第102話 救われる人がいるから
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サビーナは買い出しに行くと言って、ブロッカの業者の元へ訪れていた。
そして前金を支払うと、早速作戦を練ることとなる。
現在のセヴェリの状況を詳しく話し、クリスタと良好関係にあることを告げると、それなら比較的簡単に早く成就するだろうと言ってもらえた。
その話をしていた時である。業者の事務所にリタが入ってきたのは。
「あら、サビーナ!? 久しぶりね!」
「リタ! どうしてここに?」
「成功報酬を毎月払いに来てるのよ。今日で終わりだけどね。あんまり一気にお金を使うと、旦那様にバレちゃうから、少しずつ返してたの」
そう言う彼女の装いは、淡い若菜色のドレスがキラキラと輝いていて、まるで生まれながらの貴族のようだった。
「そっかぁ。どう、グラシア伯爵は。どんな人?」
「そうね、やっぱりすごく年上なだけあって穏やかで大人で……私の好きなようにさせてくれるわ。とってもいい人よ」
「そうなんだ! よかったね、リタ!」
サビーナは心の底からホッとしてそう伝えると、リタはどこか苦味を含んだまま笑っていた。
「それより、サビーナがここにいるってことは、あなたもなにか画策してるのよね? あのお兄さんのこと?」
「うん。キクレー卿のクリスタ様と上手くいけばと思ってるんだけど……」
「ああ、あそこのご令嬢は綺麗だものね。わかったわ、私にも協力させてちょうだい!」
「え、いいの?」
「もちろんよ! 昔、そう約束したでしょ!」
「あ、ありがとう!」
リタの参戦で、業者による画策は具体的なものへと簡単に進むことができた。後はセヴェリをその計画に乗せるだけである。
村に帰るとすでに辺りは暗くなっていて、家ではセヴェリがとても心配していたようだった。
「無事で良かった。もう少し遅かったら、こちらから探しに行くところでした」
「心配かけて申し訳ありません。ブロッカで久々にリタに会って、つい話し込んでしまって」
「そうですか……しかしあまり遅くならないように、気を付けなさい」
「はい。そ、それで今度、リタの主催するパーティーに出席することになってしまってですね……」
「パーティーに?」
セヴェリは眉を顰めながら復唱した。貴族のパーティーを嫌うサビーナが出席するなど、不思議で仕方ないのだろう。
「どんなパーティーなのですか」
「あの、それが……リタは私のことを独身で彼氏なしだと思っていて。彼女、貴族と平民の垣根をなくした舞踏会をやるらしいんです。それで参加者を募っていて、半ば無理やり……」
「断りなさい」
セヴェリは冷たい瞳でピシャリと言った。まぁそうくるだろうと想定はしていたが。
「でもこれを機に、またリタと交流していきたいし……それに私のためを思って誘ってくれるリタに、断るのは申し訳なくて。それに『お兄さんもよろしければって』って、セヴェリ様も誘ってくれました」
「私も?」
「はい。参加者が少なくて、困っているようなんです。彼女が初めて主催するパーティーなので、協力してあげたいんですが、駄目でしょうか……?」
情に訴えるような発言をすると、セヴェリは「仕方ないですね」と息を漏らしながら言ってくれた。彼も、自身が初めて主催したパーティーのことを思い出しているのかもしれない。大物貴族の息子だからと言って、簡単に人を集められたわけではなかったのだろう。特に年配の貴族は値踏みするようなところがあるし、主催者本人の人柄と誠意が試される場所でもある。多くの人を集められるというのは、それだけでステータスなのだ。
「しかし、あなたは誰とも踊ってはいけませんよ。誘われても断りなさい」
「それはもちろんです。私はまともに踊れませんし」
「お上手でしたけどね」
「それは、お相手がセヴェリ様だったからです」
頬を火照らせながらそう言うと、セヴェリも嬉しそうに少し上気しているようだった。
それから一ヶ月後、予定通りにリタ主催の舞踏会が行われた。
もちろんその間に、クリスタも出席するよう業者が手を回してくれている。
パーティ会場はグラシア伯爵家のホールで、思ったほど大きくはない。セヴェリと共に中へ入ると、リタとグラシア伯爵と思われる人物が声をかけてくれた。
「今宵は我が妻リタ主催の舞踏会へようこそ。楽しんでいってくれたまえ」
「お招き頂き、ありがとうございます。平民と貴族の垣根を取り払った舞踏会など、初めてですよ。楽しませて頂こうと思います」
セヴェリはにこやかに挨拶を交わすと、グラシア伯爵は「うむ」と頷いていた。話には聞いていたが、結構なおじさんだ。五十歳くらいと言ったところだろうか。偉そうな威張った感じはなく、優しそうな目尻をした紳士だった。
サビーナは彼が去っていった後で、こそっとリタに話し掛ける。
「へぇ、グラシア伯爵って素敵な人っぽいね」
「ええ。本当に優しくて、良くしてくださるのよ。私がパーティをするって言い出した時も、喜んで承諾してくれたわ」
リタが幸せそうに笑っているので安心した。画策で結婚した二人というのはどういうものかと心配していたが、これならセヴェリとクリスタが一緒になっても大丈夫かもしれない。
そんなことを考えている間に、次々と人が入ってくる。
と言っても、実は全員サクラだ。セヴェリとクリスタ以外は、業者の息が掛かった人間である。そのお目当のクリスタが、お供を引き連れて入ってきた。
「あら、キクレー様のところのご令嬢だわ。少し挨拶して参りますわね。失礼致します」
リタはいっぱしの貴族のような口調でそう言うと、クリスタのところへと向かっている。
「あ、く、クリスタ様も招待してたみたいですね」
「そのようですね」
セヴェリの様子を伺うように見上げると、なぜだか彼は物凄く険しい顔をしていた。なぜだろうとその視線の先を見ると、どうやらクリスタのお供を見ているようである。
うあ……マティアスだ。
セヴェリが不機嫌顔になったのは、どうやらマティアスのせいらしかった。キクレー家にはたくさんの使用人がいるというのに、なぜよりにもよってマティアスが選ばれたというのか。
「あ、あの、セヴェリ? ここは舞踏会場ですし、リタの初めて主催するパーティでもありますので……」
「わかっています。大丈夫ですよ、関わりませんから」
「あ、でも、私たちもクリスタ様には、挨拶に伺った方がよろしいんじゃないかと……」
「後にしましょう。急ぐ必要もありません」
「は、はぁ……」
参ったなぁと眉を下げていると、主催であるリタの挨拶が始まった。
ほぼ全員がサクラである中挨拶をしているのはどこか滑稽だが、それでも堂々としている彼女はすごいと思う。
貴族と庶民の交流の場を設けた意義などをもっともらしく語った後、ようやく舞踏会が始まった。
始めはポツポツとしか踊っていなかった舞踏会場も、徐々にその人数を増していく。
「セヴェリも、踊ってきてはどうですか?」
「あなたに踊るなと言っておいて、私が踊るわけにいかないでしょう」
「気になさらないでください。私はセヴェリが踊る姿を見たいんです。それに舞踏会に来て踊らないというのも失礼ですし」
そう言ってもセヴェリは動こうとはしなかった。
ちらりとクリスタを見ると、彼女も奥の方でポツンと一人立っている。マティアスは参加者ではないため、邪魔にならないように下がっているようだ。
普通の舞踏会ならば、こんな風にクリスタが一人取り残されることはないだろう。あんな美しい令嬢を誘わない男はいまい。
だが残念ながら、これは画策された舞踏会である。男性陣にはクリスタと踊ってはいけないと伝えてあるのだ。一人寂しく待っていてもらわなければ困る。
やがて一曲目が終わり、みんなはパートナーを替えて二曲目を踊り始めた。当然のことながら、誰もクリスタの元へは踊りの誘いにいっていない。
自分で画策しておいてなんだが、耐えるようにその場に立っているクリスタを見ると、可哀想になってきた。
「セヴェリ、クリスタ様がまたお一人のようです。行ってあげてください」
「クリスタほどの美貌なら、私が行かなくても誰かが行きますよ」
「これは、貴族同士の舞踏会ではないんですよ!? 男性は平民の方が多いようですし、あんなに美人のご令嬢なんて、きっと気後れしてしまいます。セヴェリがいってあげてください」
「しかし……」
「クリスタ様に惨めな思いをさせたいんですか?」
もう一度クリスタに視線を送ると、彼女は恥ずかしそうに視線を下げて泣きそうになっていて、サビーナの良心が痛む。真剣に早く彼女の元へと行ってあげてほしい。
セヴェリもそんなクリスタの様子を確認してしまうと胸が痛んだようで、眉根を少し寄せて息を吐き出した。
「仕方ないですね」
優しいセヴェリはそう呟くと、ようやくクリスタの元へと歩き始めた。彼がマティアスの前を横切る時は少し緊張したが、何事もなくクリスタの目の前に辿り着くと跪き、その手を取っている。
クリスタが泣きそうになっていた顔をパッと綻ばせて、セヴェリと踊り始めた。取り敢えず、第一関門突破である。
二人のダンスはとても息が合っていて、さすがとしか言いようがない。優雅に、流れるように踊る二人を見ていると、胸がきつくサビーナを締めつけてくる。
羨ましい、という感情を隠しきれなかった。
どうして自分はクリスタではないのだろうと、心底羨んだ。
彼女はセヴェリと結ばれる運命にある。そう仕向けるのは己であるにも関わらず、彼女の立場を妬みそうになる。
曲が終わりを告げると、また新たな音楽を奏でられ始めた。また誰もクリスタの元に来ないのを見て、もう一度セヴェリが彼女と踊り始める。
「あと一曲だね」
いつの間にか隣に来ていた男がそう言った。儚げな青年は、やはり儚げな瞳で、優雅に踊る二人を見ている。
「マティアス……」
「三曲を連続して踊ると、男性は求婚するのと同じ意味だったよね。このパーティでは」
「……うん」
マティアスの言葉に、サビーナは視線を逸らしながら答えた。
三曲連続の踊りの誘いは、求婚の意味。女性が三曲目を拒否しなければ、それは求婚を受けるという意味だ。リタ主催の舞踏会での特別ルールであり、それは事前に全員に知らせてある、という設定である。セヴェリ以外は。
二人で固唾を飲んで見守っていると、セヴェリは三曲目もクリスタを誘っていた。誰もクリスタを誘いに行く人がいないのだから、当然の結果とも言えるが。
誘われたクリスタは驚いた様子を見せながらも喜び、セヴェリの手を取った。つまり、求婚を受けるという意思の表れだ。セヴェリの方は、自分が求婚してしまったなどとは思ってもいないだろうが。
「……良かった」
本日の目標は、取り敢えず達成である。ほっと胸をなでおろすと、マティアスが不可解な視線を送ってきた。
「サビーナ……なにを考えてるんだ、君は」
以前と同じ質問をされ、サビーナはその時と同じ答えを紡ぎ出す。
「別に、なにも?」
「教えてほしい。僕も協力できるかもしれない」
真っ直ぐにこちらを見据える目は、真剣そのものだった。彼にはサビーナがなにをしようとしているのかわかっているのだろうか。
「協力って……なにを?」
サビーナはこちらからは敢えて言わずに、訝しみの視線と共に問い掛ける。するとマティアスは一息置いてから、やはり真剣な顔で言った。
「例えば……お嬢様とセヴェリさんを結婚させるのが目的なら。僕は協力できる立場にいる」
サビーナの耳がピクリと動く。それは、願ってもいない申し出だった。
「……本当に? どうして……」
「前に言ったろ。お嬢様に無茶苦茶なお願いされてるって」
「まさか、そのお願いって」
「君たちブラコンシスコン兄妹を引き裂いて、セヴェリさんの目をお嬢様に向けること。最終的には、セヴェリさんにお嬢様と結婚してもらうこと」
「ちょ、ブラコンシスコンって……」
突っ込んで訂正しておきたかったが、一度それを横に置いた。今はそれよりも詰めなければいけない話がある。
「やっぱりクリスタ様は、お兄ちゃんとの結婚を望んでたんだ」
「うん、切望してる。今回のパーティも、セヴェリさんがいるからわざわざ出てきたんだ。じゃなければ、舞踏会なんて断ってたと思う」
その話を聞いて、サビーナは計画を教えることに決めた。マティアスならば、信用できる。
「私もお兄ちゃんとクリスタ様を結婚させてあげたいって思ってる。でも、問題がひとつあって……」
「なに?」
「お兄ちゃんは、あんまりクリスタ様との結婚には積極的じゃないの」
「え? でも今、三曲目を踊ってるってことは、お嬢様に求婚を……」
「そのルール、お兄ちゃんには伝えてない。ただ、クリスタ様に求婚したっていう既成事実を、作ってしまいたかっただけ」
「無茶するな。セヴェリさんが他の女の子と三連続曲踊ったら、どうしたんだ」
「そうならないように仕向けてあったから大丈夫」
「……どうしてそこまでして、サビーナはセヴェリさんを結婚させたい?」
その問いには一拍置いて、憂いの含んだ笑みを浮かべる。そしてそっとお腹に手を置いてから答えた。
「お兄ちゃんが貴族になることで、救われる人がいるから」
サビーナの答えの意味がわからなかったのだろう。マティアスは一瞬険しい顔をしたが、すぐに息を吐き出して儚げな顔に戻った。
「ともかく、僕達の利害は一致しているわけだ」
「うん。協力してくれる?」
「もちろん。セヴェリさんをお嬢様の婿に迎えられるよう、手を打っておく」
「ありがとう、お願い」
「じゃあ行くよ。僕達が話しているのを見たら、セヴェリさんはいい気しないだろうから」
マティアスはそう言うと、セヴェリに気付かれる前に元の場所へと戻った。
どうにかこれで二人を結婚させられるだろうか。セヴェリの気持ちを重視してあげたいところだったが、そうもいかなくなっている。多少無理にでも、クリスタと結婚してもらって貴族になってもらわなければ困るのだ。
セヴェリ様はクリスタ様のことを好きなはずだから、結婚っていう話になっても、嫌がらないと思うけど……
セヴェリとクリスタが楽しそうに踊っている姿を見て、ズキンと心が疼く。二人の幸せな未来が、今ここに映し出されているかのように見えて。
きっとクリスタが相手なら、セヴェリは幸せに生きられる。それを確信させるような二人のダンスだった。
早く……
私のお腹が大きくなって気付かれる前に、結婚まで漕ぎ着けないと。
お腹に子供がいるとバレてしまえば、あの責任感の強い男は一生サビーナの傍にいると言い出すに違いない。その前に、二人を結婚、もしくは婚約させてしまう必要がある。それまでもう時間がない。お腹が目立ち始めるその前に。多少強引な手段を用いてでも。
サビーナはそれ以上二人の踊る姿を見ていられず、その場を後にした。




