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たとえ貴方が地に落ちようと  作者: 長岡更紗


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104/117

第104話 誰にも知られていないはずなのに

 なぜデニスが、ここにいるのか。

 そんな疑問よりも先に、感情の方が溢れ出す。

 ずっと会いたかった。でも絶対に会えないと思っていた。デニスがこの場所を知り得るはずがないのだから。

 二年ぶりのデニス。少し痩せているように見えるのは、気のせいじゃないはずだ。


「サビーナ……すげぇ会いたかったっ!」

「デニスさん、私も……っ」


 彼の姿を見てほっとした。無事なのはわかっていたが、それでもこうやって対面できると、デニスが生きていることを神に感謝したくなるくらいに嬉しかった。

 抱き合うようにそうしていると、後ろからジャリッと土の踏まれる音が近づいてくる。


「……デニス?」


 背後から声がして、サビーナは振り返った。そこには追いついてきた、セヴェリの姿。彼の姿を見たデニスは、そっとサビーナから少し離れた。


「セヴェリ様、お久しぶりです」

「……そう、ですか……やはり……」


 セヴェリは喫驚の顔をどこか落胆に変化させ、こちらに背を向けている。


「来なさい、デニス、サビーナ。家で話をしましょう。ここでは誰かに聞かれかねない」


 そう言われてサビーナがデニスを見上げると、子どものような無邪気な笑みで頷いている。

 この笑顔が懐かしくて嬉しくて、サビーナもまた喜びの笑顔を彼に向けた。


 家に入ると、セヴェリに促されて席に着いた。どちらに座るべきか迷ったが、このメンバーでは主従の関係なのだから主の隣には座れないと思い、セヴェリを対面に、デニスの隣の椅子に着く。


「久しぶりですね、デニス」

「お久しぶりです、セヴェリ様。すんません、どうしても二人の姿をこの目で確認したくて……来ちまいました」

「そうですか。私もデニスに会えて嬉しいですよ。二年もの長い間、牢暮らしをさせてしまい、申し訳ないと思っています」

「それは、俺が決めてやったことですから」


 デニスが屈託なくそう言ったので、セヴェリはほっとしている。そこにあったのは主従という関係ではなく、幼馴染みのような雰囲気だ。


「アンゼルードは今、どのような状況になっていますか?」

「俺が知ってんのは、ほとんどがリカルドから聞いた情報ですけど、それでいいんなら」

「教えてください」


 デニスはこくんと頷き、話し始める。

 まず、隊長のシェスカルはディノークス姓を賜り、貴族となったところから話は始まった。

 オーケルフェルトはなくなり、シェスカルが屋敷や土地をすべて買い取ったこと。リカルド、キアリカ、サイラスはディノークスの騎士にそのまま移行したこと。リックバルドがあの事件の一週間後に行方不明になったこと。

 これらはすでに、シェルトが調査に行っていたので知っていたのだが。


「シェスカル隊長はしばらく貴族としての仕事が忙しいから、隊長職をリカルドに代行させるつもりだったみてぇだ。けどリカルドは断って、代わりにキアリカが隊長になった」

「へぇ、キアリカさんが……」


 思わず、漏れるように声が出た。女性の待遇が悪いことを嘆いていた彼女である。アンゼルードはそこまで男尊女卑の激しい国ではないが、騎士は女性に不利な職種には間違いない。

 その中で隊長というトップクラスの地位に就いたのだ。きっとまたたくさんの苦労をしているに違いないが、同じ女性が隊長になれたことに誇りを感じる。


「んでもって、サイラスの奴は結婚した。そのうち子どももできるんじゃねーかな」

「サイラスがですか? 結婚するようなタイプに見えませんでしたが……人はわからないものですね」


 そう言いながらクスクス笑う姿はいつものセヴェリで、見ていてほっとする。こうしていると、さっきまでこの家で交わしていたサビーナとの会話が嘘のようだ。


「リカルドは相変わらず、騎士の傍ら演劇に没頭してたな。こっちは特に変わりなしだ」


 昔、セヴェリと一度だけ行った観劇を思い出した。リカルドは今も女優の奥方と、共に舞台に立っているに違いない。


「で、シェスカル隊長は、リカルドの話じゃあ皇帝の娘をもらうとかもらわねぇとか、そういう話になってるらしい」

「ええ? 皇女様を?!」

「なるほど……盤石を期するつもりですね。結婚すれば皇女は皇族を離れるものの、貴族としての格は上がり、発言権も増す。そうしてシェスカルはアンゼルードを謀反なしに変えていくつもりなんでしょう」


 顎に手を当て、どこか納得の面持ちでそう呟いた。確かセヴェリは以前、シェスカルに対してこういう批評をしていたはずだ。


 ──彼はとても責任感の強い人です。

 私をこんな目に遭わせておいて、のんびりと貴族生活を満喫できるような男ではないのです。

 私の目指した国を実現するために、きっと寝る間も惜しんで奔走することでしょう──


 皇女との結婚も、その一環だということなのだろうか。皇女をも利用するシェスカルの行為に、どうにも理解できない心を抱えてしまう。

 しかし己もクリスタに対して同じことをしているのだと気付き、自嘲の笑みを漏らした。


「隊長の考えは俺にはわかんねぇけど……俺はやっぱり、セヴェリ様を裏切った隊長が許せなかった。刑期を終えた後、ディノークスの騎士になる気があるなら来いって言われたけど……俺が騎士として剣を振るうのは、セヴェリ様のためだけだ。そう考えると、どうしてもセヴェリ様の無事をこの目で確認したくて……それでここまで追い掛けてきちまいました」

「いいんですよ。あなたのことだから、ここに来る可能性は考えていました」


 穏やかでありながらも寂しげな声音のセヴェリに、サビーナは少し首を捻らせる。


「セヴェリ様は、デニスさんが来るかもしれないって予想をしていたんですか?」

「ええ。リカルドからの手紙を受け取った時に、デニスが来ることも頭に入れていましたよ」

「あの時に? でも、シェルトはこの場所を伝えてはいないって……そもそも、どうしてデニスさんはこの場所がわかったんですか? 誰にも知られていないはずなのに」


 眉を寄せながら聞いてみるも、デニスはあっさりと言った。


「リカルドが、この国にいるって断定してたぜ。大きな街じゃなく、村にいるだろうとも言ってた。俺はこの国の村を全部回るつもりでいたんだ。小さな国だし、なんとか探し出せんじゃねぇかと思ってたけど、まさか最初からビンゴだったとはな」


 リカルドが断定していたという話を聞いて、サビーナは顔を顰めた。やはりシェルトがリカルドにすべてをバラしてしまっていたに違いない。それでも追手が今までここに辿り着いていないということは、リカルドは黙っていてくれたのだろう。

 しかし嘘を付いてセヴェリを危険に晒したシェルトが、どうにも許せない。

 ギリっと歯を噛み締めて苛立ちを隠しきれないでいると、セヴェリがなんでもないことのように言った。


「サビーナ、シェルトはリカルドにこの場所を教えたりはしていませんよ」

「え?」

「ここにいると断定できるだけの証拠をシェルトが持っていて、リカルドはそれに気付いただけです」

「えと……どういう、ことですか?」


 首を傾げて問うサビーナに、セヴェリは丁寧に説明をしてくれる。


「私達が逃げる際、デニスに宝石が入った小瓶を渡されたのを覚えていますか?」

「は、はい。確か、あれはリカルドさんが用意してくれたんですよね。お金で足が付かないようにと」

「ええ。その逆を彼はやっただけですよ。シェルトの財布を取り上げ、どこの国で発行されたお金が入っているかを調べたんでしょう」

「あ、なるほど……! 確かシェルトは、馬を売ったり買ったりしながらアンゼルードに入ったはずだから、どこの国を通って来たかが明白ですね!」

「ええ。一番遠いところで発行されたお金が、ラウリル公国だった……だから、リカルドはここに私達がいると断定した。もしそれが断定できない状況だったなら、リカルドはシェルトを拷問してでも吐かせたでしょうしね」


 セヴェリはクスクスと笑えない冗談を言って笑っている。


「どうして、そのことを教えてくださらなかったんですか?」


 単純な疑問をぶつけてみると、セヴェリは笑いを止め、申し訳なさそうに眉を下げさせた。


「あなたに伝えるかどうか……とても悩みました。あなたの顔を見ては答えを出せそうになく、あなたを追い出したりもしました」


 一人になりたいと言って、追い出されたあの日。

 セヴェリはレイスリーフェの死を知って、サビーナとは暮らせないと思ったから追い出したのではなかったというのか。


「どういうことですか? あの時、セヴェリ様は……」

「リカルドの手紙の内容を覚えていますか?」

「え? ええと……レイスリーフェ様の死と、私が一級殺人犯になっていること……でしたよね? それでリカルドさんは、私達は一緒にいない方がいいって書いていて……」

「そうです。だから私は悩みました。リカルドの意図が、その手紙から読み取れましたからね」

「リカルドさんの……意図?」


 あの手紙は淡々と事実だけが書かれてあった。リカルドの謝罪文ではあったが、その意図など読み取れるものではなかったように思う。


「私はリカルドの手紙を、こう説明しましたね。あの手紙は、リカルドがあなたを心配してのものだ、と」


 確か、セヴェリと一緒にいては、一生セヴェリの世話に追われることになる、サビーナを自由にするための言葉だと、そう説明を受けた気がする。


「はい、リカルドさんは優しいからそういう考えを持ってるって……私には微塵もそんな感じを受ける内容ではありませんでしたが」

「っぷ、クスクスクス……勘がよろしいですね。その通りですよ」

「え?」

「あの時私が言った言葉は、大嘘ですから」

「……え」


嘘という言葉を聞いて、サビーナは眉を寄せる。なぜセヴェリがそんな嘘を吐く必要があったのかがわからずに。


「リカルドが私とサビーナを離れさせるように示唆した、あの手紙の意図……表向きは私のため、深読みすればサビーナのため……でも真の目的は、デニスのためだったんです」

「……俺の?」


 隣で聞いていただけのデニスが、驚きの声を上げる。サビーナも、なぜここで彼の名前が出てくるのかがわからず、セヴェリとデニスを交互に見遣った。


「なんの不思議もないでしょう。デニスとリカルドは、戦友であり親友だ。その親友を想い人のところへ行かせてあげたいと思うのは、当然の心でしょう。しかしそこに私という障害がいれば、二人の恋路の邪魔になる。リカルドは、私とサビーナを引き離す必要があったんです。デニスのためにね」

「そ、んな、俺は……」

「私に嘘は禁物ですよ、デニス。サビーナへの気持ちがないなどという嘘はね」

「……っ」


 デニスが言葉を詰まらせていると、セヴェリは「デニスはすぐに顔に出るからわかりやすい」とクスクス笑っている。わざわざ嘘をつくなと言わなくても、デニスは嘘がつける人間ではないのだが。


「デニスさん……」


 彼の名を呼ぶと、胸がぎゅっと苦しく締めつけられるように痛んだ。

 デニスは、この二年間、ずっと牢の中でサビーナのことを想ってくれていたのかもしれない。そう思うと、申し訳なさで胸が潰れそうになる。


「リカルドの手紙の意図を読み取った私は、どうすべきか本当に悩みました。悩んで悩んで出した結論は……サビーナを私の傍に置いておき、利用することでした」

「……え?」


 サビーナはそのセヴェリの言葉に、耳を疑った。愕然としながらもセヴェリを見るも、彼は椅子から立ち上がり、サビーナを見下すように笑っていた。


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