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第9話 ここだけ、異国のようですね……

 セヴェリと二人で散歩を続ける。彼は数歩後ろを歩くサビーナを何度も確認しては、その度に微笑みをくれた。サビーナに、なんとも言えない幸福感が少しずつ広がっていく。


「サビーナ」


 またもセヴェリが立ち止まってニッコリと微笑む。


「あ、はい」

「あそこを見て下さい」


 言われた通り彼の指差す方を見てみる。そこには節のある艶やかな緑色の木が、夕暮れの穏やかな風に乗ってさらさらと揺れていた。


「チク……の木?」

「ええ、うちの庭にもあるのですよ。斬り倒さないでくださいね?」

「っき、斬らないですよっ」


 カアッと頬を染めて否定するサビーナを見て、セヴェリはクスクスと笑っている。

 もう、と心の中で呟いたサビーナは、もう一度チクの木を見た。


「まさか、チクの木が庭に植えられてるなんて……」


 チクの木は、ずっと東方で『タケ』と呼ばれているものである。生まれたてのタケは一部の地域では食すらしいが、アンゼルード帝国にその習慣はない。


「驚きましたか? ここにあるのを知らなかったようなので、一度見せたいと思っていたんです」

「はい、びっくりしました。確かチクの木は地下茎で、庭に埋めると大変なことになると聞いたことがあるんですが」

「きっちり石垣を作って、その中に植えればそれ以上繁殖しないようですよ。おかげで、風情のある景色が楽しめます」


 確かにチクの木が植えられている一帯だけ、ガラッと雰囲気が変わっていた。大きな池が掘られていて、その上には赤い太鼓橋が掛かっている。その橋を渡ると腰掛石が置いてあり、セヴェリに促されるまま、共に腰を下ろした。


「どうです。風情があるでしょう」

「はい。ここだけ、異国のようですね……」


 サビーナは、ほうっと感嘆の息を漏らす。庭にこんなに素敵なところがあるとは思わなかった。

 手の中のアデラオレンジを撫でながらこの空間を堪能する。いつまでもここにいたい。この茜色の空の下、セヴェリと二人で、ずっと。

 うっとりとそんなことを考えていると、なんだかセヴェリの様子がおかしいことに気づいた。少し困らせた顔を(しか)めて、口を開いたかと思うと戸惑うように噤んでいる。


「セヴェリ様……どうかしたんですか?」


 サビーナがそう問い掛けると、セヴェリはようやく言いづらそうに口を開いた。


「サビーナ……少しお話があるのですが、よろしいですか」


 改まってそう言われ、サビーナはスッと背筋を伸ばす。しかし隣に座っている彼との距離が近すぎて目が見られず、少し下方に視線をずらした。


「なんでしょうか……?」

「あなたの……最近の噂が気になりまして」

「……噂?」


 サビーナは首を傾げる。なにか噂になることでも仕出かしただろうか。極力目立たず騒がず穏便に生きて、仕事をしているつもりである。


「その……言いにくいのですが……」

「仰ってください」


 続きを促すと、セヴェリはフウッと息を吐き出してから話してくれた。


「あなたが……誰でもいいからキスをしたいと言っていたり、早く彼氏が欲しいと、周りに言っていることです」


 セヴェリの言葉を聞いて、サビーナの顔面はフリーズした。そんなこと、思ったことがないとは言えないが、決して口に出したりしてはいない。どうしてそんな噂が出回っているというのか。最悪だ、信じられない。

 ピッキーッと音が出ていそうなほど固まっていると、セヴェリはさらに申し訳なさそうに続けた。


「それと、ファーストキスはお花畑の真ん中ですることを夢見ている……という話も伺いました。ファーストキスはレモン味だと信じて疑っていないということも……」


 サビーナの顔が燃え上がったように熱くなる。いくらサビーナでも、そこまで夢を見ていない。確かにロマンチックなファーストキスであればいいとは思うが、好きな人とするのであれば別に場所にこだわるつもりはない。


 リ、リックだーーーーっ!!


 サビーナは心の中で絶叫し、脳内で三回リックバルドを叩き斬った。

 あの兄はなにを考えているのか。こんな噂でセヴェリを誘惑できると思っているなら、とんでもない大馬鹿者である。あの男は女心だけではなく、男心も分かっていないに違いない。

 あまりの憤りと羞恥で、酸素が脳に流れていかなくなった。道理で最近メイド仲間たちが、こちらを見てヒソヒソしていたわけだ。

 サビーナは目の前が真っ白になり、頭から蒸気が噴出しそうになりながらも、 必死に言い訳を探した。


「あ、あの、セヴェリ様……その噂はですね……」

「いえ、素敵な夢だとは思いますし、それが悪いというつもりはありません。ただ誰でもいいなんて言い方をしていては、良からぬ(やから)もいますから……あなたの身が、心配になったのですよ」


 セヴェリの優しい言葉を、あのクソ兄にも聞かせてやりたい気分だ。


 こんな馬鹿な噂を本当に間に受ける男がいたら、どうするつもりなのよー!

 嫁入り前の妹の体を、一体なんだと思ってるの!!


 カッカと頭に血が昇って顔を真っ赤にさせる姿を、セヴェリは含羞と捉えたのだろう。彼は少し困ったような笑みで、諭すように優しく語りかける。


「誰でもいいなんて、寂しいことを言わないでください。きっとサビーナにも、唯一無二の人が現れますから」


 少し寂しい笑顔でそう言われ、怒気で暑くなっていた頬が急速に冷めた。

 セヴェリにとっての唯一無二とは、レイスリーフェに違いない。しかしリックバルドの言うことが本当だとしたら、レイスリーフェの方はもう、セヴェリを想ってはいないのだ。

 哀れなセヴェリを、サビーナは見つめた。彼は今もレイスリーフェと愛し合っていると思っているのだろうか。もしも本当にレイスリーフェにセヴェリへの気持ちがなかったとしても、それを気付かせずに騙してあげてほしいと心から願う。


「サビーナ……?」


 黙りこくってしまったサビーナに、セヴェリは顔を覗き込むように少し屈めた。視線が合ったサビーナは、その顔を見つめ返す。


「あの……ご心配くださって、ありがとうございます。これからは言動に気をつけます」


 そう言って、頭を下げた。彼はやはり、いつものように優しく微笑んでいるだけだった。




 散歩を終え屋敷に戻ると、もう就業時刻を過ぎていた。

 セヴェリに礼を言って自室に入り、アデラオレンジを剥いてみる。外側はセヴェリの髪のような薄い黄色だったが、剥くと普通のオレンジ色だった。

 アデラオレンジはちょうど両方の手で包めるくらいの大きさで、普通の物と比べると少し大きいだろうか。お尻の部分から剥くと、細かく弾け飛ぶ油が、部屋の空気を清浄するかのように爽やかな香りで満たしてくれる。そしてサビーナは一房手に取ると、口の中へと運び入れた。

 酸味は強いが、それ以上の甘さが口の中で広がりを見せる。皮は薄くて舌に触らず気にならない。一粒一粒しっかりしていて、ギュッと噛み締めると潰される時の食感が気持ちいい。

 香りは高く、味は濃厚。種は少し大きかったが、小さいよりは取り出しやすくて楽かもしれない。


「うー、おいしいー、もう一個食べたーいっ」


 あっという間にアデラオレンジを食べ終えてしまった。黄色い皮と、丸くて可愛い種だけが手元に残る。

 それを捨てようとして、サビーナの手が止まった。そして種だけ小瓶に入れて蓋をする。何をするというわけでもないが、今日の記念に取っておきたかった。

 そして何気なくその小瓶を振ってみると、想像以上にリンリンと良い音がしてサビーナは聞き入る。


「綺麗な音……これ、なにかに使えないかなぁ」


 サビーナは、リンリンと小瓶を揺らしながら目を瞑った。

 優しい音色に誘われるように訪れた夢の中。サビーナはセヴェリと二人、この種を見て微笑み合う……そんな夢を見たのだった。


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