バレンタイン
今回は完全日常です
バレンタインデー。それは、美しい人の真心を、甘くほろ苦いチョコレートに込めて渡す、素敵な行事。またの名を、お菓子業界の陰謀。
トロトロに溶けたチョコは、まるで人の欲望のように甘く色濃く、そして愛情のように苦く奥深い。
「ヤヤちゃーん!ハッピーバレンタイン!チョコクッキー焼いたんだ、食べて食べて!」
「は、嫌ですけど」
「なんで!?」
そんな素敵な日に、大好きな後輩への贈り物を拒絶されてしまった。何故だ。
「いえ、先輩が焼いたんでしょう?なんか気持ち悪いです吐きます」
「大丈夫だよ!ちゃんと味見もしたし美味しいよ!」
「変な薬とか混ざってそうです」
「変な薬ってなんだよぅ!そんなことしないよ!混ぜたとしても、風邪薬とかだよ!」
「風邪引いてない人に風邪薬とか、バカじゃないですか?」
「だから混ぜてないっての!私のヤヤちゃんに対する深く濃い愛しか混ぜてないよ!」
「うぇ・・・・・・」
本気で引かれた。吐き気を抑えられない、といった感じだ。
しかし、ここまで頑なに嫌がられるとは。これでも本当に、ちゃんと愛を込めて丁寧に作ったのだが。ちょっと傷つくな。
わりと本当に心に傷が入り、気持ちと共にテンションも下がってきた。
・・・・・・帰るか。
「わかった。無理に渡してもなんだしね。悪かったよ、ヤヤちゃん」
「え・・・・・・いや、なにも本気で嫌というわけではなくて」
「いいよヤヤちゃん。別に気を遣わなくて。これは自分で処理するから。それじゃあ」
ヤヤちゃんに別れを告げて、そのまま教室を後にしようと足を動かす。
そのとき、ちょうど教室の扉が開かれ、一人の少女が駆け込んできた。
「やーやー、外さっむー!教室は暖房効いてて天国―――ってあれ?先輩なにしてんのー?やや、まさか告白ですか?うわー照れるなーテレテレ」
ホントこの子はよくしゃべるなー。ヤヤちゃんとは正反対だ。
「違う違う。まぁ似たようなものだけど、ヤヤちゃんにバレンタインあげようと思って」
「バレン、タイン!!!」
なぜか間に間があった。元気な声で叫ぶこの後輩ちゃんは、その大きく可愛らしい瞳をキラキラ輝かせながら、私の方に詰め寄ってくる。
「いいですねーバレンタイン!乙女っぽーい!先輩、まるで乙女みたい!」
「失礼な後輩ちゃんだね、マコちゃんは。私はれっきとした乙女だよ」
「先輩が・・・・・・乙女?」
「なぜそんな釈然としない感じなの」
「だって先輩って、見た目可愛いだけの中身おじさんじゃん。しかも変態よりの」
「む、確かに。なるほど、綺麗な乙女のイメージではないね」
「パッケージ詐欺だよ!責任者を出せー!」
「詐欺とまで言われるか。乙女ではないかもしれないけど、一応は女の子なんだけどね」
ちょっと自信を無くしてしまった。そっか私、乙女じゃなかったんだ。
「じゃあマコちゃんは、そんな乙女じゃない私からのバレンタインなんていらないよね」
「先輩まじ乙女ー!ちょーカワイイし女子力の化身ですねスーテーキー!!!」
「ずいぶんと綺麗な手のひら返しだ」
「食べ物がもらえるなら何でもしますよ!」
私からのプレゼントに対してではなく、あくまで食べ物に対する欲求だったのね。
まあ、そんな細かいことを気にしていたら話が進まないので、大人しく包みを渡す、乙女じゃない私。それでも、ちゃんとこの子の分も用意してラッピングにも拘って可愛らしい私セレクトの袋に収めるあたり、やっぱり私って女子力高くない?
・・・・・・女子力が高くても、変態力がそれを凌駕していると、昔誰かに言われました。おのれ、やはりいつの世も、求められるのは女子力高い系ではなく、総合力高い系女子か。
だが世の男子よ。負よりも正を、1より10を求めるその考えは理解できるが、欠点のない女との付き合いなど、息が詰まるばかりで良いことなど1つもないんだよバーカ!とアドバイスを伝えさせてもらおう。
「はい、マコちゃんの分のクッキーだよ」
「おぉ、これはチョコクッキーと見た!おいしそー!ありがとう先輩大好きー!」
「うーむ、ここまで喜ばれると私もうれしいねー」
「そしてナイスな媚売りだ私!まさに英断ですね!たいへん素晴らしい判断だったという自己評価を下さざるを得ませんね!」
「おっと早くもあげたことを後悔しそうな展開だぞー?」
「そんなことないですよ先輩、自信をもって!ちゃんと食べ物っぽい見た目してるし、味の方もまあ大丈夫だろうって楽観できる程度の焼き色ですよ!そして私にコレをプレゼントしたことは、まったく後悔なんて必要ない事案ですよ。良くやったと褒めてあげたいくらいです!」
「マコちゃんマコちゃん。キミは言葉選びを致命的に間違える子だって、誰かに言われたことはあるかね?」
なんて失礼な子なのだろうか。慇懃無礼ここに極まれりって感じだね。邪気悪気ゼロ笑顔満点でこの物言いなのだから困ったものだ。
「ところで先輩?先輩の背後でずーっと無言のヤヤっちのことは放置のままで良いのかなーなんて、私は考えるんだけどー?」
「え・・・・・・ぇえ!?ヤヤちゃん、まだいたの!?」
てっきり呆れてとっくに帰っていると思ったのに。という考えのせいで飛び出た大変失礼な発言なのだが、それを聞いたヤヤちゃんは無表情で、それでもわずかにムッとしたように目がピクンと動かせて。
「・・・・・・まだいてはいけませんか」
なんて言っちゃうヤヤちゃんは大変可愛らしいのだが。
「いや、さっさと帰ってると思ったもので」
「帰る?なぜですか」
「なぜですか、って」
だってもう用がないじゃないですか。プレゼント拒否されちゃったし。
「・・・・・・・・・私はまだ、先輩のクッキーを受けとっていませんが」
「え、クッキー?」
・・・・・・・・・は!まさか!?
「これはつまり、ヤヤちゃんがツンデレに目覚めたっていう大変素敵な展開なのでは!?」
「変に納得して人を勝手な属性にカテゴライズするのはやめてください気持ち悪いです」
「また気持ち悪いって言ったー!」
もうこの子のことが分からない!なんて難解なの!これが乙女心ってやつか。乙女じゃない私には理解できないわけだ。
なんて頭を抱えて本気で悩んでいると、チョンチョンと、可愛らしく背を突く後輩が。
私の耳元に口を近づけ、まるで内緒話でもするように、しかしその声量はまったく抑えられることはなく。
「つまり先輩。目覚めたとかカテゴライズとか関係なく、ヤヤっちは元々、重度のツンデレってことですよー?」
「んな!?」
「なんと」
彼女の発言を受けて、驚きなのか羞恥なのか怒りなのか、なんらかの感情から口を開こうとしたが、それを遮るようにマコちゃんは続ける。
「ということはですよ。ヤヤっちの言葉はすべて、逆の意味で捉えないといけないわけですよ。気持ち悪いなら気持ち良い、嫌なら嬉しい、嫌いなら好き、いらないなら欲しい、ですよ!」
なんと。ヤヤちゃんとの対話にはそんな公式を利用しなければならないのか。やはり乙女心は、というよりツンデレ心は難解だなぁ。
「え、じゃあヤヤちゃんは、本当は私のクッキーが欲しくて欲しくて仕方がなかったのに、ツンデレってあんなことを言っちゃったって、そういうこと?」
「そうですよ。ヤヤっちはツンデレっちゃったんですよ」
「まるで動詞みたいに言わないでください!ツンデレでもないです!」
頬をわずかに赤く染めながら、ヤヤちゃんは言葉をつづけた。
「私は・・・・・・ツンデレとかそういうのではなく、純粋に、気恥ずかしくて、つい否定してしまっただけです・・・・・・」
それをツンデレっていうんだよ。とは、声には出さない。何故って?ツンデレに下手に意見するとすぐに否定されちゃうからね!
「つまり要約すれば。ヤヤちゃんは私のクッキーが欲しい、ってことだよね?」
「ま、まあ。端的に言えば、そうなります」
なんて、顔を逸らしながら呟いちゃうヤヤちゃんカワイイ!
「なーんだもう。それなら最初から言ってくれればいいのに―!もう可愛いなーヤヤちゃんはー!」
「ホント、ヤヤっちカーワイーイよねー、先輩」
ほんと、可愛すぎて悶絶して死んじゃいそうなんだけど、でもここで死んじゃったらクッキーを渡せなくなっちゃうわけで、なんだこのジレンマ。今だったら、幸福を抱いたまま死ねる気がするのに。
そんな葛藤をしつつ、私は用意していたヤヤちゃん用のチョコクッキーを手に取り、彼女に近付く。
私のカワイイ後輩は、私たちに弄られたのが腹に据えかねたのか、若干の不機嫌顔だ。
「ほら、ヤヤちゃん。ヤヤちゃんの分のバレンタインプレゼント。変な薬も風邪薬も混ぜてない。混ぜたのは、ヤヤちゃんに対する愛情だけさ」
我ながら綺麗にできたものだと褒めたくなる、丁寧なラッピングのそれを、彼女に手渡す。
彼女は相変わらず、わずかに不機嫌そうな表情ながら、それでもしっかりと受け取ってくれた。
ちゃんと渡せた。ちゃんと受け取ってくれた。
うん。それだけで私は満足だ。
さて。私からのバレンタインプレゼントを受け取っての彼女の反応だけど。
それは、この場にいた私たちだけの秘密にしておこうと思う。
そんな独占欲に駆られるくらいには、素敵な反応だった。
それだけ伝えておこう。
先輩後輩、女の子、日常のイベント
が書きたかったので、それがテーマです。いわゆる、三題噺というやつですね。もっと大雑把にカップリングを作るなら、現実世界×日常のコメディー です。
前に書いたドラゴン狩りは、ファンタジー×日常でコメディーでした。
その前の後夜祭は、現実世界×人生の一幕を、深くライトに(← 矛盾してるけど、ホントにそういうイメージで)書いてみたものです。
基本的なテーマ、あと序文は、電車の中で暇な時間に思いついているものです。
今回は少し、時間をかけました。難しかったとか話に詰まったとかではなく、単純に日常生活において時間がなかっただけです。
次回は、思いついたらバトルになるかもです。