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勇者斬りの『無灯』  作者: 夕時雨
6/9

無灯5

 裏路地にある酒場『星と縞模様』はムトウ・ダニエルの店だ。

 名前は正確にはダニエル・ムトウとなるのだが、ムトウという名字を先に持って来ると『無灯』と勘違いした輩がやってきて金貨を落として言ってくれるのでダニエルはもっぱら「ムトウ・ダニエル」と名乗っている。

 木造の2階建ての建築物で入る客数は20名ほど。いつもは裏路地を生活の中心にしている男達がたむろする店なのだが、今は奥まった席に少女が2人と店主のダニエルが座っていた。

 そんな酒場の奥をチラチラと覗う男達の姿は店の外まで膨らんでいて「ダニエルの店に女の子が2人きてるらしいぞ」「新しい店員か?」「ダニエルが女を雇うのか?」「そしたら俺毎日来るぜ。あいつの薄めたエールも我慢して飲む」「いや、なんでもまた『ムトウ』に釣られての殴り込みらしいぜ」等々噂が広がっていた。


「まあ、いい。『来訪者』のスキルは秘密なのが普通だからな」


 そう言ったダニエルは軽く肩を竦めた後にカウンターの奥へ戻って行ってしまう。

 腕を折られたはずだったが、戦いの後の事についてダニエルは気にした風もなく、先ほどの半眼の言葉以上の追及は無かった。

 どころか「勝った奴タダ飯な」と言って今回の食事の代金を持つことを約束した。

 これに大喜びしたのはホタルで「おかわり」が始まると次から次へと皿を空けていく。

 頼む料理は焼肉に肉野菜炒めに牛肉の煮物に牛肉のステーキ。

 肉、肉、肉。

 

「その身体のどこに入るのよ」


 と、アビゲイルは飽きれた様子だったが、ホタルはきょとんとした顔でお腹をぽんぽん、と叩いたのでそれ以上言うことは無かった。

 皿が山となってテーブルの上で揺れ、ホタルのお腹がぽんと膨れた辺りでアビゲイルは席を立った。

 時刻は既に夕暮れ時に差し掛かっており、そんな長い時間この裏路地の店にいたのかと思うと少しだけ驚いた気持ちになったが、ホタルから『居合』ミブロの話を聞いたりしながらいたので退屈はしなかった。

 騎士として剣術に生きる身として、異界の剣術家であるミブロの話は興味深かった。

 

「それじゃあホタル、助かったわ。ありがとう」


「アビーちゃん帰るの?」


 いつの間にかアビゲイルの呼び方が愛称のアビーになっていた。

 自分の事をそう呼ぶ人は両親以外にいなかったので若干そう呼ばれて驚いたアビゲイルだったが、一拍遅れて「ええ、またね」と言って席を立つとホタルがひらひらと手を振って「またねー」と見送ってくれた。


「お前の親父さんだがな」


 アビゲイルが酒場から出て行こうとすると、カウンターの奥で煙草を吸っていたダニエルがちらりとアビゲイルを見てから独り言のように言った。


「他の貴族の仕業だぞ。伝説級の『来訪者』の名前を出すのは「探すのは無駄だ」という暗喩だ」


「知ってるわよそんなこと」


「じゃあ、なんで探すんだ?」


「本物であれそうでないにしろ、父を一対一で倒した相手よ? 私も戦ってみたいわ」


 わからねぇな、とダニエルは肩を竦めてみせる。

 そうでしょうね、とアビゲイルもまた肩を竦めてみせると酒場『星と縞模様』から出て行く。

 その後ろ姿を見送ってからダニエルは奥の席で満足そうにお腹を擦りながら眠りこけ始めたホタルを見て、


「おい、誰か2階の客室に放り込んでおいてくれ」


「え、ダニエル。お前あんなガキが趣味なのか?」


「ぶっとばすぞ」


 階上を指差して言うと顔馴染みからそんな冗談が飛んできたので歯を剥いて威嚇する。

 「おー、こわ」と笑いながら顔馴染みはホタルを荷物か何かを担ぐように2階へ連れて行った。

 裏路地にある酒場で泊まれる部屋もあるが宿屋として営業はしていない。

 いくら治安が悪い所に店を構えているとは言っても『正当防衛』ぐらいの悪事しか働いていないのだ。


「まったく、俺の腕を折る奴は何年ぶりかね」


 折られた腕がある程度動くのを確認しながら呟く。

 ポーションのお陰か、折れ方が良かったのか。

 捻じ折られて「良い折れ方」なのか甚だ疑問なのだが、ホタルが使ったポーションが良かったのかもしれない。


「おい、ムトウ」


「なんだ」


「客だぞ」 


 ダニエルが腕を回していると店の入り口に小柄の男が意地悪い笑みを浮かべて立っていた。

 見た目は中肉中背の男で黒いローブ姿。

 どうやらまた『正当防衛』の客らしい。

 溜息を吐いてダニエルはカウンターから出ると黒ローブの男の前に立つ。

 高身長のダニエルからすると頭一つ分ほど小さい男を見下ろしてダニエルは口を開いた。


「で、なんだ。ムトウに何か用か?」


 にやり、と笑ったダニエルだった。

 ここで普段なら「お前がムトウか! 尋常に勝負!」と挑まれたりするのだが、男は何をするでもなくダニエルを見上げて口を開いた。


「あの女に伝えろ。『ムトウ』探しは無駄だと」


「―――。ただの客だ。次くるのがいつかわからねぇ。あいにく貴族関連の話には疎くてね。直接言ってくれないかね?」


 あの女というのは先程まで店にいたアビゲイルの事だろう、とすぐに当たりをつけたダニエルは眉根を寄せて言った。

 ダニエルは裏路地の酒場の店主であり、貴族の事柄に口を突っ込むことは趣味ではない。

 しかし目の前の男にはそんな事は関係ないらしい。 

 ふぅ、と溜息を吐いた後男はダニエルから視線を店内へ移した。

 まばらな客の数とダニエルの部下を名乗る男達。階上から戻ってきた顔馴染みが「お、なんだ2回目か?」と新たなイベントの予感に顔を綻ばせている。


「―――そうだな、そうするとしよう」


「ああ、そうして―――」


「関わった無関係の人間がどうなったかわかれば気も変わるだろう」


「―――ッ!?」


 刹那。

 男の姿をダニエルの視界が捉える事は出来なかった。

 気づいたら男は踏込の動作なくダニエルの顎を拳で捉えており、貫いていたのだ。

 突然の奇襲に反応できないままダニエルの足が僅かに床から浮いた。

 そして、

 ダニエルが床に着地する暇を与えずに腹部へ蹴り。

 その力は凄まじく、巨漢でそれなりに体重のあるダニエルの身体を店のテーブルを吹き飛ばしながらカウンターへと叩きつけるほどだった。

 

 あまりに一瞬の出来事に部下の男達も顔馴染みの男達も反応できなかった。

 「は?」ときょとんとした顔で黒ローブの男とダニエルの姿を交互に見やる。


「お、おいダニエル」


「わかったか。『ムトウ』に関わればタダでは―――」


「タダでは―――なんだって?」


「………」


 おー、いて、と顎を擦りながらダニエルがカウンターから無傷で立ち上がると黒ローブは黙った。

 その気配に驚きの色を見て取ったダニエルは白い歯を見せて笑う。

 「やれ! やっちまえダニエル!」と先ほどまで固まっていた男達が再起動する。

 瞬く間にダニエルの店に喧騒が戻る。

 恒例の『正当防衛』が始まるのだと男達は喝采をあげる。


「―――『来訪者』か」


「そういうお前もな。初動が見えなかったぞ。それだけの力があるのは『来訪者』だと相場が決まってる」


 顎を擦ったダニエルはゆっくりと顎から手を離す。

 するとまるで顎から生えてきたかのように剣が一本ダニエルの手に握られている。

 その光景に黒ローブは僅かに身構えた後、ローブの中から剣を一振り取りだすと構えた。


「まるで奇術だな」


「おうよ。奇術でも手品でも好きに呼んでくれ」


 ぐっとダニエルがもう片方の手を握り締めて開くと、瞬く間に現れたもう一本の剣がその手に握られる。

 刹那、ダニエルは神速の動きでもって黒ローブとの距離を詰めると剣を振るい、それを受け止めた黒ローブは僅かに呻いた後、


「今度はてめぇが吹っ飛べ!」


 とダニエルの豪快な一撃を受けて酒場の外へと吹き飛ばされた。

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