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発芽

「君の奥さんは、黒髪の綺麗な人なんだってねぇ」

「は?」


 ――どうしてこの男が、ミアの事を知っているんだ。


 ジェラールの執務室には、今日も皇太子のエルンストがやって来ていた。ジェラールは皇太子が一人でぺちゃくちゃとしゃべっているのをずっと無視していたが、エルンストがジェラールの妻に触れた時、つい反応して顔を上げた。


「そんな怖い顔しないでくれよ。僕が女の子なら泣いてるよ?」

「……」

「あ、その目は何で知ってるかって目だね? 別に奥さんの顔を見に、君の家に忍び込んだ訳じゃないさ」


 言ったが、この男はそれぐらいやりかねない。仕事は怠けたがるくせに、自分が関心を持った事には手が早い。

 ジェラールがそう考えているのを知ってか知らずか、皇太子は客用のソファにくつろいで、どこから用意したか分からないカップを片手に紅茶をすすっている。


「バルトムンクに教えてもらったんだよ」


 エルンストは周知のことのように続けたが、ジェラールは頭の中で疑問を浮かべた。バルトムンクとは誰の事だろうか。

 彼が記憶をたどると、出てきた名前がある。


「……侯爵か」


 ジェラールの仕事とはあまり接点がないのでなかなか思い出せなかったが、ここでバルトムンクと言えば、侯爵のアレクサンダー・バルトムンク以外に居ないだろう。白い垂れ下がった眉毛が特徴の老臣である。半分隠居のような男で、領地の経営や宮廷の役務なども、息子に任せっぱなしだと聞いた。

 しかしそのバルトムンク侯爵と自分の妻の事がつながらず、ジェラールは続きを促すように皇太子をにらみつけた。


「どうしてにらむんだよ。君に奥さんを紹介したのはバルトムンクだろ? 聞いたら色々教えてくれたんだ」


 ミアを自分に紹介? だからこの男は何を言って――


「――あ」

「『あ』って何?」


 ジェラールの耳に、皇太子の言葉は届いていなかった。

 ――あれか……。

 白い眉毛の侯爵。確かミアが屋敷に来る数ヶ月前に、自分に誰か相手を紹介しようとか何とか言っていた男だ。


 今まですっかり忘れていたし、その出来事とミアが屋敷にやってきたことを結びつけようとしたこともなかった。しかし間違いない。侯爵がミアを自分に――と言うよりボルマンに紹介したのだ。どうして執事が侯爵とつながりを持っていたかは分からないが、ジェラールに早く身を固めてもらいたがっていた執事は、侯爵の持ってきた話に乗った。そんなところだろう。


「まあいいや。奥さんはずっと貧民街の教会で子供に文字を教えたりしてたんだろ? 意外だったな、君がそんな優しい感じの人を選ぶなんて。僕は、君のことだからもっとこう、バリバリのインテリっていうか、やり手っぽい人の方が好みかと――。……何?」


 エルンストが聞いたのは、ジェラールが妙に真剣に自分の話を聞いていたからだ。

 普段の子爵は、皇太子である自分がちょっかいを出しに来ても、全く相手にしてくれない。喋っている内容も、十割方は聞き流されている。それがどうしてか、今は食い入るように自分の言葉に耳を傾けていた。


「え、何?」


 いつもとは全く違う子爵の反応に、皇太子は逆に戸惑っている。


「子供に文字を教えていたのか?」

「え?」

「教会で」

「え、君の奥さんのこと? ああ、うん。そうなんだろ?」

「そうか……、なるほど」

「え?」


 ジェラールは顎に手を当てて、考え込む姿勢になっている。エルンストは訳が分からず、とりあえず紅茶をすすった。


「続けてくれ」


 しばらくすると、ジェラールがそう言った。


「『続けてくれ』って……、何が」

「侯爵から他に何を聞いた? いいから続けろ」


 急に尋問口調になったジェラールに、「僕、君より偉いんだけど……」とぼやきながら、その圧力に押し負けてエルンストは喋り続けた。


◇◆◇◆◇


「うふふふふふふふ」


 地面に這いつくばっている私が気持ちの悪い笑い声を出すと、傍にいた小さなカエルが跳んで逃げていった。気の早い子が冬眠から出てきた所だったろうに、カエルには悪いことをしたと思う。

 私がこのような不審な行動をとっていたのは、丁度今、前庭の一角にポツポツと小さな緑色があることに気がついたからだ。そこには地面の土を押しのけて、いくつかの芽が顔を出している。

 ここは私が種を蒔いた所だ。冬の終わり、私は苗を植えたのとは別に、何種類かの種も蒔いてみた。苗の方も順調に大きくなっている――と思うけれど、種が芽を出すというのは、そちらの方には無い、何というか特殊な達成感や高揚感を感じさせるものがある。


「ふふふふふふふ」


 だからして、私の気持ち悪い笑いも抑えきれない。地面に倒れて、笑いながら転げ回りたい所だ。それを我慢して、私は四つん這いで飽きもせずに芽を眺めていた。


「――! 看板を作ろう」


 そう思い立って、私はぽんと拳でもう一方の手のひらを叩いた。屋敷の中に走り込み、ヘンリーさんが桶を作った時に余った木切れを持ってきて、目印として小さな看板を立てた。

 そこには釘で、種の名前を刻みつけておいた。


 ――柵も欲しいな。


 その作業が一段落すると、私は軍手をした片手を顎に当てて考えた。

 何も遮るものが無いと、うっかりと誰かが――もしかしたら私自身が忘れて――踏んでしまいそうだ。ここを囲むように、小さな柵のようなものを作りたい。


 ここ数日、ヘンリーさんが桶やつるべを修理するのを見ていたので、柵くらいなら自分にも作れそうだと思ったのだ。もちろん見た目ほど簡単ではないだろうけれど、折角この庭をきれいにしようとしているのだ。植物以外にも色々と整備していきたい。

 そう考えると、花壇に煉瓦で枠を作ってみても面白そうだ。前庭から井戸まで続く、煉瓦道を整えてみるのもいい。


 新しい芽を見てから、私はなんだかわくわくして、あふれ出るアイデアと身体のうずきが止まらなかった。

 でも、煉瓦などこの屋敷にあっただろうか。無ければ調達しなくては。

 どたばたと屋敷の中の物置をあさり、外に使えそうなものが転がっていないか探した。


「い――」

「お帰りなさい!」


 途中あの人が帰ってきた所をすれ違ったので、興奮したままそう言った。

 やっぱり煉瓦は無い。何かのついでに買い出してもらうか、もう一度街に出かけて自分で買ってくる必要があるだろう。柵作りなどの本はあるだろうか。書庫の中も探してみよう。

 そうやって、私はアルマさんに夕食に呼ばれるまで、あちらこちらを駆け回った。


「――あ」


 少し冷静になって、自分がしたことを思い出したのは、夕食のメインを食べ終えてからだ。


「どうしました? 奥様」

「い、いえ、何でも」


 ――お帰りなさい!


 あまりに夢中だったので、あの人に失礼な態度を取ってしまった。多分、頭のおかしいはしたない女と思われただろう。

 その夜は枕に顔を突っ伏して、しばらく足をじたばたさせてから眠った。




試行錯誤しながら書いております。

どういう風に書けば良くなるか、もしアドバイスありましたらぜひお願いします。

できる限り改善できるよう努力させていただきます。

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