プロローグ
プロローグ
静かな黄昏時の校舎。そのコンクリートで固められた肌は夕日で赤く染まっていた。
ほとんどの生徒が下校したにもかかわらず、三階の一角にある教室で一人、帰り支度をしている女生徒がいた。
窓側の席で鞄に教科書を入れようと格闘している。腰までぶらさげた長髪は、力を入れるたびにかすかに揺れ、同時に夕日の光を力強く照り返していた。
わずかに開いた窓の隙間からそよ風が入る。
突然、少女が窓側に向かった。
何かが聞こえたのか、目をつむり、耳をすました。
バシュ トン
どこかから音が聞こえた。
少女はさっきもその音を聞いたのか、その音の正体を知っているのか、脳裏に浮かぶ何かを確かめるために再び耳をすます。
バシュ トン
また聞こえた。音の発信源は、校舎の下。そして、そこにあるのはアーチェリー部の練習場。
少女の足はごく自然に窓へと向かっていた。ゆっくりと練習場をのぞき見た。
そこでは、一人の生徒が黙々と練習をしていた。
弦を引き絞る度に洋弓がきしむ。男子生徒の目は鋭く、的の中心を捉えている。一匹の獣のように真っ直ぐと。
矢が手から離れるとき、
カナカナカナカナカナ
蜩が鳴き始めた。その声が矢の音を小さくする。
カナカナカナカナカナカナカナカナカナ
一匹、二匹、数匹と蜩の数は増え、大合唱を始める。比例するように矢の音は聞こえなくなった。
女生徒にはもう完全に矢の音も弓が軋む音も聞こえない。無音の世界にいる男子生徒を見つめる。
男子生徒は蜩の歌が聞こえないかのように、ただ矢先の指す的を見つめる。
夕日が沈み、金色の光が輝きだす。
カナカナカナカナカナカナカナ・・・・・・・・・
歌か途絶える。
矢の音も途絶えた。
男子生徒がふと、闇に覆われた空を仰ぐ。視界の端に女生徒の顔が入る。
視線がそちらに移動した。
二人の視線が重なる。
互いに目をそらさず、無言のまま見つめあう。
意思の疎通をしているのか、わからない。
男と女。
下にいる者と上にいる者。
動く者と不動の者。
外にいる者と中にいる者。
何もかもがすれ違う二人がその時だけ重なった。
金色の光に雲がかかり、その場を闇に包みこむ。
両者の姿が見えなくなる。
完全な闇。
次に、金色の光が射すとき、そこに二人の姿はなかった。
プロローグ 完