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第2話 話というほどのことではないのですが

「……ヒマ……!」


 サビーナは広い屋敷の廊下の真ん中で、呆然と立っていた。

 オーケルフェルト家では雇われている人数が多すぎるほど多く、みんな余裕を持って働いている。それはいいのだが、来客数が少ないと、サビーナは一気にヒマになってしまうのだ。

 他のメイドや執事に仕事がないか聞いてみたが、自分で考えて行動しなさいと言われ、困り果ててしまった。どうしようかと、野良猫のように廊下をウロウロしてしまう。


「うう、なにしよう……」


 いつもの配膳の手伝いまではまだまだ時間がある。いつもは騎士の鍛錬所へお茶を運ぶのだが、今日は数名の騎士を残して外へ魔物退治に出ているため、時間は潰せない。

 掃除でもしようかと思ったが、掃除夫がそこら中をピカピカに磨き上げているし、掃除素人のサビーナが手を出せば余計に汚してしまいそうだ。


「うーん……セヴェリ様になにかご用はないかな」


 そう思い立って、セヴェリの部屋へと向かった。しかし呼ばれたわけでもないのに入るというのは、やはり憚られる。どうしようかと部屋の前を何度も往復していたら、しばらくして扉が開いた。中からはもちろん、セヴェリが出てくる。


「あ、せ、セヴェリ様……」

「ああ、サビーナでしたか。ずっとウロウロして、どうしたのです?」

「ええっと、それは……」

「私になにか用でも?」

「え、ええ、まぁ……」

「では中へどうぞ」


 誘われるままに中へと入ってしまった。彼の部屋は当然のことながら綺麗に掃除されており、花瓶に生けられた花が美しく主張している。


「で、どうされたのです」

「えーっと、それが、実は……」

「話が長くなるようなら、座りましょう。どうぞ」


 セヴェリに椅子を引かれて、サビーナは硬直した。こんなことをされる立場にあってはいけない。サビーナはただのメイドなのだから。


「わ、私は立ったままで! セヴェリ様こそお座り下さい!」

「いいから座りなさい。これは、命令ですよ?」


 口元に緩く握った拳を当てて、クスクスと笑われる。どう見ても、面白がっているようにしか見えなかったが、サビーナは仕方なくその椅子に腰を下ろした。

 こうしてくれるのはサビーナが特別だというわけではなく、セヴェリはいつも使用人の話をよく聞いてくれるのだ。

 セヴェリ付きのお世話係というものは存在しない。必要な時に必要な人材を呼ぶというスタイルで、サビーナが呼ばれる時は、基本的にお茶やお茶菓子を要する時だけである。


「さて、ではサビーナのお話を伺いましょうか」

「あの、話というほどのことではないのですが……」

「なんです?」


 セヴェリが目の前に座り、サビーナはモゴモゴと切り出した。


「あの、なにか、仕事を頂けないかと思いまして……」

「仕事? 転職したいということですか」

「ち、違います!! ここは待遇もいいし、仲間もいいし、辞めるつもりなんてありません! ただ、めちゃくちゃ暇で……あっ」


 滑った口を押さえ、サビーナは慌てて言い直す。


「ち、違うんです! いつもは暇じゃないんですけど、いや、暇な時もあるといいましょうか、根を詰めて働かなくていいっていうか……じゃなくて、それ自体は有り難いんですけど、暇な時はなにをしていいかわからないというか困るというかっ」


 言い訳に言い訳を重ねていたら、どんどん言いたいことがわからなくなってきた。墓穴を掘っている気がする。

 糸に絡まったような説明していると、セヴェリはクスクスと笑い出した。


「あ、う、あの、すみません……セヴェリ様」

「いいえ、言いたいことはわかりましたよ。つまり、忙しく働きたい、ということでしょう?」

「は、はい。平たく言うと、そういうことに……」

「うち以外の貴族のところで働けば、倒れるほど忙しく働けますがね。良ければ紹介しますよ」


 いつものクスクス笑いではなく、意地悪にニッコリと微笑まれる。


 え、もしかして、怒らせちゃった?


 困ってあわあわと唇を動かすも、結局サビーナは素直に頭を垂れ下げた。


「ううう、そういう意味ではないんです。ここで働かせてください……」

「おや、ちょっと言い過ぎましたね。冗談ですから笑ってください」


 笑ってくださいと言われて笑える冗談でもなく、サビーナはどう反応していいのかと目だけでセヴェリを見上げる。サビーナと目が合ったセヴェリは、軽く息を吐いてゆっくりと話し始めた。


「……我がオーケルフェルト家は、皆に倒れてほしくありません。だから、余裕を持って仕事をしてもらっています。そして余裕を持つと、細部に気を遣える人になるのですよ。いい加減な仕事はしなくなるということです。忙しいとイライラしてしまうでしょう? 人にも優しくなれず、人間関係も悪くなります。私は、できるだけ皆と仲良く過ごしたいのですよ」


 確かに、オーケルフェルト家に仕える者は、みんな穏やかだ。性格の合う、合わないはあろうが、対立している様子は見えない。心に余裕があるとはこういうことなのだろうか。意見交換をしている場面はよく見るものの、感情に任せて言い争うようなことにはならない。


「どうしてもやることがなくて暇なら、趣味を生かして我が家に貢献して下さい。皆そうしていますよ。そこの花瓶は掃除夫のカルナドが作ってくれたもの。花を生けてくれたのは、庭師のユーゴ。コースターにしてある刺繍は、厨房のアーリンが。女性は割と刺繍を好んでしてくれますね。編み物も人気のようで、冬になるとひざ掛けが全員に配られていたりしますよ」


 お世話係という姑のような存在がセヴェリの近くにいないからこそ、次期当主という立場の彼へ気軽に贈り物ができるのだろう。それがわかっていて、お世話係を付けていないのかもしれない。

 高貴貴族にも関わらず、こうして多数の使用人が屋敷の主人となる人間に贈り物をしているのは、アンゼルード帝国でもセヴェリだけに違いない。


「どうしました? サビーナ」


 サビーナはギュッとスカートを握って俯いた。

 他の使用人がしているように、サビーナも仕事以外のなにかで貢献したかった。しかし花瓶などどうやって作るかわからないし、花を綺麗に生けられるセンスは持ち合わせていない。刺繍や編み物など、やったことすらないしやりたいとも思えない。

 特技と言えるものがなさ過ぎる自分に、サビーナは嫌な汗を落とした。


「私……なんにもできなくて……」

「なにも?」

「はい……」

「サビーナは幼い頃、なにをして遊んでいたのですか?」

「え、えーと、そうですね。リックに……あ、兄に少し剣術を習って、それでチクの木を切って遊んでいました」

「チクの木を?」

「はい」


 肯定すると、セヴェリは珍しくプッと吹き出した。サビーナは驚いて顔を上げる。


「ック、ハハハハハッ!」

「セ、セヴェリ様.?」

「っぷ、くくく……いえ、すみません。とても意外で。勇ましいお嬢さんだったのですね」

「は、はぁ、まぁ.……」


 その後も笑いを噛み殺すように、クックと笑いを続けるセヴェリ。言うんじゃなかったと後悔すると同時に、こんなに笑うセヴェリの姿を見られて、幸運だとも思う。


「ふう。すみません、失礼を」

「いえ」

「うーむ、剣術ですか.……時間が空いた時には、騎士の鍛錬所で腕を磨いてみては?」

「それをしても、オーケルフェルト家に貢献できるとは思えませんが……兄に才能ないと言われましたし……」

「メイド達で買い物に行くこともあるでしょう。なにかあった時、あなたの剣術で我が家に仕える者を守れるかもしれません」


 それは、買い物に行くのに剣を携えて行けということだろうか。メイド服に、長剣。想像するとあまりに不似合いで、ちょっと……いや、結構イヤだ。


「……お気に召さないようですね。なら……ああ、そうだ。あなたにも貢献できることがあるじゃないですか」

「え! なんですか??」


 サビーナが身を乗り出すと、セヴェリはいつものように優しく微笑んだ。


「私にクッキーを作ることですよ」

「……っへ?」


 その言葉に、サビーナは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。確かに刺繍や編み物に比べれば、お菓子作りは好きだ。しかし下手の横好きというやつで、先日セヴェリに食べさせた通り、味は良くない。

 また今度作ってくれと言われて、浮かれてハイと返事をしてしまったが、それは社交辞令であっただろう。仕事がないと文句を言われたので、気を遣ってクッキーを作れと言ってくれただけだ。これはどうあっても断るべき案件である。


「それは、できません!」

「なぜです」

「だって、ボソボソして、こなこなして、カラカラになるじゃないですか……」

「そこがいいんじゃないですか。あなたにしか作れません。あなたにしか、頼めないんですよ? だから、お願いしているんです」


 目を細めて微笑む彼は、反則だと思う。こんな風に頼まれて断れる者など、おそらくこの家には存在しない。


「うう、わかりました……じゃあ、時間ができた時は……クッキー焼いたり、剣術を習いに鍛錬所にも行ってみたりします」

「ええ。ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるセヴェリに、サビーナも慌てて頭を下げた。

 そうして部屋を出ると、今度は先輩メイドのニーナがセヴェリの部屋に向かっていた。


「あら、サビーナもセヴェリ様になにか用だったの?」

「はい。空いた時間をどうすればいいか相談に行ってて……ニーナさんは?」

「私は文献の写しをセヴェリ様に渡しに。私の曽祖父は歴史家で、世に広まっていないことも資料に残してるのよ」


 ニーナは空いた時間になにかを書いていたが、どうやらセヴェリに渡すものだったらしい。

 彼はなんにでも造詣が深いが、こうして使用人の長所を引き出すために、己も勉強しているからかもしれない。こんなに多くもの使用人に気を使っていたら、胃が痛くなったりしないのだろうか。

 ニーナはご機嫌でセヴェリの部屋をノックし、中へと入って行った。


「私は……鍛錬所にしようかな」


 セヴェリの元へと訪れる人が多いので、優しいセヴェリが気遣いしなくて済むように、サビーナはそちらを選んだ。

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