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たとえ貴方が地に落ちようと  作者: 長岡更紗


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第91話 帰ったら炒って食べましょうね!

 ある日サビーナが目を覚ますと、少しだけ開けているカーテンの向こう側に、セヴェリの寝顔が確認できた。

 今日は日曜日。本来ならセヴェリはブロッカの街へ行く日なのだが、サビーナが休みの日曜は、いつもブロッカ行きをキャンセルしている。

 カーテンを閉めてから布団の中でモゾモゾと着替えを済ますと、ベッドから降りて朝食の準備を始めた。

 食事の支度が整う頃、見計らったように着替え済みのセヴェリが起きてくる。


「おはよう、サビーナ」

「おはようございます、セヴェリ様」

「良い天気ですね。無事に秋祭りが行えそうだ」


 セヴェリが席に着きながら、窓の外を眺めてそう言った。今日の空は抜けるように青く、清々しいほどの秋晴れだ。


「お祭り、楽しみですね!」

「この村では唯一のお祭りだそうですし、楽しみましょう。神に奉納する物を持っていかなくてはいけないようですから、うちは柿にしましょうか」

「はい!」


 丁度前日に収穫していた柿を、籠いっぱいに乗せて集会所へ向かうこととなった。そこにはすでに大量の野菜やら果物やらが置かれていて、サビーナ達もその端に柿を置かせてもらう。

 集会所の外では屋台を準備している人達がいて、すでにいい香りが漂っていた。わいわいと村人達が準備している様子を見ていると、わくわくと鼓動が勝手に高鳴っていく。

 その向こう側で、村長のシャワンが大きく手を振っていた。


「歩けるもんはこっちに集合じゃ! 森の神に会いに行くぞい!」


 シャワンの言葉に、村人達は己が持ってきた野菜や果物をひとつだけ手に取っている。それを真似て、サビーナとセヴェリも柿をひとつずつ手に取った。


「全部奉納するんじゃないんですね」

「残りは村人同士で分け合うんだと思いますよ。これをすべて奉納していたら、大損害でしょうからね」


 サビーナの疑問にセヴェリが答えながら村長の後に着いていく。と言っても、人数は多くなかった。二十人強と言ったところだろうか。

 老人はシャワンだけで、後は若者が多い。その理由はすぐにわかった。『神様の場所』というのが結構遠かったのだ。


「大丈夫ですか、サビーナ」

「はい、これくらいなら平気です。けど、どこまで行くんでしょうね……」


 森の奥まった場所にまで入っていて、少し怖い。鬱蒼とした木々が並び、いかにも神様がいそうな雰囲気ではあるが。

 小一時間ほど歩いて、ようやく目的の場所に着いたらしい。思っていたよりも随分と立派な祭壇が目の前に現れ、村人は次々に手に持った野菜や果物を奉納していった。

 恐らくこれは、鳥や獣が食べることになるのだろうが、もちろんそれには誰も突っ込まない。セヴェリとサビーナも柿を奉納すると、シャワンが祭壇に祈りを捧げて帰途に着くことになった。

 滞在時間は僅か五分。これからまた小一時間掛けて戻るのかと思うと、ちょっとげっそりする。休みの日くらいのんびり過ごしたかったと思うも、来てしまったのだから帰らねば仕方ない。


「ほれ、ちゃっちゃと歩かんかい、サビーナ!」

「う……村長さんは元気ですね……」

「元気じゃなければ村長は務まらんわい」


 ホッホと笑ってシャワンはサビーナを抜かしていった。いつの間にかサビーナとセヴェリは最後尾になっている。

 いつも馬に乗っているのだから、このくらいの距離は平気で歩けると思っていたのだが、馬に乗るのとは使う筋肉が違うのだろうか。なぜだかやたらと息苦しい。


「サビーナ? ちょっと休憩しましょうか。ここからなら私も帰り道は分かりますし」

「大丈夫です、私も多分帰れますから……セヴェリはみんなと一緒に先にお帰りください」

「あなた一人を置いていけるわけがないでしょう。少し座りなさい」


 促されてサビーナはぺたんと座り込んだ。セヴェリは前を行くケーウィンに、少し休憩してから帰る旨を伝えている。

 逃亡中に歩いた距離はこんなものではなかったのだが、体力がなくなってしまったのだろうか。今日はやたらと疲れる。


「なにか食べ物でも持ってくれば良かったですね。柿は奉納してしまいましたし」

「いえ、大丈夫ですから」


 サビーナがそう言うも、セヴェリは森の中を見回している。そしてなにかに気付いたように顔を動かした後、「少しここで待っていなさい」と彼はサビーナを置いて歩き始めた。

 そして少し道を逸れたところでしゃがみ込むと、なにかを拾っているようだ。なんだろうと思いながら言われた通り待っていると、すぐにセヴェリが戻ってきた。


「なにを拾ってきたんですか?」

「これですよ」

「……どんぐり?」


 セヴェリの手の中には、細長い木の実がいくつもあった。少し小ぶりだが、どう見てもどんぐりの形状だ。まさかこれを食べろと言うのではないかとサビーナは眉を寄せた。どんぐりなど、そのままでは渋くて不味くて、食べられた物ではない。

 そんなサビーナの顔を見て、セヴェリはクスリと笑っている。


「これは恐らく、(しい)の実ですよ」

「え! 椎の実!?」


 サビーナは驚いて一粒手に取った。これのどこをどう見れば椎の実になるのだろうか。


「え、これ、絶対どんぐりですよ。椎の実って普通、丸っこくてもっと黒いじゃないですか」

「アンゼルードにある物とは、種類が違うのだと思いますよ。食べてみればわかります」

「え! ちょ……っ」


 サビーナが止める間もなく、セヴェリはその怪しい実をガリッと噛んだ。絶対に渋い顔をすると思ったのだが、予想に反して彼はニッコリと笑っている。


「ほら、やっぱり椎ですよ」


 歯で噛んだ実の断面を見せてくれる。そこには椎の実特有の白さが、凝縮されるように詰まっていた。


「ええ……本当に?」


 恐る恐る手を伸ばし、サビーナも噛んで実を食べてみる。口の中にはどこか懐かしい素朴な甘味が広がった。


「うわ、本当だ! 椎の実の味! よくこれが椎だってわかりましたね!」

「図鑑で見たことがありましたから。元気出ましたか?」

「はい! セヴェリ様、これをいっぱい拾って帰りましょう!」


 サビーナは疲れも忘れてスックと立ち上がると、せっせと椎の実を拾い始めた。久しぶりに椎の実を食べて、なんだか嬉しくなってしまったのだ。その昔、家族でよく遠出しては拾って食べていた、筆頭の食べ物である。

 笑顔で実を拾い始めた姿を見たセヴェリも、同じように拾ってくれていた。ポケットというポケットに詰め終わると、サビーナはようやく腰を上げる。


「帰ったら炒って食べましょうね!」


 そのまま食べてもいいし、粉にしてクッキーを焼いて食べてもらうのもいいかもしれない。そんな思いで満面の笑みのままセヴェリに告げると、彼はなぜか一瞬だけプッと吹き出した。そして「そうですね」と頭をそっと撫でられる。

 たかだか椎の実程度で、現金なものだと思われているのだろうか。それとも反応が子どもっぽかったかと少し落ち込んで反省しながら、セヴェリと共に村の集会所へと戻ってきた。

 すでに祭りは始まっていて、屋台が大盛り上がりである。と言っても出店しているのはみんな村人なので、小規模ではあったが。

 フライドポテト、にんじんケーキ、クレープ、猪肉の串焼き、ビーフシチュー、野菜炒めに野菜スティック、フルーツジュース、クッキー、ピザ、フルーツジャムサンドと、十一種類もの屋台が並んでいる。


「セヴェリ先生、サビーナさん、遅かったね。もう始まってるよ!」


 祭壇にも一緒に行っていたケーウィンが、こちらに気付いて手を振ってくれた。彼の両手には、猪肉の串焼きが握られている。


「うわぁ、美味しそう。私もなにか買ってこようかな」

「ビーフシチューがお勧めだぜ。俺ん家がやってるんだ」

「ケーウィンは手伝わないのですか?」

「後で交代するんだよ。俺は今食べる番」


 そう言いながら豪快にムシャムシャと肉を噛みちぎっている。一気にお腹が空いてしまった。


「セヴェリはなにが食べたいですか?」

「なんでも構いませんが……では、最初にビーフシチューを食べに行きますか?」

「はいっ」


 急ぎ足でビーフシチューの屋台に向かうと、すぐに順番がやってきた。二人分お願いして、代金を支払う。その時に対応してくれた人は、どうやらケーウィンの父親らしい。


「セヴェリ先生、どうですか、うちの息子の成績は」

「とてもいいですよ。最近の伸びは目を瞠るものがありますし。街の高校に入っても、十分に付いていける実力は持っていますよ」


 サビーナには高校という言葉は聞き慣れなかったが、つまりはアンゼルードで言う上級学校と同等の学校のことだ。

 アンゼルードは幼年学校を四歳から四年間、少年学校を八歳から四年間、上級学校を十二歳から四年間の後は、すぐに専門学校か大学というシステムになっている。因みに義務教育は少年学校までだ。

 セヴェリ曰く、上級学校を出ていれば、ラウリル公国でいう高校卒業と同等の知識がある、ということらしい。サビーナは一応上級学校を卒業してはいるものの、そのほとんどの知識を忘却の彼方へと追いやってしまっているが。


「先生、あいつ……大学とかは、どうなんでしょうか」

「大学ですか? これからの頑張り次第ですが、無理ではないと思いますよ。なにを学びたいのかにもよりますが」

「ケーウィンの奴、セヴェリ先生に憧れて教師になるとか言い出しやがったんですよ。流石にそれは無理ですよねぇ?」

「教師、ですか?」


 セヴェリは驚いたように、しかしどこか嬉しそうに声を上げている。


「いやー教職なんて務まるわけがねーってのに、でけぇことを言い出しやがって」

「あ、父ちゃん!! セヴェリ先生になに話してんだよ!!」


 話を聞き付けたであろうケーウィンが、叫びながら向こうの方から走りこんでくる。その顔は驚くほど真っ赤だ。


「ケーウィン、教師になりたかったんですか?」


 セヴェリが尋ねると、駆け込んできたケーウィンは顔を赤らめたまま、視線を逸らしている。


「む、無理だって思ってんだろ」

「真剣に教師になりたいと思っているならば、ケーウィン用にカリキュラムを組みますよ。無理かどうかは、あなたのやる気次第です。どうします?」


 セヴェリの言葉は、決してからかうようには紡がれなかった。真剣、そのものだ。そんな教師の声に、ケーウィンは視線を貫くように、セヴェリの緑青色の瞳を真っ直ぐ見つめて言った。


「……やる」


 意気込み溢れるケーウィンの言葉は、しっかりとセヴェリに響いたようだ。


「ケーウィンの夢を早く知れて良かった。遅かったなら、間に合わなかったかもしれない。これからはなんでも相談しなさい」

「はい、セヴェリ先生!」


 ついさっきまで夢を知られて恥ずかしがっていたケーウィンは、嬉しそうに目を輝かせて師事している。そんな夢に向かう彼を見て、サビーナは軽く嘆息した。


 若いなぁ、ケーウィン……


 サビーナは、自分と一歳しか違わない十六歳の少年の顔を見てそう思う。

 夢を持ってキラキラとして、努力して。

 そんな姿が眩しすぎて、そしてどこか羨ましくて。

 サビーナはなぜだか少し、涙が溢れそうになった。

 自分のやりたいことをやれるという状況は、どれだけ素晴らしいことなのかと実感させられる。

 ケーウィンの夢を後押ししようと張り切るセヴェリもまた、輝いて見える。


 私って、なににもないんだなぁ。


 今はもちろん、アンゼルードにいた頃も。

 無能な自分にはなにもできないからと、特に夢など持たずに生きてきた。夢ができても自分には無理だと決めつけて、なにもせずにいた。

 輝く二人を見ていたら、眩しくて仕方ない。

 サビーナにはなにもできないが、二人を心から応援することだけを決めて、キラキラしている教師と生徒の隣で温かいビーフシチューを食べていた。

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