5話「筋肉ダルマにご用心」
戦闘描写って難しいですね……
00
「さて、2時間後にはオルタナティブの生放送か」
時刻は夜23時、理事長は自分の自宅で生徒達が出るオルタナティブを視聴しようとしていた。
「理事長、視聴するのはかまいませんが仕事はちゃんとやるようにしてください 」
「わかってるわかってる。あの2人がどこまで生き残るか少し気になって、特に明日香くんはなんの経験もない魔法使いだから心配なんだよ私は 」
「理事長、貴方は嘘をつく時に左手を異様に動かしていますよね……本当昔から性格が悪いわね梨紗 」
専任秘書 桜ノ宮に指摘された理事長は書類作業中に動かしていた左手をとめた。
彼女は理事長を小さい頃からお互いを知っている為、すぐ嘘を見抜けるのだ。
「バレては仕方ない。本音を言うと明日香君がどんな敵と戦ってどんな苦悩にぶち当たるのか私は見たいんだよ、特に絶望した顔をね 」
「だから明日香さんにお母さんの事を話さなかったのね。相変わらず趣味が悪いんだから」
「話さなかったって言っても明日香君の母親 美咲に関しては名前は覚えてるのに彼女がどんな人物か思い出せないんだ、仕方ないだろう 」
ニヤリと笑い、オルタナティブが放送される時間まで理事長は仕事に戻る事した。
「10代の少年少女に過酷な事をさせるのね、あの企業は」
そう忌々しそうに呟いた桜ノ宮だったが理事長は気にもとめなかった。
01
時刻は25:00、明日香と春馬は人が誰もいない街を2人で歩いていた。オルタナティブが開催中は人々は意識的に戦闘しそうな場所を避けるのだ、思考ではその場所に行こうとしても体が言う事を聞かない。野生の本能が知らぬ間に出ているのだろう。
「ねぇ、春馬くん。少し聞きたいんだけどいいかな? 」
「別に構わないがなんだ? 」
「兵藤君の願いってなんなの? 」
「――それを言ったらお前は態度を変えたりしないか? 」
「どんな願いでも私はひかないよ、安心して!」
エヘンと笑顔で春馬に語りかける明日香、例え春馬がどんな願いを持っていたとしても明日香はちゃんと受け止める少女だ。
「明日香、お前は母親を探すのが願いだろ? 俺は……いや待った敵が近づいてくる……」
『相当な手慣れだよ、明日香お姉さん。気をつけて』
体の中からアルヴァトスの忠告は聞こえてくるが明日香は耳に入っていなかった。前回は同じ使い魔を扱う異能者だった為、なんとかなったが今回は違った。
「おや、私の相手は可愛い少年少女ですか……まあ良いでしょう。私の名はカール・ブライアン、覚えてもらわなくても結構です」
2人の前に現れたのは190cm強の白人だった。顔は温厚そうな感じだが彼の上半身から溢れる殺気は一般人なら見ただけで死んでしまう程、半端ではなかった。
「随分と余裕なのね! 」
「明日香!! 待て! 」
春馬の忠告を聞かずに明日香は自分の最大限のスピードでブライアンの体に回し蹴りをかます。相手は悠長に喋っているので隙をみて攻撃をしたがやはり明日香は甘かった。
「良い判断ですが攻撃をした後の事も考えましょう……」
明日香の回し蹴りをブライアンは片手で受け止めた。だが、彼は明日香がか弱い少女だからといって手加減はせずに明日香の腹部目掛けて体重がかかった蹴りを入れた。
普通の人間だったら190cm以上ある人間から本気の蹴りを入れられたら内蔵どころか他の臓器も破壊されてしまうが今の明日香は不死鳥の使い魔アルヴァトスを体内に宿している、つまり明日香は微量ながら不死身の特性を持っている。
「……少しは面白くなりそうですね」
「イタタタタ……アル君助かったよ」
『憑依経験が上手く扱えるようになったから僕の特性を使えるようになったんだよ!感謝してね明日香お姉さん』
「気を抜くな!明日香!!」
春馬はなにもない場所からデザートイーグルを取り出し、ブライアンの額に向けて弾を2、3発撃ち込む。
明日香になんらかの攻撃を加えようとしたブライアンだったがそれは叶わず地面に倒れた。
「今のって兵藤君……魔法? 」
「補助魔法かな、別空間にある拳銃を取り出しただけだが……っておいおいマジかよアレ見ろ! 」
春馬が指した方向を見ると先程倒れていただろうブライアンがひと回り大きくなって立っていた。
「先程の銃弾は美味しくいただきました……少し痛かったですが」
02
「嘆きの巨人……まさかこんなところで出会うとはな」
「知り合いなの? あんな奴と」
「知り合いというよりかは昔名前を聞いた事があってな」
カール・ブライアンという男は昔は普通の人間だった。生まれつき病弱で体がやせ細っていたため、近所の子供達から陰湿ないじめを受けていた。
この現状に嫌気が指したブライアンはいじめを受けている最中にいじめっ子の首を掴んでいたものの、いじめっ子はその行動を嘲笑った。
ブライアンは自分のなにかが切れた音を自覚しつつ、いじめっ子の首を強く強く強く絞めていた。
気がつくと彼の周りにはいじめっ子を助けようとした大人やその仲間たちが死んでいた、それを見たブライアンは人の目を気にせず醜く泣いた。自分は普通の人間には戻れないんだと自分を責めるように……
ブライアンは3mぐらいまで伸び上がり体も膨れ上がったブライアン、既に彼は人間をやめた形状になっていた。
「私はまた弱い存在を殺さなければいけないのか……心が苦しい」
「いいか、明日香。今のお前はアルヴァトスと憑依経験して不死身性を手にいれた、なら答えは一つ」
「な、なに?……」
明日香たちが話している間にもブライアンは歩みは止まらない。スピードは落ちたがあの何cmあるかわからない腕から出す攻撃を受けたらひとたまりもない。
「少しやらなきゃいけない事あるから時間稼ぎしてくれ、合図出したらお前も技出せ!」
「良いとこどりはズルいな! 」
明日香は不死身性を手にいれたおかげで最初に憑依経験した時よりだいぶ戦い方が変化した。
魔法使いとしてはあまり綺麗な戦いではないが明日香には拳で語り合う戦い方がハマっていた。
「額、左足、右足全てに弾は撃ち込んだ。後はあの呪文を唱えるだけ」
「ねえー!!まだなの!!もう限界なんですけーど!!」
明日香は余裕そうに自分の不死身性を上手く活用して、ブライアンの攻撃に耐え切っていった。ブライアンは小娘一人倒せない自分に苛立っており攻撃がお粗末になっていた。
「OKだ!少し後ろに下がってろ! 」
「!?」
明日香に攻撃を繰り返していたブライアンは春馬のやろうとしている事に気づき、決死の覚悟で春馬の元に走って行くが既に時は遅し、彼に運命は味方しなかった。
「――我が血潮を代償に名も無き獣は目を覚まさず
死を知らない獣よ、生者の魂を喰いつくせ
汝の災いを神は咎めず」
詠唱が終わるとブライアンの体に変化が生じていた。体の内部に吸収されていた銃弾は獣へと姿を変えてブライアンの魂を喰らいついていた。
生者の悲鳴を許さず、生きる事も許さない獣は彼の魂を喰い尽くした後に残った体を凍らした。
やがて満足した獣は春馬を見ながら姿を消した。
「なんか横取りされたような……」
「明日香、お前能力を使いこなせるのはいいが自分の価値観だけは変えるなよ」
「どういう意味?……」
「明日話す、今はなにも考えず帰るぞ」
明日香は春馬の言う自分の価値観は変えるなよという言葉に疑問を持ったが自身の疲れの方が勝っていたので明日の自分に任せる事にした。