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たとえ貴方が地に落ちようと  作者: 長岡更紗


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第65話 頑張らなきゃ

 サビーナがシェルトを送り出したのは、ブロッカという名前の街だ。

 ラウリル公国の、首都ではないもうひとつの街。国家政策により人口は増加の傾向にあり、この街は三十万人を超えているそうで、かなり栄えている印象を受ける。しかし逆に言うと、首都とこの街に力を注ぐあまり、他の集落までは手が回らない状況なのだろう。

 小さな国家だからと、街も小さいものだと勝手に思ってしまっていたが、ブロッカはランディスと大して変わらない。ここならば働き口もあるに違いない。

 サビーナは少しだけ街を覗き、残り一粒のダイヤを換金して必要な買い物をしてから帰路に着いた。


 村に戻ると、もう辺りは真っ暗だった。

 クスタビ村からブロッカの街までは、馬で片道二時間半といったところだ。少し遠く感じるが、買い出しに行く必要がある時には重宝する街となるだろう。

 サビーナが家へと戻るとプリシラの姿は既になく、セヴェリが料理の置かれたテーブルの前に座っていた。


「おかえり、サビーナ。大変でしたね」

「いえ、この食事は……?」

「プリシラが作って持ってきてくれました。いただきましょう」


 サビーナは食事を取りながら、アンゼルードへと旅立ったシェルトを思い浮かべる。

 彼はどんな情報を手に入れて戻ってくるだろうか。マウリッツはおそらく拘束されているはずだ。彼にはどんな判決が下されているのか。もし死刑などになっていた場合、どうやってセヴェリを慰めていいかわからない。

 それにデニスの方も気になる。シェスカルに殺されてしまったのか、それとも捕らわれただけなのか。生きていたとしても、なんらかの罪は科せられるだろうが、どうか生きていてほしい。


「そんなに心配しなくても、シェルトは私を売ったりはしませんよ。売る意味もないでしょう」


 セヴェリから見当違いの発言がなされて、サビーナは曖昧に頷いた。

 その件に関しては、実はあまり心配していない。プリシラが同行していたなら気が気じゃなかっただろうが、シェルトがセヴェリの居場所を告げることはないだろう。

 少し会話をしただけだが、シェルトが察しのいい人間だということはわかった。彼のことだから、プリシラへの恋心をサビーナに気付かれたと思った時点で、プリシラを人質代わりにされたと理解していただろう。


 そう、サビーナのあれはシェルトが言った通り、脅しだった。

 もしもセヴェリを売るようなことがあれば、シェルトの愛するプリシラを人質にしてでも逃げるという。


 今後の関係も考えて明らさまに言うことはしなかったが、あの表情は理解していた者のそれだった。だからシェルトも『殺す』という過激な表現を使ったのだ。きっと、プリシラに手を出したらただじゃおかない、の意味として。

 互いに大切な者がいる立場で、この契約を不履行にするはずがない。その点ではサビーナはシェルトを信用している。


 しかし彼は、一体どこまで詳しく調べられるだろうか。

 できるだけ詳細な情報が欲しいのは山々だが、あまり嗅ぎ回っていては騎士の目に止まってしまうかもしれない。そこから足が付いてしまうことだけは、どうしても避けたい。

 それと、マウリッツとデニスの情報は欲しいが、レイスリーフェの情報は手に入れてほしくなかった。

 確かに、レイスリーフェがどうなったのかは気になる。気にはなるが、セヴェリに情報が伝わってしまうことが、どうしても怖い。

 サビーナは、セヴェリに追いつくためにレイスリーフェを刺したことを、伝えてはいなかった。いや、伝えられなかった。

 セヴェリの最も愛する人物を、もしかしたら殺してしまっているかもしれない。セヴェリがそれを知ったら、どう思うだろうか。それでも傍に居させてもらえるだろうか。

 セヴェリに向けられるであろう嫌忌の顔を想像して、サビーナは身震いした。

 彼に嫌われてしまったら、どう生きればいいのだろうか。ランディスにも帰れない、この村にもいられない。生きる意味を見失ってしまう。

 そんなサビーナを見ていたセヴェリが、やはり口を開いた。


「サビーナ、あなたは先のことを心配し過ぎではないですか? あまり悩み過ぎないことですよ」

「でも……」


 シェルトから報告を受けるより先に、レイスリーフェのことを話してしまうべきだろうか。

 第三者から伝えられるより、誠意を持って説明をした方が、まだ印象は良いのではないだろうか。


「あの……」

「なんです?」


 しかし、そんなことを露ほどにも思っていないセヴェリの笑顔を見てしまうと、話す勇気が途端にしぼんでしまった。

 きっとこの笑顔は崩れ、慨嘆するに違いないだろう。そしてシェルトが帰ってくるまでの一ヶ月半もの間、レイスリーフェの安否がわかるまで塞ぎ込むに違いない。


「えと……なんでもないです……」

「……そうですか」


 セヴェリはそれ以上なにも言ってはこなかった。

 己の信用を考えるのなら、早く話してしまった方が良いことはわかっていたが、サビーナがそうすることはなかった。セヴェリの心労を減らすために……と言い訳をして、サビーナは問題を先送りした。


 それよりもこの先、どうやって生きていくか、だし……


 サビーナは思考を無理矢理に切り替える。

 デニスに貰った宝石はもうないし、どうにか収入を得ないとこの先やっていけない。つまり、働かなくてはならない。

 村でできる仕事と言えば、農業、狩り、きこりくらいのものだし、それらは自分には不向きだと思っている。向いている職業は少ないだろうが、街に出る方がなにかと仕事はあるだろう。


「セヴェリ様、私は明日から街で働こうと思います」

「明日から? 急ですね。なにかいい仕事でもあったのですか?」

「いえ、そういうわけではないのですが、とにかく働かなくては……」

「そうですね。でも、無理は禁物ですよ」


 セヴェリの言葉にサビーナはコクリと頷いた。

 とにかく一刻も早く現金で収入を得なければ、この先不安で仕方がない。

 なんの能もない自分が、この先セヴェリを養っていけるのか。

 とにかく今はどんな仕事でも嫌がらずにこなしていくしかないだろう。


 頑張らなきゃ。

 私が……私が。


 助けてくれる人は他に誰もいない。両親もリックバルドもデニスも、ここにはいないのだ。

 プリシラを頼ることはできるかもしれないが、百パーセント信じてしまうのは怖い。なるべく借りはこれ以上作るべきじゃないだろう。

 サビーナはプリシラが作ってくれた夕食を半分だけ食べると、残りは明日のために取っておいた。



 次の日、朝早く起きたサビーナは、セヴェリが目覚める前に動き出した。急いで手紙を書くと、テーブルに上に残していく。

 内容は街へ行ってくること、ご飯は昨日の残りを食べてほしいということ、夜は遅くなるかもしれないが必ず帰るということを書いて、ルッツリオンと共に村を出た。


 クスタビ村を出た時にはまだ暗かったが、ブロッカの街に着いた時には眩しいくらいの日差しが街を照らしている。

 すでに朝市は活気づいていて、人通りも多く、商業施設も開店準備におおわらわのようだ。


 まず最初にサビーナは仕事仲介所に向かおうと思ったが、その手前にハンターギルドを見つけて足を止めた。

 アンゼルード帝国では魔物の討伐退治は主に騎士が行っていたが、ランディスの街にも一応ハンターギルドがあり、主には冒険者達が利用している。討伐対象となっている魔物を狩り、証拠を持ち帰ると現金と交換してもらえるシステムだ。

 もちろん弱い魔物は安く、強い魔物ほど高い。弱くてもレア度で金額は跳ね上がったりもするようだったが。

 サビーナはハンターギルドに貼られていた張り紙をザッと見てみた。火竜なんかは目玉が飛び出るくらいの金額が書かれていたが、サビーナに倒せるわけがない。そもそもそんな伝説的な生き物が本当にいるのかも怪しいものだ。

 一攫千金に目がくらんでしまいそうになるが、現実的に倒せそうな魔物を見ると、普通に働いた方が余程ましな金額だったので諦めた。


 せめてリックくらい強ければ、単独(ソロ)でも稼げたんだろうけど。

 かと言って、パーティを組んでまで討伐にこだわりたいわけじゃないし。


 一攫千金はそうそうに諦め、サビーナはこの日、仲介所で皿洗いの仕事を勧められてそれをこなした。

 夜まで働いて手に入れたお金は、六千ジェイア。このお金で必要な食料を買うと、サビーナはまた二時間半掛けてクスタビ村へ帰ったのだった。

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