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勇者斬りの『無灯』  作者: 夕時雨
9/9

無灯8

 男はダメージを減らす為に蹴りが当たる瞬間に距離を取らんと飛び退ったので、大したダメージは受けなかったがホタルの蹴りを受けた場所を擦って眉根を寄せた。少女の蹴りにしてはその威力が高かったのだ。これほどの蹴りを放てる身体能力を持つ者は多くない。


「まさか、君も『来訪者』?」


「私からも聞きたいことがある」


「なんだい?」


 男は質問を質問で返されたことに憤りは感じなかったが、若干むっとした様子で応えた。

 そんな男の様子など歯牙にもかけずホタルは、


「本物の『無灯』の居場所を知っている?」


「―――俺が本物では納得できない?」


 男のその言葉にホタルは「まさか」と呆れたような顔をした。

 そんなホタルの顔を見ていたアビゲイルはホタルの瞳の奥が燃え上がるのを確かに見た。

 否、事実としてホタルの目が―――青色の瞳だったはずの目が真っ赤に燃え上がっている。


「―――本物は貴方のように『弱くない』」


「言うね」


 男は獰猛に笑うと剣を構える。

 対してホタルは剣を抜かずに鞘に入れたままの剣を構えた。

 その構えを『居合』の構えだと気づいたのはアビゲイルだけでは無く男も気づいたようだった。


「流石容姿に違わぬ日本人か。刀に対する憧れは随一か」


「御託は良いよ」


 刹那、ホタルの姿が掻き消えた。

 アビゲイルの目では追いきれない速度でホタルが動いたのだ。

 その動きを目で追う事が出来たのはこの場にいる者では黒ローブの男だけ。

 男は目を見開き、一挙一動を見逃すまいと集中する。


「―――ハァッ!!」


 ギィン! と刃と刃が噛み合う音が鳴る。

 男が抜いたロングソードに対してホタルが抜いた刀は―――黒かった。

 まるで夜の雫を垂らしたかのような黒。

 黒曜石か何かでできている様に見える。

 そんな素材をアビゲイルは知らない。


「―――その刀は! まさか、お前―――!?」


 驚きに声をあげた男だったが、それを許すホタルではない。


「遅いッ」


 ホタルの蹴りが再び男の腹に炸裂した。

 げほっ、と男が咳き込むと同時に男の身体はそのまま広間の反対側の壁まで吹き飛ばされる。

 ひゅん、とその男の行方を確認しながらホタルは刀を鞘に納めると視線を外さないまま口を開いた。


「アビーちゃん。此処から逃げるか、見てたかったら反対側まで下がって」


「あ、ああ」


 たった一合。

 たった一撃の打ち合わせ。

 それだけだと言うのに力量―――否、『来訪者』が持つ『基礎能力』の違いをまざまざと見せつけられた思いだった。

 思い返せば酒場でダニエルと相対したホタルからは既に尋常ならざる気配を感じていたのだが、改めて戦闘を見ると自らの未熟さを恥じればいいのか『来訪者』のとてつもない身体能力に辟易すればいいのかわからなくなる。

 アビゲイルはホタルに言われた通り反対側の壁まで下がる。

 この『来訪者』同士の戦いを見逃すことをアビゲイルにはできなかった。

 騎士として、1人の戦士としてこの戦いから少しでも何かを得たくて仕方が無かった。


「―――き、さま!」


 男が壁から身を引きずり出す。

 ローブは今の一撃でボロボロになっており、その顔が割れた天窓から差し込んだ月明かりで露わになる。

 黒髪黒目の中肉中背の青年。

 ホタルと同じ日本人。

 その目は爛々と輝いており、歯を剥き出しにして唸っている。


「ガキのくせにやるじゃないか! だが―――」


 青年の姿が掻き消えた。

 疾風の如き踏込みで―――だが初動が見えない。

 ホタルはその動きを―――正確に目で追っていた。

 初動が見えなくても動く前の前段階の筋肉の動き、足先の向きで移動する先を予測したのだ。


「―――俺が見えるか!?」


「問題なく」


 キィン、とロングソードと刀がぶつかり合って澄んだ音を鳴らす。

 青年のほうが膂力はありそうに見えるし、体格や体重に差があるはずなのにホタルは力んだ様子もなく青年の一撃を受け止めている。

 『来訪者』は見た目からその力の大小を量ることはできない。

 それにしたって、遥かに強そうな相手に対してホタルは優位に戦いを進めていた。

 青年の初動が見えずに気づいたら目前に剣が迫っていても防御すると同時に反撃を繰り出すだけの力量があった。

 それはロングソードを使ったダニエルと違って細身で振りやすい刀を使っているからこそできる芸当ではあったが、それ以上にホタルの力量が凄まじく青年との差が隔絶と言っていい程開きがあったからだった。


「ちっ! この程度では反応されるか!」


 青年は舌打ちするとホタルから距離を取る。

 その額には汗を掻いていたが、ホタルは涼し気な顔で汗一つ掻いていない。

 だが、青年が何かを唱えた瞬間ホタルは僅かに眉尻をあげた。

 しかし、戦いの行く末を見守っていたアビゲイルはホタルが何に違和感を感じたかわからなかった。

 そう、「ホタルの目から青年の姿が消えたが、アビゲイルの目では青年の姿はしっかりと見えていたのだ」。


「俺の能力は『認識阻害』! 気配、匂い、音、視覚からのあらゆる情報『認識』を阻害する『スキル』だ!」


 どうやらホタルとの間に力量の差を感じたらしい青年が意気揚々と語り出す。

 語るに落ちるとはこの事か、とアビゲイルは思ったが実際その能力は暗殺者向きの恐ろしい能力と言えた。

 『気配遮断』以上に『認識』を阻害されては何を持って相手の居場所を判断すればいいのかわからない。

 だが、


「アビーちゃん、見えてる?」


「ええ」


 アビゲイルに問いかけたホタルは得心が言ったという風に頷いた。

 つまり、この能力の対象は『1人だけ』なのだ。

 ダニエルが苦戦するほど相手は最小限の『初動の動きを認識することを阻害』した物はダニエルの部下や顔馴染みから見たら意味は無く、

 今ホタルの視界から姿を隠した青年の姿はアビゲイルからすれば目に見えているがホタルには見えていない。

 実に『一対一』に特化した能力と言えた。


「そう、それで父を殺したのね」


「ああ。剣術で俺より遥かに上だったからな」


 なんだ、とアビゲイルは哀しい気持ちに包まれた。

 父と言う偉大な騎士を倒した相手は父より偉大な戦士だと思っていた。

 父より力があり、技術に勝り、戦いに誇りを持っている輩だろうと。

 だが、なんてことはない。

 相手は認識する事をさせない『スキル』を使って闇討ちをしただけだった。

 そこに騎士としての誉れも栄誉も憧れも羨望も介在する余地が無かった。

 こんな、こんな相手に父は殺されたのか。

 それが―――悔しい。

 父の最期は父が望んだような戦いの末、誇りある戦いでは無かったのだ。

 父が最期に感じただろうその一端を感じたくて『無灯』を探したと言うのに、そんなものは最初からなかった。


「―――その戦いに、私が何かを言うことは無い。卑怯だとは思わないし、悪辣だとは思わない。戦いは戦い。命と命のやり取りだから」


 ゆっくりと身を静めたホタルは静かに言葉を紡ぐと居合の構えを取る。

 対して青年は剣を構えもせずにニタニタと笑いながらホタルに近づいていく。

 その距離は歩数で5歩。

 目で見えない。音でも判断できない。気配も匂いも阻害する相手。自分が選び取った言葉やわざわざ靴音を鳴らしたりすることをしなければ相手に居場所を察知されない能力。

 その能力のなんと恐ろしい事か。

 これに対する対抗策は?

 アビゲイルは必死に考える。

 今、口でホタルに相手の居場所を教える事は?

 無駄だ。アビゲイルが伝えた事をそのまま青年に伝える事になり、そこから移動されてしまえば意味が無い。

 相手は疾風のように動く『来訪者』同士の戦いなのだ。

 余計ホタルを混乱させるだけだろう。


 ――――だが、


「見えた」


「―――ナッ!?」


 ホタルが呟いた瞬間。

 まさに疾風。

 神速とも言えるような動きでホタルの姿が消えた。

 文字通り、能力による透明化ではない。

 まさに瞬間移動でもしたかのようにホタルの身体が消えたかと思うと、青年の背後で刀を鞘に納めて立っていたのだ。

 

「なに、が」


「―――斬った」


「あ、ガッ」


 ずるり、と。

 青年の上半身と下半身が断たれた。

 腸がのた打ち回る蛇のように血液を振りまきながらホコリを巻き上げた。


「な、なぜ、俺の―――居場所、が」


 それでも『来訪者』という強靭な生命力が青年を即座に絶命させることは無かった。

 血塊を吐きながら青年はホコリだらけの床を掻き、ホタルを見上げた。

 そんな青年をまるでつまらない物でも見るかのような目で見下ろしたホタルは、天窓から差し込んだ月明かりを指差した。


「―――つ、き? いや、これは―――」


 青年は言って月明かりが差し込む天窓を見上げ、ホタルが言わんとしていることに気づいた。

 ホコリである。

 空気中に漂う塵が静かに天井から落ちてきて、人に触れれば不自然に逸れるか肩や頭に留まる。

 更には床にまるで敷き詰められたかのようなホコリがしっかりと3人分の足跡を残していたのだ。


「貴方への『認識を阻害されてもホコリは対象外』」


「―――ハッ。ホコリでバレる、とか。どんだけ」


 くそったれ、と青年は呟いて息を吐き出した。

 それが、青年の最期の呼吸となった。

 静かにゆっくりと青年の身体が光の粒子となって空気に溶けていく。

 その光景を冷めた目で見るホタル。

 アビゲイルはその『来訪者』の死の瞬間を目の当たりにして、「まるで蛍のようだ」と思った。

 最後の一粒の光が宙を舞い、消えた。


「―――さ、帰ろう。アビーちゃん」


 その光景を確認したホタルはゆっくりと目を瞑ってから目を開く。

 すると、その目の色は元の青色に戻っていた。

 にっこりと笑ってみせたホタルはアビゲイルの傍に近づくと、その顔を覗き込んだ。


「―――怖いでしょ?」


「いえ。ただホタルは強いんだな、と」


 まるで「怖い」と言われたいかのような問い掛けにアビゲイルは素直な感想を口にした。

 戦士として。騎士として。剣士として。

 自分では未だに届かない領域にいるホタルの事を「羨ましいと思わず感嘆した」。

 素直に「すごいな」と。

 その感想を口にしたアビゲイルの事をきょとんとした顔でホタルは見た後、


「アビーちゃんは変わってるね?」


「貴方ほどじゃないわよ」


 そう言って笑ったアビゲイルにホタルもまたへにゃりと昼間のような気の抜けた笑みを浮かべたのだった。 

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