第32話 次こんなことしたら、絶交だから!
美形はいい。
少々オツムに難はあっても、それを帳消しにできるほどの美しい顔がある。
近くで見れば見るほどその魅力がよくわかった。
少し目尻の上がった瞳は、悪戯小僧の無邪気さと大人の色気が混在していて魅惑的。揺れる睫毛は、サビーナの二倍の長さはありそうだ。鼻梁はスッと通っていて高く、薄い唇は荒れもなく健康的。顎のラインはシャープで、顔全体が整っている。身長は高くないが、引き締まっているであろう体は服の上からでも窺い知ることができた。
そんな美形と手を繋いで歩けることが、単純に嬉しかったりする。
だが男に免疫のないサビーナがこうやって接触するのは嬉し恥ずかしというやつで、やはり顔は熱く逆上せてしまっていたが。なにせ男性と手を繋ぐなど、幼い頃に父親かリックバルドとしか経験がないのだから仕方がない。
「悪かったな」
屋敷に帰る途中、デニスはなぜか急に謝り始めた。なんのことかとサビーナは首を傾げる。
「昨日は、俺が誘ったのに一人で帰らせちまって」
「ああ、そのことですか」
「それとさっきも、いきなり怒鳴っちまって……悪ぃ」
デニスは顔は前に向けたまま、目だけをこちらに流して謝ってくれた。
その申し訳なさそうな顔と流し目を見ると、全てを許してしまいそうだ。いや、もともと許すとか許さないとか、そういう次元の話ではないのだが。
「いえ、ちょっとびっくりしたけど大丈夫です。飛び出しちゃった私が悪いんだし」
「まぁな。気を付けろよ」
「う……はい」
分かっているだけに言われると凹む。ガックリと肩を落とすサビーナの手を、励ますかのようにデニスはギュッと力を入れてきた。
「デニスさん?」
「昨日の帰り道は、大丈夫だったか? 轢かれたり襲われたりしなかっただろうな?」
「あ、はい。途中でセヴェリ様とシェスカル隊長に会って一緒に帰りましたし、大丈夫でした」
「ほっ。そっか」
デニスは安堵の息を漏らして笑った。その途端に握られていた手が緩められてしまい、サビーナは思わずこちらからギュッと手を握ってしまう。
「ん?」
こちらに目を流されて微笑まれると、もうダメだった。
心臓がドクンと波打ち、カーッと顔が燃え上がる。
本当に美形はずるい。顔だけで人をドキドキさせるのだから。きっと、このドキドキを勘違いしてしまう子も多くいるはずだ。
私は絶対に勘違いなんかしないっ
サビーナはチラチラとデニスの顔を覗き見ながら、そう心に誓った。
「んだよ、そんなに睨むなって! また今度、何か奢ってやっから」
睨まれていると勘違いしたデニスは、少し怒ったようにそう言ったが、怒っているわけではないのだろう。これが彼の標準仕様なのだ。
奢るという言葉に反応したサビーナは、思わず喜んでしまいそうになる唇をすぼめて、デニスを目だけで見上げる。
「や、約束ですよ?」
「おー、任せとけって!」
そこでちょうど屋敷の門扉が見えた。その瞬間、手はパッと振り払われるように外され、あっさりと二つの手は別れを告げる。
「どっか行ってみたいとこがありゃー連れてってやるよ。じゃあな!」
「……っあ」
サビーナがさようならを言う前に、デニスはさっさと去って行ってしまった。門扉までまだ十メートル程あるというのに。最後の最後で爪の甘い男だ。
「……もー」
ここまで楽しい気分でいられた分、このガッカリ感が半端ない。恋人でも何でもないが、もう少し別れ際に一言あってもいいのではないだろうか。そう思うのは、恋愛小説を読み過ぎているせいだろうか。
ハァッと溜め息を吐こうとした、その時。
闇の中からニュッと手が現れて、サビーナの口はグッと塞がれた。
いきなりの事態にサビーナは目を見張る。
「……んん!?」
お腹にも腕を巻きつけられ、強い力でグイッと引っ張られた。そして後ろから羽交い締め状態のまま、道を外れて草むらの中へと連れ込まれる。
あまりの事に声が出てこなかった。
どうしてこんな目に遭っているのか。真っ暗闇の草むらが、足をチクチクと刺激する。それ以上に不快なのは、体を密着させてくるこの男だ。
サビーナは身じろぎして腰の剣を手に取ろうとするが、羽交い締めにされた腕が更に締まってピクリとも動けない。
「んーー! んんーーーーッ!!」
身動きが出来なくても、声が出せなくても、サビーナは必死に抵抗した。
誘拐されるのか。犯されるのか。殺されるのか。
どれであっても許容できるものじゃない。
しかしどれだけ抵抗しても、絡まる手が緩む事はなかった。
一体、何のために帯剣しているというのか。情けなくて涙が出てくる。
「サビーナちゃん、サビーナちゃん……!」
不意に聞き覚えのある声が耳に入り、サビーナは目を見広げた。
すぐ近くで声が聞こえる。まさか、とサビーナは目を後ろに向けた。
「ごめーん、ちょっと静かにしてもらえるかなー」
どっと疲れが出た。そこにはやらしい顔したサイラスが、申し訳なさげに笑っていたのだった。
「サイ……ラス……何やってんの……っ」
「いやー、抵抗するサビーナちゃん、中々良かったよ! 僕が手で塞いでなきゃ、ちゃんと声を出せたんじゃない? 成長したねー」
このヘラヘラ男を一度殴っても良いだろうか。そうでもしないとこの怒りは中々沈められそうにない。
「もう、寿命縮まったよっ! どう責任取ってくれるのっ」
「え? 困ったなー。んじゃ、気持ち良い事でもすれば、寿命が延びるんじゃない?」
「そんなので延びるかーッ」
「あ、ちゃんと意味分かってるんだ。どうする? 僕は青姦でも一向に構わないけど」
「アオカンって何っ」
意味が分からず勢いのまま尋ねると、サイラスは目を細めて唇をサビーナの耳に寄せて来る。
「外でするセックスの事」
と言ってペロリとサビーナの耳が舐められた。初めての感触に、サビーナは思わず「ぎょわああああ」と声を上げてしまう。何故こんな事をするのか全く理解不能だ。
「な、なにすんの、サイラスッ」
「『ぎょわあ』って、声大きいよ、サビーナちゃん!」
「サイラスが変な事するからでしょっ!?」
「シーー、シーーッ! 静かにしないとキスしちゃうよっ」
それは困る、とサビーナ自分の手で唇を閉ざした。それを見て、サイラスはホッとしている。
「ごめん、ちょっとからかい過ぎちゃったかな」
「……もう、本当にやめてよね」
「サビーナちゃん見てると、つい虐めたくなっちゃって。他の女の子にはこんな事ないんだけどなー」
やっぱりヘラヘラ笑うサイラス。イラッとして思わずサイラスの両頬を引っ掴むと、力の限りぎゅむーっと横に引っ張った。
「あたたたたた! 何すんのー、サビーナちゃん!」
「仕返しっ! 本当は一発殴りたいっ」
「僕、マゾの気質はないよーっ」
サイラスの頬を容赦なく引っ張って、ようやく少し納得がいった。怒りが収まってきたサビーナは、サイラスの頬から手をパッと離す。
「いたたぁ……サビーナちゃん、ヒドイ……」
「酷いのはそっちでしょ! 何でこんな事したのっ」
「サビーナちゃんに、セヴェリ様の方はどうなってるか話を聞こうと思ったんだよー。部屋に行ってもいないしさ、帰ってくるの待ち伏せしてたんだ」
サビーナはジト目でサイラスを見る。部屋に来られても困るが、こんな攫われるように話し掛けられるのはもっと困る。会っているのを見られて謀反の事を話していると思われてはいけないため、人目を忍ばなきゃいけないのは分かるが、これはやり過ぎだ。
「次こんな事したら、絶交だから!」
「絶交って……ぷっ」
「サイラス! 」
「いや、ごめんごめん、絶交は嫌だ! 僕は絶交より性交の方が良いからね!」
サビーナの頬の筋肉がひくつく。
誰か、この脳内ピンク色の男をどうにかしてくれないだろうか。サイラスは最年少で班長になったらしいが、その片鱗を見られる様子がない。こんな男でも戦闘になると真面目になったりするのか、甚だ疑問である。このヘラヘラ男の真剣な顔が、全然思い浮かばない。
「はぁ、なんかもういい。サイラスを相手にしてると、疲れちゃう」
「疲れてるんなら、いくらでも癒してあげられるけど?」
「いや、もうそれはいいから……帰るよ、私」
「あー、ちょっと待って! 結局セヴェリ様とはどーなってんの??」
ようやく本題に入ったサイラスに、サビーナは首だけで振り返った。たったこれだけを確認するだけで、普通こんなに時間が掛かるものだろうか。
「どうもこうも、どうにもなってないよ」
「あちゃー、やっぱりかー。大丈夫なの?」
「うう、努力はするよ……」
「誰か気になる人がいて、セヴェリ様を誘惑出来ないとかじゃないの」
サイラスの顔からスッと笑みが消えた。一体何の事を言っているのか分からず、サビーナは首を傾げる。
「なーんかさ、デニス殿といい感じで歩いてたよね。手なんか繋いじゃってさ。デニス殿が帰っちゃった時、サビーナちゃんはすごく残念そうな顔をしてたよ」
「そ、それは……」
「惚れちゃったの? あんな顔だけの男に」
「ち、違うよ!」
サビーナは全力で否定した。確かにデニスといるとドキドキする事は多いが、それはあの超絶美形な顔のせいであって、決して惚れた腫れたの話ではない。
「本当かなー。なーんか怪しいなー」
「もう、人の事ばっかり! サイラスはどうなの。遊んでばかりいないで、ちゃんとした彼女でも作ったら?」
そういうと、サイラスは妖しい笑みを浮かべて言った。
「いるよ、狙ってる人。でも手強いんだ」
「へぇ……誰?」
「ナイショ」
「あ、そ……」
むしろ、この男相手に簡単に落ちる女子の方に疑問を感じるが。きっとサイラスの狙ってる女性というのは、しっかりした人なのだろう。
「じゃ、サイラスはその人の事、頑張って……」
「はいはーい、ありがとー! じゃ、サビーナちゃんは気を付けて戻ってね。ここから門に入るのは見届けるけどさ」
「うん、ありがとう。おやすみ、サイラス」
「おやすみ、サビーナちゃん」
サビーナはサイラスに背を向けて歩き始めた。
そして門扉のところまで来ると、そっと後ろを振り返ってみる。
するとサイラスは少しだけ手を上げて、すぐに下ろしていた。安全な所に入るまで見守っていてくれたのだろう。そして彼はクルリと背を向けて帰って行った。




