第95話 どんな顔してセヴェリ様と話せばいいのっ
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朝を迎えると、目の前にはセヴェリがいた。顔を見ると恥ずかしくて、でも胸の内に潜む満足感がサビーナを微笑ませる。
セヴェリもまた、サビーナを見つめながら目を細め、髪を撫でてくれている。柔らかに弧を描いた口元をサビーナに寄せ、昨夜何度もしたように口づけをしてくれた。
「もう私のものだ」
抱き締められ、そんな風に囁かれた。脳が空っぽになったかのような、ある種の爽快感で澄み渡る。
赤く汚されたシーツを見て、彼は納得してくれただろうか。優しくしてくれたことに感謝しながら、サビーナもセヴェリを抱き締めていた。
セヴェリの腕の温もりが心地良過ぎて、どうにかなってしまいそうだ。
もうなにも考えたくない。ずっとこうしていたい……そう思うのは、まだ熱があって人恋しくなっているからだろうか。
離れたくない。今はまだ。
いつか来るその時までは、せめてこうしていたかった。
サビーナの風邪はその日の内に治り、次の日には仕事に行った。
いつもと変わりなく仕事をこなしていると、セヴェリと体を交わしたことが冗談のように思えてくる。それともあれは夢だったのだろうか。
夢……なわけないか。
私、セヴェリ様としちゃったんだ。
仕事中だというのに、顔から火が出そうなほど熱く燃え上がる。
この胸の内をどう形容すればいいのだろうか。適当な言葉が見当たらず、どこかモヤモヤとした心を振り切るように、走りたいと思ってしまう。
この気持ちは、デニスに告白された時に少し似ていた。
ジッとしていると変な雄叫びを上げてしまいそうな感覚だ。そんな衝動を逃がすように生温かい息を大きく吐き出す。
それから数日経っても、気持ちに変化はなかった。仕事中もセヴェリのことばかり考え続け、溜め息に似た吐息だけが何度も漏れる。早く帰って彼に会いたい。その腕に抱き締められたい。抱き締め合いたい。
私……こんなで、セヴェリ様と離れられるのかな……
その時のことを考えると、胸が引き裂かれるように痛んだ。すでに依存度は計り知れないくらいに大きくなってしまっている。このまま二人でずっと一緒に暮らすという選択が、頭にちらついてくる。
セヴェリ様の命を優先しなきゃってわかってるのに。
私の我儘の方が勝っちゃいそうだ……っ
これは、体を交わしたが故の感情なのだろうか。セヴェリを誰にも渡したくなかった。
セヴェリの命と自分の気持ちを天秤に掛けて葛藤する。しかしどれだけ頭の中で争いをしても、答えが出ることはなかった。
たくさんの色水を混ぜ合わせたような感情を抱いたまま、仕事を終えて寮へと帰る。その途中で、見知った顔が通りの向こう側から現れた。
「あれ……マティアス?」
マティアスと偶然出会ったのだ。セヴェリが差し入れを断ってから、会うのは初めてである。
「サビーナ、久しぶり。元気?」
「うん、まぁちょっと風邪引いちゃったりしたけど、元気。どっか行くの?」
「ちょっとそこに用事」
そう言って指差した建物は、娼館だった。サビーナは思わず眉を顰めてマティアスを見る。清廉潔白に見えるこの青年が、このようなところを利用しているのかと思うと、複雑な気分だった。
しかし憶測から彼の人格を決めつけるのは早計だ。なにか理由があるのかとサビーナは考えを巡らせる。
「あ、もしかして、好きな人がここにいるとか?」
「まさか。好きな人は別にいるよ」
好きな人がいるのかと思いながら、マティアスを見上げた。彼は相変わらず儚げな顔をしている。
「じゃあなんでこんなところに……」
「こんなところ? それはここで働いてる女の子への侮辱じゃない」
「そ、そんなつもりは……!」
慌てて否定すると、マティアスはひとつ嘆息した。
「サビーナはさ、お腹が空いたらどうする?」
「へ? そりゃ、ご飯食べるけど」
唐突の質問に首を傾げながら答えると、マティアスは当然のように頷いた。
「うん、それと同じ。別に不思議はないだろ」
つまり、お腹が空いたらご飯を食べるのと同じく、性欲が湧いたら女を食べるということなのだろうか。あっさりと言ってくれるが、そうなんだと受け入れられる気がしない。
しかしこのことで文句を言うのは筋違いだろう。サビーナとマティアスは友人ではあるが、別に恋人同士というわけではないのだから。
「そう……じゃあ、うん……行ってらっしゃい」
「言っとくけど、男は皆似たようなもんだからね」
そんな言い訳をして、彼は娼館へと消えて行った。好青年だと思っていた分、どこか心にショックを受ける。
好きな人がいても、こういうところを利用できるものなのかなぁ。
男の人って、わかんない……
納得いかない気持ちはあったが、それが男と女の違いなのかもしれない。男女は関係なく、個人の差であるような気もしたが。
その週、仕事を終えて村に帰る日がきた。
家に近づく度、セヴェリと何度も何度もキスを交わし、そして結ばれた夜のことを思い出す。
サビーナは緊張した。どんな顔で帰っていいかわからず、家の前で立ち往生する。すると青空授業をしてたセヴェリがこちらに気付いて微笑んだ。
「あ、先生の奥さん、おかえりなさーい!」
大きな声が辺りに響く。子ども達がセヴェリの行動に気付き、全員がこちらを振り向いているのだ。
「た、ただいまっ」
セヴェリの顔を見ると、あの夜を生々しく思い出してしまった。顔を真っ赤にさせて逃げるように裏に回る。無駄に心臓をドキドキさせながらルッツリオンを繋ぐと、表には回らずに裏からこっそり家の中に入った。
だ、駄目だ……顔がにやけるっ!
どんな顔してセヴェリ様と話せばいいのっ
荒くなる呼吸を、どうにか深呼吸で誤魔化す。
サビーナは夕飯を作りながら、セヴェリの授業が終わるのをドキドキとしながら待った。
「ただいま、サビーナ」
授業を終えたセヴェリが、玄関から入ってくる。それをサビーナはなるべく平常心で迎えた。
「おかえりなさい、セヴェリ様」
「あなたもおかえり、サビーナ」
セヴェリがそう言うと同時に、サビーナは熱い抱擁で迎えられた。
「あっ、あの…」
「あなたがいない間、寂しかったですよ。サビーナはどうでしたか」
「わ、私は……」
セヴェリに強く、しかし優しく抱きしめられ、サビーナの体は彼を求めるようにきゅんと鳴いた。
「私も、寂しかった、です……」
そう答えた瞬間、その唇は塞がれることとなる。セヴェリの唇によって。
「むぐっ、セヴェリ様……っ」
「夜まで待てません」
セヴェリは強引にサビーナをベッドに運び込むと、いきなりその身体をむさぼり始めた。最初こそ驚いたサビーナだったが、次々と与えられる快感に身を委ね、抵抗することなくセヴェリを受け入れていた。
「夕飯が遅くなってなってしまいましたね」
セヴェリの言葉にサビーナは曖昧に微笑みながら、作り終えていた料理を温め直す。
ことが終わった後の気恥ずかしさが、どうにもむず痒い。何度も肌を重ね合わせれば、これもいつか慣れるのだろうか。そんな日がくるとは、とても思えなかったが。
「あ、セヴェリ様に頼まれていたテキスト、そこに置いておきました」
「ありがとう。これから試験までは、私も勉強づくめですね」
「セヴェリ様なら教師の資格を取る試験なんて、すぐパスパスるんじゃないんですか?」
「無茶言わないで下さい。アンゼルードでは習ったことのない分野もありますし、簡単にはいきませんよ」
「そうなんですか。あんまり無理なさらないでくださいね。試験は毎年あるようですし」
「できれば一発で合格したいですけれどね。ケーウィンのためにも」
自分に時間を掛けることは、ケーウィンのために動く時間を削ってしまうということだろう。
遅い夕食が終わった後、セヴェリはずっと勉強していた。こんな時に隣で編み物でもできればなぁと思ったが、やることがないのでセヴェリの姿をジッと見つめる。
試験は来年の二月のようだ。こんなペースで毎日勉強をするのだろうか。勉強好きでなければとてもじゃないができそうにない芸当である。それとも嫌いでもやっているのだろうか。だとすれば、相当なストレスが掛かっていそうだ。
「セヴェリ様、そろそろお休みになられては……」
「ああ、もうこんな時間でしたか」
セヴェリはそう言うと、軽く伸びをして片付け始める。
「あの……私がいない時も、ちゃんと時間を決めて休む時は休んでくださいね?」
「わかっていますよ。気を付けます」
苦笑しているセヴェリを見て、生意気を言ってしまったかと眉を下げる。そんなサビーナの背後から、彼に大きく腕を回された。
「え、ちょっ、セヴェリ様っ!?」
「もう一度、よろしいですか?」
「なにを……っ」
サビーナの問いに、セヴェリはクスクスと笑いながらサビーナをベッドに押し倒した。
「なにをするかなど、もうわかっているでしょう?」
そう言いながら、ガバッと豪快に上着を脱ぎ去っている。ほどよい筋肉のついた細身の体は幾度か見たが、やはり慣れる気がしない。イーフォやリックバルドの体を見てもなんとも思わなかったが、彼の体は見るたびサビーナの体を緊張させた。
上着を脱ぎ去った後は、サビーナの服に手を掛けられ、荒い呼吸を吹き掛けられる。
「待っ……どうして……」
「あなたとしたくて堪らない。ただ、それだけですよ」
セヴェリの言葉に、サビーナの上気した顔は一瞬で冷めてしまった。
したいから、する。それはマティアスが言っていた、お腹が空いたからご飯を食べるのと同じ意味ではないだろうか。
「……サビーナ?」
一瞬無表情になったサビーナを訝るように、セヴェリは脱がしていた手を止めている。
よくよく考えてみれば、セヴェリがサビーナを抱いた理由など明白ではないか。他に抱ける女がいないからだ。
この村では夫婦ということになっているから他の女に手を出すのは得策ではないし、ブロッカの街でも娼館になど行けないだろう。そもそも彼はお金を殆ど持っていないのだから。
つまりセヴェリは、欲望の捌け口をサビーナにぶつけているというだけのこと。
「……なんだ」
「え……?」
思わず出てきた言葉に、セヴェリはさらに眉を寄せている。
サビーナはなんて馬鹿な女なんだと自身を嘲う。もしかしたら、セヴェリは本当に自分のことを好きになっているのかもしれないと思ってしまっていた。
なんのことはない、抱ける女が身近にできたからそうしていただけなのだ。今までの我慢や鬱憤やストレスを発散させるかのように。都合の良い女を抱いているだけに過ぎない。
セヴェリが惚れるのは、本来レイスリーフェのような人物だ。彼女は美しく女性らしく聡明で身分も高い人だ。そんな人を愛したセヴェリが、サビーナのことなどを気に止めるはずがない。
結局のところ、彼は責任感でサビーナを幸せにしなくてはいけないと思っているだけだろう。こうしてサビーナを抱く行為は自分のためだけではなく、男に一生縁のなさそうな娘に、悦びを与えてくれているのだ。
「サビーナ」
優しい声で自身の名を呼ばれ、その声の主の方に振り向く。その瞬間、またしても抱きしめられ、サビーナは強く抵抗した。
「やめてください」
サビーナから拒絶の言葉が発せられ、セヴェリは戸惑っているようだった。先ほど、この腕の中で甘い声を上げていた女がいきなり抵抗を始めたのだから、驚くのも無理からぬことと言えるが。
「すみません、自分を止められそうにない」
「また抱くんですか」
セヴェリの素直な答えに対し、サビーナは皮肉混じりに返す。
「……いけませんか?」
セヴェリは今まで許可を取らずに抱いてしまったことに、罪悪感を感じたのかもしれない。
サビーナは一度拒絶しておきながら、首を横に振った。
「いいえ、お好きになさってください。気分を害してしまい、申し訳ありませんでした」
その言葉を聞いたセヴェリは意味がわからないというように口をへの字に曲げていた。抵抗しなかったり、拒絶したり、受け入れたり、サビーナが気紛れに見えているのだろう。そんなサビーナに翻弄されたセヴェリは、やはり眉間に皺を寄せていた。
「サビーナからキスをしてくれませんか」
セヴェリに試すように言われ、サビーナはコクリと頷き、そっと唇を重ねる。言われた通りの行動をとったにも関わらずセヴェリは納得いかなかったようで、もう一度彼に要求されることとなる。
「もっと、激しく」
「わかりました」
サビーナは命じられるまま、自分にできる限りの口づけを彼に施した。しかしまだ拙い口づけにセヴェリの方が痺れを切らし、そのまま体がのし掛かってくる。
結局セヴェリは、サビーナの名を呼びながら優しく抱いてくれた。しかし、情事の後の満足感はひとつも得られなかった。
ただ虚しく、寂しい。
相手の性欲を満たすためだけに抱かれるというのは、こんなにも悲しいものなのだなと、サビーナは心で泣いた。
その後も、サビーナは求められるたびに彼に応じることとなる。
こんな体でも満足してもらえれば幸いだ。画策が成功するまでの辛抱である。クリスタと結婚するまでずっと我慢させるのは可哀想だ。外で他の女を抱いて彼女の耳に入ってしまうよりは、この状態のままの方が余程いいだろう。
「今日も……よろしいですか?」
優しく抱き締められる腕の中で、サビーナはこくりと頷く。
すでに、幾度抱かれたか数え切れぬほどセヴェリを受け入れ、サビーナの心はこの日も泣いていた。




