、今もまだ、たくさんの現人神の少女達が酷い目に遭っているかと思うと、本当にあの時、ハルリンドに出会えて良かったと思う。
それと同時に『自分は、なぜ、もっと早く誰かに話す事が出来なかったのだろう?』という罪の意識が生まれた。
自分が保護されてから、もっと早く色んな人に話しをしていれば、更に多くの少女達を早く助ける事ができた筈だ…。
カヤノは自分の臆病さを呪った。
事件が終息に向かうにつれ、周りが『よく話してくれた!』『カヤノちゃんのお陰だ!』などと、言って自分を誉めたたえると、一層にその気持ちが強くなって行く。
「やめて!私のお陰なんかじゃない!!私は怖くて、すぐに話をする事すらできないでいたのに…。事件の事は、もう、思い出したくない。その話はしないで!」
そう思うが、正直に自分の思いを告げる事ができず、謙遜気味に『そんな事はないです…自分は何もしていません。』と言うのが、精一杯だった。
そして、自分がそのセリフを言う度に…あの恐ろしい生死をかけた戦闘ショーを思い出すのだ。
自分の手をつかんで、闘技場に押しやるマッド・チルドレンの男の顔。
ショーの最中の観客席で、こちらを観戦する大きな男達。
その合間にも傷つく仲間の少女と自分の姿に興奮する魔神や悪魔の男と目が合った瞬間…値踏みするように自分達を見ているのに気付く。
終了後もあの嫌らしい目が忘れられず、思わず寒気だった!
その感覚を鮮明に思い出した瞬間…。
いつの間にか、カヤノは男性が怖くなっていた…。
自分の頭では、良い人だとわかっていても…不思議な能力を持った現人神の男性が、どうしても一般の人間の男性以上に、魔神やマッド・チルドレンの男達と重なってしまうのだ。
特に男性らしい現人神や筋肉質で体の大きな男神が…怖い。
人間の男性だって、大丈夫というわけではない…怖い事に変わりはない。
カヤノは、そんな弱い自分を、今度こそ変えなければと、自分自身に言い聞かせながら歩き出した。
☆ ☆ ☆
過去の事を思い出すと滲みだす涙を堪えながら、カヤノは総合窓口で教えられた面接場所に向かっていた。
途中、一般診療用のクリニックが立ち並ぶ区域に入ると、奥の方に精神科の表示が出ているのに気付き、中へと入る。
扉を開けると、レトロな呼び鈴が鳴り、中から銀色の丸い眼鏡をかけた優しそうな白髪のお爺さんが出てきた。
お洒落なブラウン系の三つ揃えスーツを着込み、蝶ネクタイを締めたお爺さんは、若い頃はさぞオモテになったであろう雰囲気を醸し出している整った柔和な顔立ちの人だった。
統括センター内では、皆、本性である自然のままの色で過ごすのが普通なのだろう。
その瞳は、現人神である事を象徴しているように、キラキラ光るハチミツ色の蛇眼だった。
外の表示には精神科とあり、扉も無機質な現代風の病院の入り口という感じだった筈なのだが、入った瞬間に、中側の扉はレトロな木彫の物へと変貌しており、そこは全くの異空間になっている。
カヤノはアッと驚いたが、口には出さずに呑み込んだ。
そして、よくよく室内を見回した。
精神科クリニックの内部は、病院の待合室というより、古き良き喫茶店を思い起こすようなお洒落な室内が広がっていて、座り心地の良さそうな椅子は、全て革張りのソファーだ。
ゴブラン織りのクッションやテーブルも高級感のある物が配置されている。
実際にセルフサービスではあるが、コーヒーや紅茶も置いてあり、子供用なのかジュースも二種類ほど用意されているドリンクスペースも完備されていた。
まさに喫茶ルームである。
カウンターも喫茶店そのものだったが、診察券を出す場所や筆記具が用意されており、そこが受付である事がわかった。
室内には、3つほどのドアが設けられており、ドアの一つにはトイレマークの表示と残りの二つのドアに診察室と書いてあるプレートが設置されていた為、ここはやはり、お医者さんがいる所なんだな…とカヤノは、ぼんやりと思った。
奥から出てきたお爺さんは、カヤノを見ると、少し間をおいてから、カウンター越しに声を掛けてきた。
「ええと、今は休憩中なんですがね…お嬢さんは?」
カヤノは、このあまりにも精神科というのには相応しくない空間の中で、
『本当にここで合っているのか?』と
不安になりながらも、恐る恐る口を開いた。
「あっ、ハイ…あの…私、三十木カヤノと言いまして、今日、こちらでアルバイトの面接に伺った者なのですが…。ええと、こちらで間違いは…?」
「ああ、君か⁈待っていましたよ。私が医師を務めている因幡大巳です。受付のお嬢さん方には、ヒロミ先生~って言われているんで、君もそう呼んでくれると嬉しいな。さて、面接だっけ?」
気軽にしゃべる白髪の紳士は、そう言ってカヤノにウインクをして見せると、カウンターから出て来て、一方の診察室の扉を開けた。
『どうやら、ここで間違っていなかったのだ。』とカヤノも少しホッとして、ヒロミ先生の行動に目を向けていると、扉を開けた紳士がドアが閉まらないように出入り口で押さえ、片手でホテルのベルボーイのように部屋の中を指し示し、カヤノに入るようにと促した。
「悪いねぇ。あまり部屋もないから、一応の面接は診療室内で行うんだけど…。じゃあ、入ってもらえますか?」
「は、はい!失礼致します。」
カヤノは医師の面接に『一応』という言葉を付けたのに対して、どういう意味かと怪訝な顔をした。
勘が良いのか、白髪紳士はカヤノの考えた事がわかったようで、フッと笑んで診療室の椅子に腰掛けるように指示した後、説明をしてくれた。
「フフ。一応と言ったのは、ほぼ君の採用が決まっているからです。養成学校からの紹介で君の事は、既に色々と聞いているし…今日は、いつから勤務できるのか聞く為の顔合わせです。最終的に何か問題がないか、お互いに確認しあう目的で呼びました。」
「えっ⁉もう採用が決まっている…のですか?」
「養成学校の就職課の紹介は的を得てますからね。いつも、最適な人選で良い方を紹介してくれる。君の問題も確認済みだが…ここはそういった専門だから問題ない。成績等の書類も昨日のうちにもらって目を通してあるし。」
「えっ⁉昨日のうちにですか?」
カムイさんのあまりの仕事の速さにカヤノは目を丸くする。
その姿を見て、自称ヒロミ先生は可笑しそうに答えた。
「フフ、現人神が優秀なのは知ってますよね?皆、適性ある仕事をしてますから…それにカムイ君は随分、君の真面目さを評価しているようです。彼、自分の推しの生徒は、特に一生懸命対応するんです。」
「推し…?私、真面目なだけで、そんな推薦してもらえるような優秀な生徒じゃなかったのに。後でカムイさんに、お礼を言わないといけませんね。」
「へえ、随分と謙虚ですね。真面目って素晴らしい事だと思うけど?君がそんな風に謙虚なのは、自分に自信が無いからですか?それとも、自信を持ってはいけないと思っているのかな?」
「あ、いえ、その…本当に私は…全て並の…優れた所なんてない生徒ですから。」
「うわぁ、卑屈ですね!若いんだから、素直に嬉しいって顔しなきゃダメですよ。皆、何かしら良い所や優れた所を持っているんですから、神の端くれや血を引いてる子がそんな事を言っちゃいけません!」
「ご、ごめんなさい。」
少し語気を強めた老紳士の声に、カヤノは少しだけ及び腰になる。
男性でも『お爺さん』だからか、先程までは、それほど緊張せずに済んでいたのだが、やはり、ピシリとした声を出されると一瞬にして、身が縮こまってしまった。
「あー、ごめん。少し声が大きかった?びっくりさせちゃったみたいですね。怒ったわけではないから…君が精神的に男性に苦手意識を持っているのも確認済みです。安心して?」
「あ…は、はい。その…スミマセン…色々と。気を使わせちゃって。」
「いやいや、一応、こちらも専門医ですから、気は使ってないよ?でも、君の方が気を使いすぎな気がするな…いいかい?カヤノたん、うちで仕事をするなら気を使わないでね?」
「カヤノ…たん?」
「ああ、そう呼んじゃダメ?うちの職場、皆、フレンドリーなんですよ。私に気遣いも不要だから…私はね…きちんと仕事さえしてくれれば、上司だからって気遣われるのが嫌なんです。」
「あっ、いいえ…その、そうなんですか。ど、どうぞ、自由に呼んで下さい。」
「ありがとう!で、カヤノたんは、いつから仕事に入れますか?」
お洒落な老紳士、ヒロミ先生のまさかの『カヤノたん』呼びに、カヤノは正直、面食らった。
慣れない呼びかけをこれ以上されて、平常心で受け答えができるか不安だったので、何か話しを逸らそうと、カヤノは適当な話題を振る為に所在なく辺りを見やった。
診察室内の印象は、先程の待合室含む受付と同じで、レトロな皮張りの一人掛け用の椅子が設置してあり、先生専用の木彫の大きな机や本棚が配置してあり、温かい感じの漂う書斎のような一室である。
医療用のベッドがあるにはあるが、それ以外は本当に医療現場とは思えない。
どこかのお宅にお邪魔しているだけのように錯覚してしまう。
少し考えてから、その事をヒロミ先生に言うと、先生は『患者さんにはリラックスしてもらいたいからね』と笑った。
精神科の患者さんは、心に傷を抱えている人が多いので、診察室をリラックスできる空間にするのは大切な事なのだと老医師は続けて言う。
それから、医療の話をいくつか聞いているうちに、気安い目の前の医師が優秀である事がわかったきた。
カヤノはいくつかの仕事内容の確認と質問に答え、明日からでも職場に来れる事を話すと、その後は男性恐怖症について、ヒロミ先生から簡単なカウンセリングを受けた。
その時、カヤノは先程、総合窓口で案内をしてもらった後に、思い出していた過去のマッド・チルドレン事件での辛かった話をした。
当時は、その事を思い出すだけでも精神状態に異常をきたしたので、とてもではないが人に話す事などできなかったが、時の流れが知らぬ間に心の傷を癒してくれていたのか、ソフトな雰囲気のお爺ちゃん先生と二人きりという状況がリラックスに繋がったのか…何とか全てを語る事ができた。
そのお陰なのか、カウンセリング終了後、カヤノは、まるで霧が晴れたかのように、心が澄んで軽くなったように感じられたのである。
誰かに自分の本心を聞いてもらう事が思ったより良かったのだろう。
今まで、どんなに信頼していてもシルヴァスやサルマンには、自分の心の内を話す事が出来なかった。
それは、自分の醜い部分や罪を知られたくないという気持ちと、自分の本心を知って、大好きな人達から嫌われてしまったらどうしようとか…軽蔑されたらどうしようとか…そういった、自己防衛的な気持ちがあったからなのかもしれない。
悪循環というのは、本当にどうしようもなくて『この期に及んで自分を守ろうとするなんて…。』と、またそんな自分に嫌悪感が募っていた。
ヒロミ先生のように医師であり、出会ったばかりで自分にとって、まだそれほど関りのない相手だったから、こんな事を素直に話してしまえたのかもしれない。
それとヒロミ先生が、非常に聞き上手だったのもある…職業上、そういうものなのだろうが。
それでも、
『さすがは、精神科医だ!』
と…カヤノは純粋にそう思い、老医師に尊敬の念を抱いた。
カウンセリングが終わり、カヤノがペコリと頭を下げて、診察室のドアを開けて出ようとすると、最後にこれから上司になる医師が声を掛けた。
「じゃあね、カヤノたん!明日から待ってますよぅ。」
『この口調さえしなければ…本当に尊敬できる先生だと思うのにな…』
カヤノは、老紳士である医師を残念に思うのだった。
次回の投稿は火曜日になります。




