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Ⅰ 一〇〇人目のサマー・サンタクロース


 穏やかな海、いつも鈴のような音を立てながら波はいったりきたりをくり返す。太陽と仲のいい海は、毎日色を変える。

 雲一つなく太陽だけが両手をのばす今日なんかはうすい桃色に光っていた。浜には空からあふれた星くずがこぼれたような、白く光る貝がらがあちらこちらで夏の太陽とほほえみあっている。


 そんな海の近くに一つ、ぽつんと赤い屋根が見える。白い貝がらの壁でできた小さな家は、鈴の音を響かせる波と共にたえずふんわりとこぎれいに光っている。


 浜辺にちょこんとたたずむ二階建ての家は、砂浜と青い芝生とが混ざり合った場所にあって、屋根と同じ真っ赤なポストがあるだけで、それ以外なんにもない。


青い芝生には、ちらほらと桃色のハート型をした葉が二枚組になって生えている。とがった先を相手に向けないように丸みを添え合う双葉草が両手を広げるように気持ちよさそうに生えている。


 そこには一〇才の海色(うみいろ)りんたという少年と、優しい母親のなみかが仲良く暮らしているだけだった。

 そんな穏やかな時間だけが過ぎる小さな家が、少しだけさわがしくなったのは、そこに住むりんたに一つの便りが来てからだった。



 それは夏休みが始まって三日目。

 二階の海沿いの、りんたの部屋からはじまった。そこには、黄色や水色の魚の絵や、天井からぶら下がった船の模型、海で拾った虹色に光る貝がらが飾られている。

 りんたが宿題を引き出しの中にしまって、夏休みが終わるぎりぎりまで母のなみかに見えない所に隠した時だった。


 部屋の窓に何かがあたった音がした。

 りんたはびくっと肩をはねらせて、いまこの隠し場所をだれかに見られたのではないかと周囲を見渡した。

 部屋には、だれもいなかった。

 音の正体を確かめるために、自分の体より大きな両開きの窓に走ったりんたは、首を傾げた。開いた窓の桟に、オレンジ色に光る右巻きの貝がらが置いてあったからだ。


「今日は貝がら干してないのに」

 いつもきれいな貝がらを見つけると、この大きな窓辺に干しているのだ。窓の外を見下ろすと、昼下がりの温かい日差しをうけて、海は淡い桃色を宝石のようにちりばめている。ただ、いまはどこか遠くに波の音がいる。


 そのとき、桃色の海に一瞬黒い影が映った気がした。りんたは窓から身を乗り出した。魚よりも船よりももっともっと大きい、雲のような影だった。

「くじら……?」

 この国には海を守り、国を守るくじらがいるという伝説があった。海とともに生まれたくじらはまるで一つの島のような大きさだという。

 でも、浜辺にくじらが現れるはずもない、とりんたはまた窓辺に置かれた見覚えのない貝がらを見つめた。

 深い海の底の、誰も知らない不思議が隠れているようなあい色の瞳で。

 その瞳は、りんたの夜に映える満月のような白い肌と、ふわっとカールした太陽の淡いオレンジ色の髪とよく似合っている。


 りんたは不思議な少年だった。 いつも何かを考えているようでぼうっとしていて、いつも海を見つめている。かけっこは後ろから数えたほうが早いし、勉強もなかなか好きになれない。

 どんなことも、よく考えてからじゃないと行動ができない性格のため、いつもやる前にあきらめてしまうくせがある。

 唯一自慢できることは、きれいな貝がらを見つけることくらい。

 そんなりんたはいつも何かを探すように、何かを隠すように海を眺めている。


右巻き貝は手にとると、思った以上に重たく、両手をいっぱいに広げてやっと包み込める大きさだった。

 それはいままで拾ってきた中で一番大きく、一番重たい貝がらだった。


 少し不安になりながらも、わくわくしている自分には気づかないりんたは、いつもするように左目をつぶって、オレンジ色の巻き貝の奥、黒く闇になっている部分を睨むようにのぞきこんだ。

 その闇の中で、もぞもぞっと何かが動いた気がした。

 その瞬間、

「やあ、坊ちゃん」

 突然、陽気な声とともに六本のレモン色のはさみと、くりんとした茶色の眼がついたヤドカリが現れた。


 ダンッと、りんたはそれを勢いよく窓の桟においた。

 どくどくどくと胸が波打っている。

 見なかったことにしようとするように、両手でおさえこみ、窓の外を見るようで見てないでただそこに立ちすくんでいた。


「やめろやめろ、おれを割るなよ?」

 りんたはじっと固まって、乾いた声でしゃべるやどかりを見つめた。

「……しゃべった」

「そりゃ、おれはとくべつだからな」

「…………」

「坊ちゃんもとくべつだ」

 りんたはじっと淡い桃色の海を見つめる。


「坊ちゃん、坊ちゃん? 話聞いてる?」

 桟に押しつけられてくぐもった声になっているやどかりを、りんたはしっかりつかみ、海に向かって構えた。


「まてまてまてまて! 投げるな、話を聞いてくれ、坊ちゃんは選ばれたんだよ!」

「……りんた」

「え?」

 りんたはぽくっと膨らんだほおを、さらに膨らませたまま言った。

「ぼくの名前、海色りんた」

「ああ、わかったわかった、りんた、いったん落ちつこう!」

 りんたはしぶしぶというように、また窓の桟にやどかりをおいた。

 やどかりは安心したようにふうっと深く息をはくと、つぶらな茶色の瞳でりんたの大きなあい色の瞳をみつめた。


「やあ、りんた、自己紹介が遅れたな、おれはやどかりのプンだ。海のずっとずっと奥の海底五番地って所に住んでいて、いつもはのんびり波にながされたり、海草や魚たちと遊んだりしている。得意なのは転がることだ。」

 プンは黄色の六本のはさみを使って自慢げに窓の桟の上を一回転してみせる。

「やどかりのなかで転がることに関しておれに勝てるやつなんてそうそういないぜ?」

 りんたはただじっとそのやどかりを見つめる。

 プンはまるっこい目をしょげるように下げて、少し戸惑いながらも続ける。

「え、えーっと、聞いてるか? まあ、おれもいつもこんな地上に上がってるわけじゃないんだ。それに、こんな風に人間の言葉もしゃべれない」

 プンは丸い眼を細めて片ほおで笑った。

 プンは肩をすくめるように大きなはさみを上に向けた。


 それでもりんたはぼーっとやどかりを見つめている。ただ、どこかりんたの瞳が最初より輝いているように見えるのは気のせいではないだろう。

「そこで、なんでわざわざ海の深ーいところでのんびり暮らしているおれが、ここに来たかというと……りんたも知っているだろう?」

 プンはニヤリと口のはしをあげて、りんたの海底のようなあい色の眼をしっかり見つめた。


「サマー・クリスマスのためだ」


 その瞬間、深い海の底に、時たまに届く太陽の光が差した。

りんたの家の周りに桃草が咲きはじめたときから、りんたは新しい絵本の一ページ目をめくるときのような待ちきれない気持ちになる。

それは、サマー・クリスマスのせい。


「毎年夏休みの八月二十五日に、全国の一〇〇人のサンタがプレゼントをするクリスマス。それがサマー・クリスマス。おれはそのサンタを招待する案内人だ。今年で三〇年目、おれもベテランなんだぜ」

 ふふんっと自慢げに話すプンに、りんたはやっと表情をかえた。それは喜びより、不安だった。

「なんで、ここに?」

 プンが待ってました! というように、にやっと笑った。

「おれの背中を見てみな」

 ひゅっと引っ込んだやどかりの巻き貝を見てみる。


『海色りんたくん

 あなたは一〇〇人目のサマー・サンタクロースに選ばれました。

ぜひ私の『海の街』で夏休みをおすごしください。』


 りんたは再び立ち尽くした。動こうにも、動けない。

 りんたはあまりおしゃべりではないし、かけっこだって一番は取ったことがない。とくべつ友だちが多いわけでもないし、どちらかというと少ない。


 いままで頑張ったって、いつもうまくいかなかった。だから最近は頑張ることも減ってきてしまっている。

 だからりんたは、その光が当たるごとに少しずつ色の変わる、海のような巻き貝をただじっと見つめることしかできなかった。


 不思議、不安、期待、りんたの心はぐるぐると回っては、終わりのない波の引き潮のように揺らいでいた。その巻き貝という手紙はりんたの手がふるえる度に、心がゆれる度に、あわい桃色から深いあい色に変わって、そしてまぶしい黄色に変わっていった。


「坊ちゃん、大丈夫か?」

 両手に持った巻き貝からこもった声が聞こえた。りんたはただ小さく首を横に振った。

 サマー・サンタクロースの話は知っていた。海に囲まれ、海とともに暮らすこの国には、真夏のクリスマスがある。

 それはいい子にしていた子どもたちが不思議な力で、困っている人たちにプレゼントをするもの。それはこの国の人たちにとってウィンター・クリスマスより人の心を温かくするものだった。


 りんたはサマー・サンタクロースを信じていたが、自分とはどこか遠く離れたものだとずっと思っていた。


「なんで、ぼく?」

 驚きや不安な様子をあまり顔にださないりんたが、今回のことには眉をたらして口をすぼめた。


「さあ、でも理由なしじゃ選ばないぜ」

 プンは貝殻の中で意味ありげに、にやっと笑った。りんたはまたじっとプンの貝がらに書かれた字を読んだ。間違いがないよう、慎重に。


「……一〇〇人目って、ぼくが最後?」

「ああ、色んな子どもを見てきたけど、りんたみたいな不思議な子どもは初めてだ。ちなみにおれを海に投げようとしたものお前が初めてだぞ。それに、今年は一〇〇年目のサマー・クリスマスだ、嬉しくないのか?」

「……嬉しいよ、でも、なんでぼくが?」

 りんたの心の中は、不思議でいっぱいだった。一〇〇年目のサマー・クリスマスの一〇〇人目のサンタに、なんで自分が選ばれたのか。


「どうだっていいじゃないか、サンタは忙しい、やるか? それともやめるのか?」

 りんたはプンの眼を見て、窓枠に置きなおすと、オレンジ色のまつ毛をふせた。


「やめる」

「え!」


 プンは驚きで、一瞬、ぴょんと浮いてしまった。





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