第99話 お仕事、まだ時間が掛かるんですか?
月見草祭りが終わった後から、土日には多くの観光客がクスタビ村に訪れていた。
平日もちらほらと街の人が来てくれていて、月見草の中でキスをするカップルをサビーナも何度か見ることができた。その度に自分達のことを思い出してしまって、むずむずと恥ずかしい思いをする羽目になったのだが。
今度は夏祭りの準備が始まっている。次に植えた花は、人の身長よりも高く伸びる、大きなひまわりだ。
それを広大な畑に、セヴェリの指定した場所に植えている。どうやらひまわりを垣根代わりにして、巨大な迷路のようにするらしい。
「今回の祭りのテーマは『出会い』です。この迷路で様々な人と出会ってもらおうと思っています」
そのひまわりが大きく成長し、開花を迎える頃のことだ。セヴェリはそう言って村の人に説明を始めた。今日は夏祭りに向けての、予行演習である。
セヴェリは集まった村人全員に、なにも書かれていない白い紙を渡している。
「迷路の入り口は十箇所、出口も兼ねています。中には全部で五箇所、インクを設置したスペースがあります。色は黒、赤、青、黄、緑のインクです。迷路で出会った人に話しかけ、相手のサインをこの紙に書いてもらうんです。全部の色を達成すれば、迷路を出てクリアです。同じ人のサインは三回まで。最低でも二人以上の交流が必要ということです」
「おおー、楽しそうだな!!」
セヴェリの説明を聞いて、ジェレイは盛り上がっている。が、サビーナには苦手な分野だ。そもそも人とコミュニケーションを取るのが、そんなに得意ではない。
「ともかく、上手くいくかやってみましょう。それぞれ入り口から入ってください。前の人から三十秒は空けて入るように」
そう言われ、入り口を探して入ってみる。ひまわりはサビーナの身長をとうに越していて、大きな蕾がそろそろ開こうとしているところだ。これが全部咲けば、圧倒されながら迷路を回ることになるに違いない。
「あれ……さっきこっち来たっけ。インクのスペースどこだろ……」
一人でひまわりの迷路をグルグルと回る。隙間から人が移動しているのは見えるが、どういうわけか中々すれ違わない。
「広い場所なら迷わないんだけどなぁ……こんな狭い空間でグルグル回ってたら、どこに向かってるかわかんなくなっちゃう……」
他の村人達のざわざわした声が聞こえてくる。どうやらみんな、順調に出会ってサインをもらっているようだ。サビーナの紙は、まだ真っ白いままである。
みんながクリアした後、ポツンと一人だけ取り残される自分の姿を、有り有りと想像してしまった。
「うう、それは嫌だ……早くインクスペース探さないと……そこで待ってたら、誰か来るでしょ……」
たかだか迷路で不安になる自分が嫌で、懸命に歩き回る。するとスペースは見つからなかったが、ケーウィンに会うことはできた。
「ケーウィン! 良かったー、人に会えて!!」
「え? サビーナさん、会うの初めて? うわ、本当だ! 真っ白!」
「ケーウィンは?」
「俺、残りは黄色だけ」
「ええ!? 早っ!!」
「一緒に行こうぜ。サビーナさん、放っといたら一生終わんなさそう」
「うう、ありがとう……」
そう言うとケーウィンはさっさと歩き始めて、サビーナもその後を追う。彼はまるで迷路を熟知しているかのように、あっという間に黄色インクスペースに辿り着いてしまった。
「サビーナさん、紙貸して。サイン書くから。サビーナさんは俺の紙に名前お願い」
彼の紙には、セヴェリの名前も赤色で書いてあった。どうやらこの巨大迷路で会ったらしい。
サビーナは黄色のインクでサインをすると、それをケーウィンに返す。サビーナの紙にはようやく一人目の名前が書かれた。
「よっしゃ、俺終わり! 後は出るだけだ!」
「いいなぁ……」
「あっち側に青インクあったぜ。じゃあな、頑張って!」
ケーウィンは一番乗りになる気満々のようで、サビーナを置いてスペースを出ていった。
また一人になったサビーナは、とぼとぼと言われた方に向かうも、なぜかやはりインク場所に辿り着けない。
すると今度は後ろから、ガタイの良い男が追いついてきた。
「おー、サビーナ! お前何色クリアした?」
「まだ黄色だけです。ジェレイさんは?」
「俺は赤と緑と黄色だ。こっちに青があるんだってよ。一緒に行こうぜ」
「行きます行きます!」
今度はジェレイの後ろを歩くこととなった。人に着いていくだけというのは楽チンだ。
途中、何人かの村人に出会い、情報交換しながら青インクの場所へと向かう。そこで互いにサインをし合うと、今度は黒のインクを探すことにした。しかしこれがまた、中々見当たらない。
「うーん、ねぇなぁ。本当に置いてあんのかぁ?」
「ケーウィンは全部のインクでサインをもらってましたよ」
「マジか! 早ぇなぁ。お、そうだサビーナ、上から見てみろよ」
「は? 上か……ら!?」
言い終える前に、体をグンと持ち上げられた。気付けばジェレイの肩に軽々と乗せられている。後ろにひっくり返ってしまいそうで、かなり怖い。
「ぎゃ、ぎゃあっ!! なにするんですかっ」
「こうすりゃ見えんだろ?」
「み、見えませんよ! わかるわけないじゃないですかっ!」
確かにジェレイの肩に乗ることでひまわりの背丈は越せたが、これだけでインクの場所がわかるわけもなかった。
「早く下ろしてください……っ」
「ちょっとそこ、ルール違反ですよっ!!」
セヴェリがサビーナの姿を見つけたらしく、どこか遠くからそんな声が飛んでくる。ジェレイが苦笑いして、ようやくサビーナをするりと下ろしてくれた。
「セヴェリに怒られちまったなー!」
「当然ですよ、もう。ちゃんと探しましょうね!」
「おうっ」
ジェレイは悪びれない顔で笑っていて、サビーナは少し呆れた。
今度は怒られないように真面目に探していると、ちゃんと黒インクのスペースに辿り着く。
サビーナの紙には、ケーウィンの名前とジェレイの名前が二つだけ。ジェレイは五色揃ったので、これで外に出ればクリアだ。
「はー、また一人になるのか……」
「残りのインクの場所、なんとなく覚えてっから一緒に行ってやるよ」
「え? もう終わりなのに、付き合ってくれるんですか? ジェレイさんって、意外にいい人だったんですね」
「てめ、意外って……俺は元からいい奴よ!」
「そうでしたっけ」
ジェレイは「お前なぁ」と言いながら、頭をグリグリと撫でつけてくる。サビーナがクスクスと笑うと、ジェレイはサビーナの手を取り、引っ張って案内してくれた。
「サビーナはみんなが終わっても、迷路で一人ビービー泣いてそうだからな。仕方ねぇ」
「でもこの迷路、難し過ぎじゃないですか? リタイアしたくても出口が見つけられなかったら、どうすればいいんだろ」
「確かになー。女はその辺で泣いてりゃぁ下心のある男が助けてくれるだろうが、男が泣くわけにいかねぇからなー」
「ちょっとジェレイさん、女を侮辱してません!?」
「してねぇよ。女の武器は、生かせる時に最大に使やぁいいんだよ」
そういうものだろうかと眉間に皺を寄せる。涙を武器と言われるのはどうにも納得行かない部分はあったが、確かに武器にしている女性もいるだろう。サビーナは計算して涙を使うことはしたくなかったが。
ジェレイに手を引かれて赤インクのサインをもらうと、次に緑のインクの場所へと向かった。
「ジェレイさんのサインはもう三つもらっちゃったから、緑のサインは誰か他の人にお願いしないと……」
「まあ、インクの場所に誰かいるだろ。いなけりゃ来るまで待ちゃあいいし」
ジェレイに手を引っ張られながらそんな話をしていると、目の前から金髪の青年が姿を現した。
「セヴェリ!」
この広い迷路で彼に会えたことが嬉しく、思わず声を上げる。
しかしセヴェリはサビーナとジェレイを見つけると瞠目し、そして怪訝なものへと表情が変わった。
「手を離しなさい、ジェレイ」
「おっとすまねぇ。はぐれねぇように、ついな」
「『つい』で人の妻と手を繋がないでください。サビーナ、残りはどこですか」
「緑のインクだけです」
「私が付き合いましょう。ジェレイは勝手にどこかに行ってください」
「ひ、ひでー! まぁ俺はもう終わってるから出るけどよ。じゃあな、サビーナ」
「あ、うん、ありがとうございました、ジェレイさん!」
ジェレイが去っていくと、今度はセヴェリがサビーナの手を繋いでくれる。セヴェリの後ろを歩くのが、一番ホッとできた。
「まったく……色々と改善の余地がありますね。夫婦の場合は一人ずつではなく、二人一組で行動するようにしましょうか」
「それと、この迷路は難し過ぎです。リタイアしたい時はどうすればいいんですか?」
「そうですね……参加者に笛を持たせましょうか。あらかじめ参加者に、笛を吹いている人がいれば、助けるようにお願いしておきます。それも出会いの一つですからね。最終的には係員が助けにいけるようにしておきましょう」
「たくさん笛が必要になりますね」
「参加費に上乗せしますよ。その笛は思い出に持って帰ってもらいましょう」
改善案を話し合っているうちに、緑のインクの場所へと辿り着いた。そこでサビーナはセヴェリのサインをもらう。どうやらセヴェリの方は、すでに五色のサインをもらい終えているようだった。
「セヴェリはもう終わってたんですね。出口を探してた途中だったんですか?」
「あなたを探していたんですよ」
「え?」
「ジェレイなどに、簡単に肩車なんてされないでください。あのデリカシーの欠片もない男に触れられたのかと思うと、ゾッとします」
「えーと……セヴェリとジェレイさんは、お友達ですよね?」
「友人同士でも、触れさせたくないものというのはありますよ」
あまりの言い草を不思議に思って言ったのだが、親しい仲でも許容できないことはあるようだ。
「けど、ジェレイさんは結婚してますし、私のことをそんな対象では見てませんよ?」
「そういう問題ではないんです。あなたもいい加減その感覚は捨てなさい。 私以外の男に、その体を触らせてはいけませんよ」
「は、はい……」
なんだかすごい独占欲を垣間見てしまった気がする。少し不機嫌になっているその姿は、可愛いと言えば可愛らしいのだが。
きっと、レイスリーフェ様のことがあったからだろうな……
誰かに取られるかもしれないって思うから、束縛しちゃうのかもしれない。
ジェレイはもちろん、サビーナにもそんな気はない。だから心配する必要はないのだが、気にする必要はないと言ったところでセヴェリの疑念は消えないだろう。
それでなくとも忙しいセヴェリに、余計な心労を掛けるべきではない。サビーナは素直に彼の言葉に従うことにした。
セヴェリと共に出口を見つけると、すでにそこには何人もの村人がクリアしている。ケーウィンが一番乗りだったようで、みんなが出てくるまでの時間を勉強しながら過ごしていたようだ。
セヴェリがみんなに感想を聞き、改善点をまとめあげる。
「サビーナはどうでした?」
「そうですね、出会いのきっかけにはすごくいいと思うんですけど、これだけで終わってしまうのはもったいない気がします。最後の出口まで一緒に行った人とは仲良くなれるかもしれませんが、途中で別れてしまった人ともう一度会いたいって思っても、中々実現しませんよね?」
「なるほど……となるとこのイベントの後に、もう一度再会出来るような企画が必要というわけですね」
その言葉に、ジェレイが目を輝かせて提案する。
「んじゃあ、キャンプファイアーなんてどうだ!? 周りで歌ったり踊ったり、目当ての奴も探せるだろ!」
「ああ、いいですね。ではキャンプファイアーと言うからには、キャンプにしてしまいましょうか。宿泊場所は限られていますから、人数を制限してしまうと盛り上がりませんし。当日はテントをレンタルしてきて、ここで提供しましょう」
クスタビ村とブロッカの街は遠いので、月見草祭りの時は夕方になると宿泊客以外は帰ってしまっていた。今回は夜にもイベントが計画されたので、少しでも多くの人が泊まって行ってくれたらと願わずにはいられない。
しかし、考えれば考えるほどわくわくしてきた。この村で運命の人との出会いがあってくれたなら、とてもロマンチックだ。
話し合いが終わって家に帰ると、サビーナはニコニコ顔でセヴェリに話し掛ける。
「今回もいい祭りになりそうですね!」
「そうですね。必ずそうさせますよ」
「すっごく楽しみです!!」
胸を弾ませるサビーナに、セヴェリはどこか冷めた視線を送ってくる。その意味がわからずに、サビーナは首を横に傾げた。
「……セヴェリ様?」
「言っておきますが、あなたはひまわり迷路への参加は禁止ですよ。どうしても参加したいのなら、私と二人一組で行ってもらいますから」
そういう意味で言ったのではなかったのだが、勘違いさせてしまったかと慌てて手を振る。
「一人で行ったりなんかしません! ただここに来てくれる人達に、たくさんのいい出会いがあったらいいなと思っただけで!」
言い訳をすると、彼の顔が優しく緩んだ。どうやらサビーナの気持ちをわかってくれたらしい。
「なら良かった。当日は色々と忙しく、時間の掛かる迷路には行けないでしょうけれど……最後のキャンプファイアーは、一緒に見ましょうね」
「はい、嬉しいです。楽しみにしています!」
サビーナが素直にそう答えると、セヴェリもとても嬉しそうに微笑んでいた。
ひまわりの花が咲くのも、もう少しだ。
これが終われば、また秋、冬とイベントを考えている。最初の一年は出費も負担も多いが、これが定着すれば村も少しずつ潤ってくるだろう。後は、この村に住まう人が現れてくれればいいのだが。
ふと見ると、セヴェリは明日の授業に向けて準備をしているようだった。特別にケーウィンとシェルト用にテストを作っていることもあるし、祭りの準備もあるし、本当に忙しそうだ。
「お仕事、まだ時間が掛かるんですか?」
「そうですね、これだけどうしても終わらせておきたくて……先に寝ていなさい。あなたも明日は仕事でしょう」
「はい……じゃあすみませんが、お先に失礼しますね」
「おやすみ、サビーナ」
セヴェリは集中しているためか、こちらを向いては言ってもらえなかった。サビーナは仕方なく、先に寝室へと入る。最近は、帰ってきた時はセヴェリと一緒に眠っていたせいか、やたらとベッドが広く感じた。
……ちょっと寂しいな……
セヴェリが目の前にいない事実に、悲しい雨がしとしとと降っているような感覚に陥ってしまう。
いつかセヴェリ様とクリスタ様を結婚させなきゃいけないんだから……
こんなことで、寂しいなんて思っててどうするの。
自分の心に叱咤しながら、サビーナは気持ちを押し隠すように眠った。




