無灯2
1代で成り上がった者を騎士貴族と言われる。
準男爵と同格の爵位。というよりそのほとんどの準男爵を騎士爵位である。
貴族に成り上がった平民と貴族達からは蔑まされ、
貴族に媚びを売った奴、と平民からは疎まれる。
平民でも無く、貴族でも無い。
されど、騎士と言う誉れ高き戦士である私の父は最期まで偉大な父だった。
他の人間がどう言おうと、父は私に騎士道を説き、剣術を指南し、私を騎士道に準じた騎士として育てる事に注力した。
その最後が――『無灯』を名乗る剣士に殺された事など私は受け入れられなかった。
母は私が生まれた時に既に亡く、兄弟姉妹は無く、父もいない。
私の代を待たずに騎士貴族としての道は閉ざされた。
私の家が引き払われ、私は市井の人へとなるだろう。
没落貴族の娘として白い目で見られる事は必定だ。
それは受け入れよう。
当然の結果だ。
だが、それを受け入れる前に私は違う物を先に受け入れなければならない。
『無灯』。
私の父――私が知る限り最も偉大な騎士を殺した剣士が本当にそこまでの実力を兼ね備えた者であるのか。
仇討?
それも結構。
そう思われても仕方が無いし、そんな気持ちが無いわけでは無い。
私はただ、『無灯』に挑みたいのだ。
挑んだ末に殺されようと文句は言わない。
ただ、私がもっとも尊敬した騎士を殺した男の事を忘れて市井の人として暮らすことを、
私の騎士道が許さないのだ。
「本当に、『無灯』を知っているんですか?」
「ああ、もちろんだとも。会わせよう」
冒険者組合を出て数十分ほどした頃、アビゲイルに声を掛けた者がいた。
見た目は小柄な男で揉み手を欠かさない男。
見るからに『怪しい』と頭につきそうな男だったがアビゲイルはこの話に乗ることにした。
なにか企みがあるならばその企み事潰すだけ。
地道な事だが、些細な事から潰していかなければならない程『無灯』という存在の話は聞かない。
「『無灯』という剣士は強いのか?」
「ええ、それはもうもちろん。表舞台から姿を消した後、裏社会では有名な男なんですよ」
裏社会に通じた人物なのか?
とアビゲイルは首を捻った。
だが、今まで表の世界で情報がまったく出てこなかったのは裏社会に身を潜んでいたのだと言われれば「そうかもしれない」とは思えてきた。
だが、
「そんな裏社会に通じた男を貴方のような人が知ってるとは思えないけど?」
「そう思うならお戻りなって結構ですよ」
そういって笑った小柄な男の笑みが生理的に受け付けない。
それを知ってか知らずか「ヒヒヒ」と笑った後小柄な男は裏路地を数度曲がった。
道順を覚える事は造作も無い事だが、どうやら目の前の男は「道をわからなくさせた」と思っているらしい。
これはハズレだな。
とアビゲイルがうんざりとした気持ちになった頃、小柄な男は一軒の酒場の前で立ち止まった。
「ここですよ」
「わかった」
そう言って、一応前もって約束していた礼の金貨1枚を手の中に落とすと酒場のドアを潜った。
―――刹那、
「やっちまえ!」
という怒号と共に無数の槍が突き出された。
ちょうど明るい場所から暗い酒場へと入った為暗順応が効かない瞬間。
手際は良い。
どうやらこの手管は慣れているようだった。
だが、
「甘い!」
剛声一刀。
アビゲイルが抜き放ったロングソードは一瞬にして突き出された槍の全てを振り払った。
必殺の一撃だと確信していた男達の目がまんまるに見開かれる。
その一瞬の隙を見逃すアビゲイルでは無い。
即座に一歩を踏込み、酒場の中に彼女が床を踏み込んだ轟音が鳴る。
それだけで最前列にいた者達の数人は尻もちをついた。
その程度の功夫で曲がりなりにも騎士の訓練を受けた者に戦いを挑むなどバカげている。
そのまま男達の懐に潜り込んだアビゲイルは小柄な体を活かした小回りの利く戦法で男達の足元を次々に払っては鳩尾に打撃を叩き込み、首を締め上げ窒息させ、後頭部に打撃を与える事で次々と男達の意識を刈り取っていった。
瞬く間に酒場の男達を無力化したアビゲイルは溜息を吐いて酒場の入り口を見ると、先ほどの小柄な男が「ヒィ」と喉を引き攣らせて走って逃げだした。
「―――まったく、また無駄な戦いをしてしまった」
やれやれ、とアビゲイルがもう一度溜息を吐くと酒場の奥の席からパチパチと拍手する音が鳴った。
そちらに胡乱気な視線を向けたアビゲイルは、そこに1人の筋肉を見せつけるように上半身裸の男がソファに座っているのを見て眉を顰めた。
「噂に違わぬ実力だな、アビゲイル・コトナー」
「貴方は?」
男は拍手をやめるとにやりと笑ってソファから男が立ち上がると自分の顔を親指で指さしてキラリと白い歯を輝かせて笑った。
「俺が『無灯』だ!」