ⅩⅤ サマー・クリスマスプレゼント
虹色の海はまっすぐメルとりんたを運んだ。
「昨日ぶりだな、りんた。少し大きくなったか?」
よく見るとメルのおでこにはプンが乗っかっていた。
プンを見た瞬間、さっきまで晴れていた心がまたくもった。
りんたは肩をすくめて、プンを掴むと自分の肩に乗せた。まっすぐな目のプンに、顔を正面から見られるのは苦手だった。
「相変わらず、かわいくないなあ」
「なんで知ってたのに、教えてくれなかったの?」
記憶のこと、りくのこと、プレゼントのこと。
りんたはそのことで、少しばかりすねていた。
最初から教えてもらっていたら、しえるとけんかして逃げるように海に行ったりしなかった。
「自分で気づかなきゃ意味がないだろ? りんたがかけられた魔法は自分でじゃなきゃ解けないんだ」
プンがしょうがないじゃないかと、なかばあきらめ気味に言う。
「あ、そうだったんだ」
予想外の言葉に、納得するしかなかった。
「でもさあ……」
海に逃げたことの気恥ずかしさと真実を知っていたのに教えてくれなかったことの腹立たしさがりんたのお腹らへんでくすぶっている。
プンはそれを知ってか知らずか、ふーっと息をはくとにやっと笑った。
「一時はどうなるかと思ったぜ、最初はサマー・サンタクロースを断るし、次は家に帰ろうとするし、こんな手がかかるサンタクロースははじめてだぜ」
りんたは両耳をふさいで聞こえないふりをしてメルに話しかける。
「メル、お父さんの約束していたプレゼントのところまで案内して」
… 了解だよ、どこにでも連れて行ってあげる! …
くうーーんっと海中に美しい声を響かせると、メルは猛スピードで泳ぎ出した。海の水があい色に変わっていく。
リングの『海の街』から出たのだ。
ハープの音のような歌声が遠ざかっていく。
海の水がメルとりんたの周りだけさけてゆく。まるで海の中にできたガラスのトンネルの中にいる気分だった。
「プン、やっぱりぼくはサマー・サンタクロースじゃないんだね」
「何を言ってるんだ?」
不思議がるプンのつぶらな茶色の瞳がりんたを見つめる。プンの瞳に映ったりんたの顔はすっきりと晴れているが、どこか悲しげだ。
「ぼくはお父さんの渡せなかったプレゼントを見つけるために呼ばれたんだ」
「それでふくれてたのか?」
「べつに、ちがうよ、昔のこと思い出せれたからもう、ふくれてなんかないよ」
「ふくれてますー」
プンが巻き貝の先でりんたのぷくっと膨れたほおをつつく。
「やめてよ」
ふいっと反対側をむくりんたに、プンは小さな顔を横に振ると、にっと笑った。
「自分でもわかってるだろ? りんた、お前がサマー・サンタクロースに選ばれたのは偶然でも何でもない。お父さんの果たせなかったことを代わりにやるためでもない」
りんたはしえるとの会話を思い出す。
「ぼくは、たった一人の、目の前の大切なお母さんを幸せにするために、サンタクロースに選ばれたんだ」
プンが、にこっと笑った。
「いままで、お母さんを幸せにするために色んなことに挑戦して、失敗してきた。それが怖くて、すぐあきらめるようになってた」
りんたが、少しずつ自分のことを見直していく。
プンは嬉しそうにうなずいている。
「でも、過去を見て、しえるに言われてわかった。いまが一番大切なんだなって、どれだけ過去を追いかけても、絶対に取り戻せないもん」
「よく、自分で気づけたな」
「自分だけじゃないよ」
りんたは恥ずかしそうに笑う。
みんなのおかげだ、とぼそっとつぶやくりんたのほおを、プンは笑いながらつついた。
そのとき、ハープの音が再び聞こえてきた。
「え? もうリングからは離れてるのに」
りんたがプンから顔を上げると、目の前には太陽の光が雨のようにさす、明るい海が広がっていた。
「クリスマスはもう明日だ」
目の前には、壊れた船が砂の上に眠るように沈んでいた。
うす暗かった海の中、船を照らすためだけに太陽がそこに光を注いでいるようだった。
かなり昔に壊れたものなのか、ピンクや黄色、空色や紫色などのカラフルな苔や海草が生え、桃草も船体に咲いている。
所々開いた穴からは、そこを住処にしている藤色のカニや透明な魚がちらりとりんたをのぞきに顔を出す。どれも見たことのない魚たちだった。
ハープの歌声はここからする。
たしかにリングの声だ。
「メル、ここにあるの?」
… そうだよ、ぼくが見つけたんだ! …
メルがくうんと嬉しそうに鳴いた。
りんたは砂に降りると、陽の光がひらひらと波にあわせて輝く船に近づいた。
船によじ登り、リングの歌声が聞こえる場所へゆっくりと進んだ。
さあ、手を出して 光は逃げる
おいで、海の街へ
泡は夢とともに 波は静かに歌う
ここにはいつもきみたちだけ
さあ、眼をとじて 時間はないわ
おいで、太陽とともに
光は海とともに 友は静かに奏でる
だれも知らないきみたちだけ
船の甲板にぽつんと、歌声を響かせるそれを見つけた。
純白の輝く巻き貝。
その貝がらからは途切れることなくリングの歌声が聞こえる。
太陽の光がりんたを導くようにそれを輝かせる。
この世でこんなに美しいものがあるのか、そう思うほど、りんたは神秘的で言葉では言い表せられないその貝がらを見つめた。
一歩、一歩。ゆっくりそれに近づくと、貝がらには何か糸のようなものが巻きついているのが分かった。
その貝がらを大切に両手でつつむと、船から飛び降りた。
メルは嬉しそうにりんたの様子を見つめている。
メルの背中に乗ろうとしたとき、りんたの視界にきらりと光るものが見えた。
りんたはそれを拾うと、今度こそメルの背中にのって、リングのもとへ戻った。