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Ⅴ 海の街


 『海の街』は歌っていた。


全ての貝がらからそれぞれの輝きが溢れ、街にはハープの音が響いては貝がらに共鳴し合い、それがまた新しい音を生み、終わらないハーモニーを奏でていた。


 街のあちこちに様々な店が立ち並んで、そこでは当たり前のように大きな魚や、やどかりなどが元気に呼びかけをして商売をしていた。

『海の街』は海のものたちの世界だった。


「人魚っていうのかな?」

 しえるの言葉に、りんたもどう答えていいのかわからずに戸惑う。

 二人の目は魚や貝たちの姿にとまっている。

 魚たちはそれぞれ貝がらなどでできた店のシルエットが描かれたエプロンをつけていた。

 その姿は手足に水かきと顔にひれや尖った角があるだけで、あとは人間と変わらなかった。


「いやー、今年もよろしくねぃ! パウアの姉さん」

「こちらこそ、今年もタイさんのところのうろこで素敵なアクセサリーを作らせてもらいますよ」

 隣どうしで握手をするのは、タイのような桃色とオレンジ色を混ぜた髪をひとくくりにした青年と、角度によって青や緑、紫がマーブルのように混ざり合わせて幻想的な色を生みだす長い髪をした女性だった。

 ぼうぜんと見つめているりんたとしえるに気づいて、パウアと呼ばれた女性が目を細めて小首を傾けた。


「あら、かわいらしいサンタクロースさん、なにかお探し?」

 ななめにドレープをいれた上品な黒いワンピースを着て、その上に光沢のあるエプロンをした女性は一歩りんたたちに歩み寄った。

 りんたは小刻みに首を横にふる。そんなりんたを気にせず、しえるは緊張しながらも、女性に近づいてまじまじとその顔を見つめた。


 パウアはしえると視線を合わせるようにかがむ。貝がらのように白い肌に、髪と同様角度によって水色や紫に光る瞳をしていた。

「こ、こんにちは、わたしはしえる」

「あらあらこんにちは、わたしはアクセサリー屋のパウアよ、よろしくね」

 パウアの上品なほほえみはツリーチャイムの流れるような音が響きそうなほど美しかった。しえるはその美しさに圧倒されながらも、りんたも不思議に思っていたことを質問した。


「あなたたちは、いつもその姿でお店をひらいているの?」

 絵本で見た人魚とは違う、二本足で歩く魚や貝たちを見ながら、りんたも答えを欲しがるように小さくうなずいた。

「ふふ、いいえ、サマー・サンタクロースのお手伝いの間だけ、マリアさまに魔法をかけてもらうのよ」

「マリアさま?」

「あなたたちがこれから会う素敵な方よ」

 くすっと笑うたびにパウアの肩からひと房の髪がおりて、きらきらと色を変えて光る。その髪にりんたはぽけーっと口を開けて見とれてしまった。

 パウアの髪は、いままで集めたどんな貝がらよりも美しかった。


「じゃあ、いつもは人の姿をしていないの?」

「ええ、私は岸の街の一七四番地で、いつもはのんびり波と太陽を見つめているわ」

「おれは、岩場街の一〇番地でのんびり泳いでるぜ」

 タイも頭の後ろで手を組んで、面白そうに話しに入ってきた。

「ふしぎ……」

 人の姿で言葉を交わすタイとパウアを交互に見てしえるは目を輝かせた。


「じゃあ、いまのうちにたくさんお話しておかないといけないね!」

「そうね、でもお仕事を一番にね」

 そう言われて、あ、と恥ずかしそうにしえるがほおを赤くする。

「ふふ、いつでもいらっしゃい、でもまずはいかなくてはいけない場所があるのではないかしら?」

 りんたは、海の街の一番奥にある大きな建物を見た。

「お城…‥」

「マリアさまがサンタクロースたちに会うのを楽しみにしてるぞ!」

 りんたのひとりごとを聞き取ってタイが大きくうなずいた。


「じゃあ、お城に行ってくるわ! 教えてくれてありがとうございました!」

 恥ずかしそうに小さくお礼を言うりんたの腕をとると、しえるはぺこっとおじぎして歩き出す。

 ほかのサマー・サンタクロースであろう、同年代の子どもたちの声が遠くで聞こえる。

 りんたたちも街の一番奥のお城を目指して歩くが、しえるがあちこちに目移りして、まったく進まない。足は止めても、その口は止まることがなかった。


「わたしね、ずっと目指していたの、このサマー・サンタクロースになること」

 ほら貝のアクセサリー屋さんで目を輝かせているしえるは、両手をかさねて胸を高鳴らせて言った。

 りんたはちらっとそんなしえるを見ると、うつむきがちに、またアクセサリーを見つめる。

 そのお店には拾った貝がらをネックレスにすることができるチェーンがたくさん売られていた。


「そのために、いつもパパとママのお手伝いをしっかりして、お勉強も頑張って、この前はテストで一〇〇点とったのよ、かけっこでも一番とったし! でも、なんでわたしが選ばれたのか、まだちゃんとはわからないのよね」

 えっへんと鼻高々に言い切ったしえるは、自己紹介の延長のようになんとなしに話した。

 べつに、自信のなさそうなりんたを落ち込ませたくて自慢話をしてたかったわけではない。

 しえるは自分の話をするのが好きなだけだった。


 でも、しえるの言葉を聞くたびに、りんたの心は沈んだ。

 りんたは心の中で願った。

(お願い、聞かないで)

「ねえ、りんた、あなたはどうして自分が選ばれたと思う?」

 そう何気なくしえるに聞かれたとき、りんたはたまらず走り出していた。


(ぼくは、なにも自慢できることなんてない、あの子とまるで違う)

しえるといたら、考えてなくても自然に自分と比較してしまう。自分がダメに感じてしまう。りんたにはそれがたえられなかった。


 ただひたすらしえると離れたくて、自分の弱さと向き合いたくなくて走ったとき、周りの子どもがだんだんと多くなるのに気づいた。みんな、りんたと同じか、少し大きい背丈だった。

 見たこともない服装や肌の色、目の色をした子どもたちは、みんなりんたと同じようにサマー・サンタクロースに選ばれたのだ。


 うつむきながら走っていたため、何度目かの子どもにぶつかった時、人ごみに行き止まりにされた。じっと立ち止まって顔を上げず、人ごみがなくなるのを待った。

 いま、りんたはとても悲しい顔をしているから、どうにも顔を上げられない。だから今ここがどこなのかもわからない。

 ただ、とても美しいハープの音がどんどん近づいてきて少しずつりんたの心を癒しているのは確かだった。

 すると突然、聞き覚えのある声が街中に響いた。


『やあ、こんにちは、選ばれたサマー・サンタクロースさん、よくぞ海の街に来てくれた!』

 わあっと周りの子どもたちが歓声をあげる。見ず知らずの場所で唯一自分の知っている存在があることに少しだけ安心した声だった。


『きみたちがここにいるのは、偶然でもなんでもない、来るべくして来た子どもたちが集ったんだ。色んな不安もあると思う、でも、もうきみたちはサンタクロースだ。国の人々を幸せにするのさ、自分に自信をもって、今日からクリスマスまでの一週間、一緒に頑張っていこうぜ』

(来るべくして来た子どもたち……)


 少し乾いたプンの声に、りんたの心は安心よりも不安がふくらんだ。どうしても自分が「来るべくして来た子どもたち」の一人だとは思えなかった。


『さあ、サンタクロースは忙しい。何故ならここでの時間は、地上で太陽が昇っている間しかない。サンタクロースのみんなはお城まで集まってきてくれ、街の散策はこれからでもまだまだできる。

とりあえず、一〇〇人のサンタクロースを祝福しよう!

 あと一〇回歌が流れるまでに『海のお城』に集まってきてくれ。もうほとんどは集まっていると思うけど。じゃあ、またあとでな』


(帰ろう)

 放送のように声が響き終わると、りんたは人ごみの中で体の向きを変えた。


(ぼくはきっと、来るべくして来た子どもなんかじゃない。ここに来たのはまちがいだ)

 流れるように子どもたちがりんたの横を通り過ぎていく。


(ぼくはぜんぜんいい子じゃないし、かけっこも遅いし、勉強もできないし、お母さんがたまに写真を見て、涙を流しているときも、ぼくは何もできなかった。そんなぼくはダメな子なのに……)


 そのとき、大きなカギが外れる音がして、ずずずずずずっとなにかがゆっくり動き出す音が響いた。りんたを包む人ごみが一斉に声を上げた。


「『海のお城』の扉がひらいた!」

「貝がらだらけ!」


 りんたはその言葉にはっと顔を上げた。そこには立派な『海のお城』が胸を張るように堂々とたたずんでいた。りんたは知らない間にお城のもとに来てしまっていたようだ。


 りんたは人ごみの中を逆流して最初に着いた浜辺に戻ろうとする。

 しかし、勢いのある波は小さな石ころをいとも簡単に流してしまう。

 大きな扉にわれさきにとはしゃぐ子どもたちの波に逆らうことなどできず、りんたはあっという間にお城の中に入っていった。




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