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たとえ貴方が地に落ちようと  作者: 長岡更紗


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105/117

第105話 セヴェリ様ぁぁああっ

 セヴェリはクスクスと意地悪な顔で笑いながら、目だけをこちらに流している。


「利……用……?」

「ええ。あの時言ったでしょう? 追手に見つかった際、私がサビーナを囮にしている間に逃げ(おお)せるように、一緒にいた方が都合がいいというものだと。そうすることに、私は決めたのですよ」


 ズキン、と心が痛んだ。と同時に、あの時の胸の痛みの正体を理解する。

 そう、セヴェリがサビーナと共にいることを選んだあの日。サビーナは、心のどこかで気付いてたのだ。

 セヴェリに追い出されずに済んで安堵したと同時に。追手に見つかった際には、サビーナを盾に逃げるつもりなのだろうと、わかっていた。

 ただ、面と向かってそう宣言されるのが怖くて、気付いていながらも心に蓋をしていたのだ。

 セヴェリの傍にいる限り、彼を守る姿勢は変わらない。もし追手が来たならその思惑通り、サビーナはセヴェリを守る盾となっただろう。

 でもなぜだろうか。

 それを目的として傍に置いてほしくはなかった。ただ共にいたいという純粋な気持ちで、傍に置いていてほしかったと思うのは、我儘だったのだろうか。

 セヴェリの思惑が露見した今、サビーナの胸は引き裂かれるように悲鳴を上げ始める。それとは対照的に、セヴェリは淡々と話を続けた。


「私にも良心がありますからね。あなたと離れて一人で生きることも、真剣に考えました。でもあなたは色々と利用できそうだったので、傍に置いておくことに決めたのですよ。そうしたら案の定、貴族との結婚を仄めかして来たでしょう? 正直、しめたと思いましたね」


 クックックと喉を鳴らして笑う姿は、まるでどこかの悪役男優のようだ。サビーナはそんな彼を、茫然と見上げる。


「まぁ、そこからが大変でした。私の世話はもう嫌だと言い出さないように、私に依存させる必要がありましたからね。ちょうどよく高熱を出してくれたので、サビーナの体を開き、私から逃れられないようにしたんですよ。ああ、彼女を怒らないでくださいね、デニス。私が無理やりにサビーナの純潔を奪ったのですから」


 デニスに向けられた視線から逃れるように、サビーナは左方へと顔を逸らせた。手と足が、自分の意思とは関係なくカタカタと震えている。隣のデニスの拳が、ギュッと握られているのだけはわかった。


「セヴェリ様……」

「私を斬りたければ斬っても構いませんよ、デニス」

「……いえ」


 デニスの顔は見えなかったが、なにかを飲み込むように否定の言葉だけが紡がれただけだ。そんなデニスに構わず、セヴェリはサビーナの顔を覗き込める位置に移動している。


「薄っぺらいあなたの体を抱くのは苦痛でしたが、その苦労の甲斐もあって、サビーナは本当によく働いてくれましたよ。私を男爵令嬢との結婚まで漕ぎ着けてくれました。よくを言えば、もっと高貴な貴族が良かったのですがね。まぁクリスタはあなたと違って美人で素直な女性ですし、良しとしましょう」


 サビーナは蚊の鳴くような声で「申し訳ありません……」と告げると、そのまま肩を震わせた。込み上げるものをひたすらに我慢する。

 自分の体は、欲望の捌け口にすらなっていなかった。セヴェリの気持ちが収まるならという考えすら、傲慢だったのだ。

 セヴェリは相変わらず口の端を上げてクスクスと笑いながら、サビーナに語り掛ける。


「謝る必要はありませんよ。よくやったと褒めているんです。実は、あなたをどう傷付けずに振ろうかと考えあぐねていましてね。タイミング良くデニスが来てくれたものです。これで私も猫をかぶる必要がなくなる。あなたにはデニスという、愛する人が傍にいるんですから」


 そう言い終えると、セヴェリは荷物をまとめ始め、コートを手に取った。その顔は、どこか揚々としている。


「では……私は今日からブロッカで生活することにしますよ。クリスタとの結婚の話も詰めなければいけませんしね。あなたたちは好きにここを使いなさい。デニスが傍にいれば、サビーナの命は保証されたようなものでしょう。私の心残りもなくなる」


 コートを羽織ると、少量の荷物を抱えて家を出ようとするセヴェリ。なにも言えずに視線だけを出口に動かす。

 セヴェリは今にも扉を開けようとし、こちらを見てにっこりと嬉しそうに笑った。


「私はもう二度と、この村には来ませんから」


 カチャリ、と開けられる扉の音。それと同時に隣にいたデニスがガタンと立ち上がる。


「それで……それでいいんすか、セヴェリ様!」

「なにを確かめようとしているんですか? 私は貴族に戻れ、あなたたちも幸せになれる。なんの不都合もないでしょう」

「けど……セヴェリ様は、そんな人じゃねぇだろ……っ」

「そんな人? どんな人ですか? 私の腹が黒いことは、あなた方お二人が一番わかっているでしょう。私はずっとこうなることを望んでいたんですよ。すべては筋書き通りです」


 口でセヴェリに叶うはずもなく、結局デニスは押し黙っている。

 サビーナはそんなデニスを横目にそっと立ち上がり、セヴェリを真っ直ぐに見つめた。セヴェリの緑青色の瞳は微かに揺らぎながら、それでもなお優しい光を放っている。


「セヴェリ様……」

「サビーナ、今まで苦労を掛けましたね。どうか……幸せになってください」


 セヴェリの心からの言葉に、涙が溢れそうになる。

 ずっと、ずっと望んでいた結末だ。

 セヴェリがクリスタと結婚し、命を脅かされることなく幸せに生きられるよう、ずっと画策していたのだから。

 サビーナは優しい目を向け続けるセヴェリに、深く深くお辞儀した。


「ありがとう、ございました……セヴェリ様も、どうかクリスタ様とお幸せに……っ」

「ええ。幸せになりますよ。ありがとう、サビーナ」


 そう言ってセヴェリは扉を大きく開け放ち。


「サビーナを頼みます。デニス」


 その言葉を最後に、セヴェリは出ていった。

 パタンと扉が閉じられた後、デニスは低く力強い声で「わかりました」と答えている。

 その直後、馬の嘶く声が裏から響き、そしてゆっくりと馬の足音は去っていった。


 終わった。すべてが。


 セヴェリは街でクリスタと結婚して貴族となり、幸せに暮らしていけるだろう。

 二年もの日々を費やし、ようやく思い通りの着地点にくることができた。

 しかも、ずっと会いたいと思っていたデニスが目の前にいる。

 きっと今日は、人生最良の日だ。

 すべてが上手くいった、最高の日……の、はずなのだ。


「う……う、うああ……」


 サビーナは漏れ出る声を抑え切れず、呻くような声を発し始める。

 それを聞いたデニスが、少し眉を寄せて覗き込んできた、その時。


「あああああああーーーーーーーー〜〜〜〜ッ!!!!」

「サビーナ!?」


 その人生最良の日をインクで塗り潰すかのように、サビーナの叫び声で家は埋もれる。


 セヴェリが、この家からいなくなった。


 それだけで気が狂いそうなほどの悲しい波が、次から次へと押し寄せてくる。

 全部、嘘だった。好きと言ってくれた言葉も、愛していますと言ってくれた言葉も。

 すべて、彼の術中だっただけなのだ。


「あああッ! あーー、セヴェリ様ぁぁああっ」

「サビーナッ!!」


 泣き崩れるサビーナをデニスががっしりと受け止め、支えてくれる。それでも溢れ出る涙と声は止まらない。

 これで良かったはずだった。セヴェリを無事に貴族に戻すことができたのなら、利用されていたとしても喜ぶべきことのはずなのに。


「う、うああ……セヴェリ様、セヴェリ様ぁ……あああ……」


 漏れ出る主の名前を、サビーナは呼び続ける。

 二度とその呼び掛けに応じてくれることはないと、わかっていながらも。


「セヴェリ様、セヴェリ様、セヴェリさまぁ……っ」

「サビーナ……あんた、セヴェリ様のことが……」


 デニスの言葉は水底を掻き混ぜたかのように、土に押し込めていた想いが浮き上がってきた。


 そうだ……

 私、セヴェリ様のことが……っ


 サビーナが顔を上げると、そこには悲しそうな表情をしたデニスの姿。

 その赤土色の目を前に、サビーナの涙はさらに増す。


「……っごめん………デニスさん、ごめん……っ」

「……ん」


 彼はまるで、今から紡ぐ言葉がわかっているかのように頷き。そのまま黙って続きを促してくれる。


「私……私、セヴェリ様が好きだった……セヴェリ様を、愛してた……っ!!」


 飛び出すように出てきてしまった、愛の告白。

 愛の言葉を耳にしたデニスは、己に向けられたものではなくともサビーナを強く抱き締めてくれた。その優しさが、サビーナの罪悪感を増幅させる。


「ごめん、デニスさ……、ごめ………っ」

「わかってる。俺がいっから。俺がセヴェリ様の分まで、あんたを愛してやっから」

「ふ……うう、うあぁぁあああっ」


 居心地のいい言葉に身を預けるように、サビーナはデニスに縋った。


 セヴェリにこんな感情を抱いたのは、いつだったのだろうか。

 最初に感じたのは、母性愛だった。それがいつの間にか、より深く複雑な愛情へと変化していたのだ。


 私、デニスさんには恋してた……

 でもセヴェリ様に感じてたのは、最初からずっと……愛だったんだ……


 心の中でずっと蕾のまま、花開くことなく散っていった無言の愛は、サビーナの胸を空虚にさせた。

 ただただ、涙が滂沱として下っていくばかりだ。

 そんなサビーナを、デニスはひしと抱き締め。


「絶対にあんたを……幸せにすっから……」

「……デニスさん……デニスさん……っ」


 サビーナは救いを求めるようにデニスの名を呼び、彼は気が収まるまでサビーナを優しく抱き締めてくれた。

『素朴少女は騎士隊長に恋をする2』を投稿しました。

読んだ事の無い方は、『素朴少女は騎士隊長に恋をする』からお読みください。

よろしくお願いします。

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