春の嵐に恋の風①
最初なので、用意が出来れば、本日⑤話まで投稿させて頂きます。
『嘘みたい!信じられない!どうしよう、嬉しい!』
そう思っていたのが、昨日の事のように感じられる。
カヤノは、動揺しないようにと必死にいつも通りの表情を作った。
けれど、どうしても涙が滲みそうになって、目にゴミが入ったフリをして手で目を覆った。
現人神の孤児だった私が、シルヴァスさんに引き取られて、4年もの月日が経っていた…。
シルヴァスさんに保護されたのが12歳、引き取られた当初は13歳だった。
当時の私は、過去のトラウマから男性が苦手で、シルヴァスさんは唯一、怯えたり緊張したりすることのない男の人だった。
里親が決まらない自分を、シルヴァスさんが引き取ってくれると言った時は本当に嬉しかった。
男性の苦手な自分が唯一、安心して好意を持つことのできる大人の男性。
それがシルヴァスさんで…その時から大好きだったけど、いつしかその『好き』が、家族や恩人としての『好き』ではなく、異性として恋愛の意味での『好き』に変わっていた。
13歳から17歳になる過程で、恋だの愛だのに興味を持つ年頃になり、毎日生活を共にするうちに、独身で安心感をもたらしてくれる血のつながらない年上の優しい異性に、恋愛感情を含む好意を持ち始めるのは、不思議な事ではない筈だ。
だけど…それが恋愛でなく、単なる恋への憧れだと言われれば、そうなのかもしれない。
でも、だとすると、この心の痛みは何なのか?
カヤノは今、最終学年で次の年には学校を卒業する予定だ。
そうすれば、シルヴァスの元を離れ、自立するという道もある。
今日は学校で、これから先の進路を考える授業があった。
卒業の一年前になると、カヤノの通う学校は、単位が足りたない生徒以外は自由登校になる。
学校の担任教師は本日の授業を最後に、明日来るかどうかは自分で考え、進路についても家族と相談するようにと促した。
そして困ったことがあれば、何でも自分に相談するようにとクラス全体に指示をする。
下校後、カヤノは将来の事を考える為に、保護者であるシルヴァスに進路について相談をしようと思ったのだ。
その過程で、胸に秘めていた思いを…勇気を振り絞って告白したのである。
そして、すぐに思った。
『バカなことをした!』
『言わなければ良かった…。』
結果は、笑ってシルヴァスに流されてしまったのだ!
シルヴァスは言った。
「ありがとう。だけど、それは…多分、本当の恋じゃない。カヤノちゃんは若いんだから、もっと色々な男を見た方がいい。苦手意識があるから、身近な僕なんかを好きだと思いこんじゃっただけだよ。」
それから、シルヴァスは少し悲しい顔をして、
『君くらいの年の子は、恋を錯覚することがあるんだ…それに僕は…。』
と口ごもり、その先をカヤノに話す。
「それに僕は、今もハルの事が…とにかく、しばらく恋愛はしないつもりなんだよ…殊の外、ハルへの失恋がこたえちゃってねぇ。彼女の事は吹っ切れても、恋愛自体が今はまだ…辛いっていうか。」
最後にシルヴァスは、『彼女の事を忘れられないんだ』と言い添えて、自分の本当の心を隠すかのように、おどけてヘラリと笑った。
ハルさんというのは、私が引き取られる前からシルヴァスさんが好きだった女性で、正式にはハルリンドさんという名前だ。
彼女は、とても素敵な女性で、カヤノ自身も慕っている…。
しかし、残念な事に彼女はシルヴァスさんの親友と結ばれてしまったのだ。
シルヴァスさんが失恋をしてから、随分と時間が経つのにこんなシーンで、まだ彼女の話が出るなんて…。
『吹っ切れたと言っていたのに…シルヴァスさんは、今もハルさんが好きだったのね。』とカヤノは顔を歪めた。
正直、カヤノは絶対に自分の思いに応えてもらえると確信していたわけではない。
だが、もうすぐ卒業するにあたり、好きな相手にきちんと気持ちを伝えた上で、将来を考えたかったのだ。
自分は彼の事が好きで、このままずっと、シルヴァスさんと一緒にいたいのだと…。
しかしカヤノの思いすら、シルヴァスには否定されてしまった。
『それは恋じゃない』のだと…。
恥ずかしくてたまらない。
告白と同時に、カヤノはもう、シルヴァスとは一緒にいられないと思った。
カヤノの心は引き裂かれたように傷ついたけれど、皮肉なもので、そのお陰で彼女の進路はある意味、ハッキリと決まったのだ。
「卒業後は、適性のある部署を学校の担任教師に紹介してもらい、シルヴァスさんのように現人神統括センターに就職しよう。」
けれど、シルヴァスさんから遠い部署や関りの無い部門の配置を希望し、その後はあまり彼と接点を持たないようにしなければ…。
完全に自立して、出来るだけ早くシルヴァスさんの元を離れるのが目的なのだから…。
自分のように人間に近い現人神は、暮らし向きからして、ほとんど人間と大差ない。
しかし、決定的に違うこともある。
その一つが、普通の人間とは違い『生涯独身』という身分が、女性には認められない事だ。
現人神の女性は、誰でも生まれた年に還るという60歳までに、一度は結婚をしないとならないのである!
生まれてから60年という期限は長く、独身生活を謳歌するには十分な期間に思われがちだが、私のように異性に対して恐怖心やトラウマを抱えている者には、そう猶予があるようには思えない。
それに現人神は、人間よりも長生きな者がほとんどで、中には異界から引き継ぎを迎えないと、半永久的に現世で活動をしなければならないような使命の者もいる。
それほど寿命が長くない者でも、あまり年を取らない者が多く、人間で言えば60歳という年齢は、30代くらいの感覚でしかないのだ。
そう考えると、このまま思いが叶わないとわかっている好いた相手と一緒に暮らし続ければ、未練も断ち切れないし、60歳までの結婚猶予期間の間に相手を見付ける為にも得策とは言えない。
望みの無い相手の事は、早々に忘れる努力をして、荒療治にはなるが外で男性と少しでも触れ合う機会を増やし、未だ残るトラウマを克服した方が色々と効率的だし良いだろう。
シルヴァスさんにしても、自分がいつまでも家いたのでは、縁遠くなりそうだし、お互いの為にも少しでも早く離れた方が理に適っているように思える。
今までだって、引き取り先が決まらない自分をシルヴァスさんは厚意で引き取ってくれていたのだ。
学校を卒業すると言うのなら、これ以上、彼に迷惑を掛けないようにするのが当たり前だろう。
「シルヴァスさんの心を射止めたハルさんのように、私も在学中からアルバイトをして、少し早めに自立に向けた準備をした方がいいわよね。お金に余裕ができたら、思い切って一人暮らしをしようかな?」
カヤノはそう呟き、ギュッと手を握りしめた。
今では冥界の侯爵の孫娘だと判明し、フォルテナ伯爵夫人となったハルリンドも、複雑な理由で一時は孤児だった事があり、引き取られた先で在学中からアルバイトを始めたのだという。
カヤノは心の中で思った。
だって、自分を受け入れてもらえないとわかっているのに…シルヴァスさんの傍にいるのは辛すぎるもの。
受け入れられないのなら、いつかは離れなければならないのに…シルヴァスさんは優しいから、いつまででも面倒を見てくれるわ。
…一緒にいれば、甘えてしまう。
今までだって…他の男性への恐怖心を克服する事にも…
『慌てなくても平気』『徐々に少しずつ慣れて行けばいいから』
などと言う優しい言葉をかけてくれるものだから、私は鵜呑みにしてしまい、学生時代、積極的に治そうと努力もしてこなかったのだ。
だが、就職するのなら、職場には圧倒的に男神が多い…。
それなのに男性が怖いなどといっていたら、出来る仕事も出来なくなってしまう!
カヤノは改めて、進路に向き合い、この状況をマズいと思い始めたのである。
「そうだわ…明日、学校に行って、先生に相談してみよう…。」
担任教師のサルマン・キュベルは、シルヴァス以外で、数少ないカヤノに恐怖を感じさせない男性の一人だ。
キュベル先生は、男の人なのにとても綺麗で、しゃべり方やしぐさからして、女性的な要素を持っているからかもしれない…。
要するに、先生は…何というか、そう言う人なのだ。
オネェ(サン?)…と言えばいいのだろうか?
カヤノは決意を新たに、自室で相談内容を纏めるべく、紙にメモを取り始めた…。
始まったばかりですが、完結に向けて頑張ります。