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Ⅳ ラベンダーと黄金色



 つんつん、つんつん

 りんたは誰かにほおをつつかれて目を覚ました。いつの間にか砂浜に倒れていたようだ。


「……夢?」

 目をこすりながら、砂浜に手をついて上体を起こすと、目の前には虹色に輝く海と、柔らかい砂浜が広がっていた。

 辺りにはふんわりと花のような甘い香りが海を包んでいた。

 いつの間にか肩の重みはなくなって、プンはどこかに行ってしまったようだ。


「きみ、名前なんていうの?」

 突然目の前に現れたのは、ラベンダー色の綿菓子のような髪。

 そして海が本当に太陽と調和して、時たまにハーモニーを奏でている時だけに見ることができる黄金色の瞳をした少女だった。

 年もりんたと同じ一〇歳ほど。

 いま、興味しんしんにりんたを前かがみになってのぞきこんでいる。


「りんた」

 ぼそっとつぶやくように言ったりんたの声が上手く聞こえなかったのか、少女はくるくるっと、まるでクルミを振った時のような可愛らしい笑い声をあげた。


「さんたって名前なの? おもしろいね」

 りんたはひざを折ってお山座りをすると、目の前の少女から顔をふいっと背けてほおを膨らませた。

「りんただよ、海色りんた」

 今度は少し大きな声で言った。少女はまるで悪びれた様子もなく、またくるくるっとのどをならして笑った。


「ごめんね、りんた。わたしは空音(そらおと)しえる、しえるって呼んでね」

 膨れているりんたと対照的な元気のあふれるしえるは、にかっと音がでそうなほど笑った。りんたはカメのように首を引っ込め、覗きこんでくるしえるの視線から逃れようとした。

(苦手だな……)


「りんた、あなたも一〇〇年目のサマー・サンタクロースに選ばれたのね」

 りんたは自分の服をつまむ。まったくぬれていない。テンポ悪く、しえるの言葉に小さくうなずく。そして、一〇歩ほど離れた場所にカバンを見つけると、しえるから離れるようにカバンを抱え、その場で再びちょこんと座った。

 反応のうすいりんたに、近づこうか迷いながら、しえるもどこか居心地悪そうに、少し離れた場所で座る。


 波が五回、いったりきたりをくり返したとき、しずけさにたえられなくなったしえるが、少し引きつった笑顔を向けた。

「わたしが九十九人目っていうことは、あなたが一〇〇人目よね?」

 りんたはこれにも一つうなずくだけ。人見知りのりんたにはこれで精一杯だった。

 さっき自己紹介できたのも、りんたにはよくできた方だった。


「わたし、知らない場所に一人でいるのが嫌いなの、だから、一〇〇人目のサマー・サンタクロースのこと待ってたのよ」

りんたはマシュマロのように柔らかい砂をいじりはじめる。しえるは負けなかった。

「そのカバンには何が入っているの?」

貝がらのように静かなりんたに、しびれを切らしたしえるが、りんたのカバンをうばって勝手に開ける。クッキーの入った箱からバターと砂糖と、焼きすぎた香りが、海の甘い香りと混ざる。


「ココアクッキーね! 食べていい?」

目を輝かせるしえる。

「それ、たぶんバタークッキー」

ぼそっと言うりんたの声は、しえるには聞こえなかった。

 一口でほおばって、固まったしえるをじっと見守る。

 波が一回、遠くに引いてから、またこちらに戻ってきた。

しえるは眉間に深いしわをよせながら、ほおを思いっきり上にあげて、精一杯の笑顔を見せる。

「とっても、その、独特な味だね!」

(あ、この子いい子だ)


りんたは、冷や汗をかいているしえるを見て、少しだけ感心した。りんたの前にぼすんと座ると、丁寧にクッキーの入った箱のふたをしめ、何も言わずにカバンにしまう。

 そして何事もなかったかのように、流れてくる美しい歌を口ずさみはじめる。

「りんたは、何歳なの?」

またはじまった質問ぜめ。

 まっすぐすぎるしえるの目から、逃れるのに必死なりんたは、なにも答えない。ただ足元の砂をいじっている。

 クッキーの香りがうすれて、また懐かしい甘い香りが漂う。その知っているような香りがなんのものなのか、りんたは思い出せない。


 しえるが何も言わないりんたに、あきらめて立ち上がった。スカートについた柔らかい砂を払う。りんたはほっとして、肩の力を抜いた。

「お願い、『海のお城』まででいいから一緒にきて」

 気を抜いたのを見逃さなかったしえるは返事を待たずに、すかさずりんたの手を握って無理やり立たせる。

 そして問答無用で虹色の海と反対側にある『海の街』へ引っ張った。

 その予想外のことに、りんたはされるがままだった。

 なかば引きずられるようについていくりんたと、やっと『海の街』に行くことのできる上機嫌なしえるは流れる歌を口ずさむ。


「ここでずっと流れている歌、とっても素敵よね、ずっと聞いていたい」

 白くじらを見た時から流れる歌は、より美しく街に流れている。

 聞こうと思うとすぐに耳に入ってくるし、聞かないでいようと思うと、小さなメロディーしか聞こえなくなる。


 りんたはそこで初めて『海の街』を見た。

虹色の海と三日月の砂浜をはさんで反対側にある街は、端から端までカラフルな色をあふれ返させていた。

柔らかい真っ白な砂浜に、りんたたちより背の高い貝がらや海草などでできた建物が並んでいた。

 りんたを四人たてに並べたくらいの大きなまき貝は、アクセサリー屋さんだろう。貝がらのとげにネックレスがたくさんかけられている。

 大きなものから、小さなものまで。そして街の一番奥には、様々な貝がらやサンゴなどでできた大きなお城が建っていた。

 まるで宝石箱からあふれ出てしまった宝石のように、全てがまぶしく輝いている。


 空を見上げると、ドームのような白い空が広がっていた。いくら近づいても終わりはないのではないかと思うほどその空は白かった。


「ここ、あの白くじらのなか?」

 勢いよく進んでいくしえるのスピードに疲れたりんたは、立ち止まってなんとか声をだした。りんたの手を引っ張っていたしえるも立ち止ると、辺りをぐるりと見渡した。

 そして、きらきらの星がこぼれ落ちるんじゃないかと思うほど、黄金色の瞳を輝かせてうなずいた。


「きっとそうよ、国の守神さまのおなかのなかが『海の街』だったのね! そして、サマー・サンタクロースはここでお仕事するのよ、とっても素敵だね!」

 しえるは歌うように話すと、両手でりんたの手を握り勢いよくふる。

 首ががくがくと揺れるりんたは、もともと女の子が苦手で返事をすることすらできず、しえるに連れられるがまま、『海の街』の中をまた進みはじめた。





 なみかは暗くなってきた空を見つめ、鼻歌を歌いながら探し物をしていた。

「なかったかしら、あの色の糸」

 同じ引き出しをあけて、三回目の確認をしながらつぶやく。


「そういえば、この刺繍を毎年サマー・クリスマスに完成させようと縫っている気がするけど……今年で何年目になるかしら」

 刺繍はまだ半分も進んでいない。


「さあ、手を出して 光は逃げる

 おいで、海の街へ

 泡は夢とともに 波は静かに歌う……この続き、なんだったかしら、思い出せない……」

 なみかは部屋のあちこちに飾られている家族三人の写真を見つめる。


「ねえあなた、思い出せないの、あの歌も、あのころの幸せも、思い出せない」

 さびしそうに目を伏せるなみか。


 それでも海は綺麗だった。





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