第100話 もう少しだけ、このまま……
「暑くなりそうねぇ……熱中症にならないように、水分はこまめに取るよう注意喚起をお願いします」
プリシラが、ひまわりの咲き誇る迷路前でそう言った。
今日はひまわり祭りが開催される日だ。前日からの宿泊客が、すでに迷路前で今か今かと待っている。
救護テントはその迷路近くに設営された。長時間迷路に入っていたら、なにが起こるかわからない。すぐに対応できるようにするためだ。
その近くでは、シェルトとケーウィンが控えている。二人は迷路の全容が頭の中に入っているので、笛が鳴った時、すぐに助けに行く役目だ。
サビーナは十箇所ある入り口のひとつで、紙と笛を渡す係だ。祭りが始まると、かなりの人が押しかけて来た。
「リタイアする時や、気分が悪くなってしまった時はこの笛を吹いてくださいね。係員が参りますので。もし近くでこの笛を鳴らしている人がいれば、声を掛けてあげてください」
一人一人に簡単に説明し、紙に入場時間を記載して送り出す。二十分以内にクリアした人には、次回以降に使えるクスタビ村の無料宿泊券がプレゼントされる仕組みだ。
途中、リタイアを知らせる笛が何度か聞かれたが、体調不良で鳴らした人はほとんどいなかったようである。
街の人たちだけでなく、この迷路には村の者達も入っていた。特に独身者は積極的に動きなさいという、セヴェリからのお達しである。いい出会いがあればいいなぁと思いながら、サビーナは彼らも送り出した。
大きなひまわりは、時間毎に少しずつ向きを変えながら、迷路を行く人を見守っている。
そこで出会った者達を照らす太陽のように燦然と輝いていて、観光客はひまわり迷路の中を楽しんでいるようだった。
陽が暮れると、シェルトとケーウィンが迷っている人を全員外に出して、ひまわり迷路は終了となる。
街に帰ってしまう人達もやはりいたが、テントの貸し出しの方も盛況のようだ。見知らぬ者同士が協力してテントを設営していて、その風景に顔を綻ばせた。
ふと見ると、設営に苦労している女の子達にケーウィンが近付いて手伝っている。
「ありゃあ、途中でリタイアしてた子だな」
後ろから黒髪で半眼のシェルトがそう話しかけてきた。その口の端は、少し釣り上がっている。
「へぇ、そうなんだ。どの子?」
「真ん中のピンクブロンドの、やたら髪の毛巻いてる女の子。目がでかくてキャピキャピしてる奴」
「なるほどー、可愛い子だね。私達より年下かな」
「ケーウィンの奴、趣味悪ぃ……俺、ああいうの苦手」
「シェルトの好みは、素朴で真面目で、ショートカットの大人な女性だもんねー?」
「うっさい、黙れ」
思いっきり睨まれてしまったが、無視してクスクスと笑う。
そうしながらケーウィンの様子を見ていたが、どうやら手伝いに行ったものの、一人でのテント設営は苦戦を強いられているようだ。
「手伝ってきてあげなよ、シェルト」
「気乗りしねぇ……」
「友達でしょ! ほら、行ってきなさい!」
「ったく面倒臭ぇな……」
シェルトはぶつぶつ文句を言いながら、ケーウィンの手伝いに行っていた。ホッと一安心だ。
それが終わると、キャンプ参加者でのバーベキューが始まった。迷路と並行して野菜狩りが行われていて、それぞれに取ってきた野菜を切って焼き始める。肉は村の方で用意していた。もちろん、テントの貸出料に金額を上乗せしているのだが。
わいわいと老若男女入り乱れてのバーベキューが終わると、キャンプファイアーが焚かれる。空には今にも落ちて来そうな星空が煌めいていて、燃え上がる火の粉と混ざって美しい。
しばらくざわざわと騒がしかったキャンプファイアーの周りから、音楽が流れ始めた。街で雇ってきた、小さな楽団だ。明るくて軽やかなメロディが流れ始めると、誰からともなく踊り始めた。
大きなキャンプファイアーの周りに幾重もの円ができ、統一性のない踊りが繰り広げられている。
その中にケーウィンとピンクブロンドの女の子も発見した。二人は楽しそうに、笑顔を絶やさず踊っている。
逆側を見ると、シェルトがプリシラの手を引っ張っているようだった。プリシラは困った顔で拒否しながら、引き摺られるように連れ出されている。
これは見ものだと身を乗り出してニヤニヤしていると、後ろから声をかけられた。
「遅くなってすみません、サビーナ。色々と駆け回っていて」
「あ、セヴェリ! お疲れ様でした!」
「なにを見ていたんですか?」
そう言われて、視線を元に戻す。しかしそこにはプリシラの姿はなく、ポツンと残されたシェルトがいるだけだった。
「あ……今、シェルトがその……女の子を誘ってたんですけど、どうやら振られちゃったみたいです」
「そうですか……それは残念でしたね」
「でも、ケーウィンの方は上手くいってますよ。ほら、あそこで踊ってます」
「本当ですね。楽しそうだ」
若い二人を見て目を細ませるセヴェリ。そして今度はその瞳をサビーナに向けてくれる。
「私達も踊りましょうか」
「ええと……私、学校の授業でしか踊ったことがなくて……もうステップも忘れてしまいましたし」
「適当でいいのですよ。みんな自由に踊っているでしょう?」
セヴェリは再びキャンプファイアーの周りの、統一性ゼロの人々に目をやった。一人で飛び跳ねる者、ただクルクルと回るだけのケーウィンとピンクブロンドの女の子、チークダンスのようにゆったりと時を過ごす者、実にそれぞれだ。
「じゃあ……少しだけ」
サビーナはセヴェリの手を取ると、輪の中に入った。どうやって踊ろうかと迷っていたら、アンゼルード帝国では定番の初心者の踊りをリードしてくれる。
学校の授業では全く上手く踊れなかったというのに、リードしてくれる人が完璧だと、自分まで上手く踊れた。実際には踊りのテクニックはないに等しいのだが、『もしかしたら私って上手いのかも』と勘違いしてしまいそうである。
「上手ですよ、サビーナ」
「た、楽しいですっ! 踊りって、こんなに面白かったんですね!」
興奮が収まらずにそう告げると、サビーナはセヴェリに高く抱き上げられた。
「きゃあっ」
「潜って!」
そう言うと同時に勢いを付けたままグーンと下され、サビーナの足は地面を削るようにセヴェリの長い足の間を潜る。
と同時に彼の背面から手が伸び、それを掴むとまた高く抱き上げられた。
「あは、あははは! 楽し〜い!!」
「そんなに喜んでもらえて、私も嬉しいですよ」
涙が出そうなほどケラケラと笑っていると、セヴェリはサビーナを抱き締めてクルクルと回った。
「キャンプファイアーが終わるまで、踊り続けましょう」
「はいっ!」
少しだけと言ったことも忘れ、サビーナはその夜、セヴェリと最後まで踊りを続けた。
次の日、サビーナが筋肉痛になったのは言うまでもない。
ひまわり祭りが終わると、村の中でも何組かのカップルが生まれていた。
村にいた独身男性の何人かと、ケーウィンである。ピンクブロンドの女の子はミアナという名前だそうで、ケーウィンはもうその子にメロメロだ。絶対に大学に合格して街に行くと息巻いている。
大学に行く動機が不純になっているのが気にかかるが、それでも勉強に熱が入っているのだから良しとすべきだろうか。
村にいた四十代独身の男性は、すでに相手の女性と籍を入れてこの村で暮らしている。バツイチ女性だそうで、幼い子と共に移り住んでくれた。
他の上手くいった村の男達も、結婚を前提にお付き合いを進めているらしい。一気に人口が増えるというわけにはいかなかったが、まだまだこれからだ。
「今日はいい報告がありますよ」
村の定例会議で、セヴェリはそう話を始めた。みんなはなんだろうとキラキラした瞳でセヴェリを見上げる。
「ブロッカの大商人ソサルさんが、ミラン食堂の支店をここに出したいと言ってくれました」
大物商人の名前が出て、みんなは「おおー」と声を上げる。
祭りの後も観光客が途切れぬ様子を見て、儲けられると踏んだらしい。確かにこの村では祭りの時に出る屋台以外に食べられる場所はないし、重宝することだろう。サビーナにしても村に食堂ができてくれれば、夕食を作るのが面倒な時は外食できると思うと有難い。
村のみんながそれに反対することはなく、斯くしてミラン食堂クスタビ支店は間もなくオープンとなった。
その際、食堂で働く者とその家族が、クスタビ村に移住してくれた。一気に三家族が増え、子どもの数も増えた。
そしてサビーナは、ブロッカのミラン食堂ではなく、クスタビ支店のミラン食堂で働けることになったのである。今までは週に二度しか会えなかったセヴェリに、毎日会えるようになったことがなにより嬉しい。
ただ、ブロッカでは皿洗いだけだったのに対し、注文を取ったり出来上がった料理を出したり……という仕事もしなければならなくなったのだが。
「はあ……疲れた……」
「大丈夫ですか?」
「うう、今日も注文を取り間違えてしまって……ラーシェさんだったので、笑って許してもらえましたけど……」
「大変そうですね……どうしても慣れないなら、ブロッカの街に戻りますか?」
「いえ! ここで働く方が、セヴェリ様と毎日一緒にいられますので! 頑張ります!」
そう断言すると、セヴェリはクスクスと意地悪に笑っていた。どうやら、そう言わせたくてわざとブロッカの街に戻るかと聞いたようだ。
意図が読み取れたサビーナは、プウッと口を膨らませる。
「もう、セヴェリ様……っ」
「私はなにも言ってませんよ?」
やっぱりクスクスと笑いながら、サビーナの髪を撫でてくれた。
もう駄目……この手から、離れられないかも……
温かいセヴェリの手から、どうしても抜け出せない。
実は、業者に支払うための前金はすでに貯まっていた。後は行動を起こすだけなのだ。
セヴェリは今でもキクレーのところに出向いては色々と学んでいて、クリスタとの関係も良好である。早く覚悟を決めて、彼を貴族に戻さなければいけないと分かっているのだが、あまりの居心地の良さに、決心が鈍ってしまっていた。
もしかしたらアンゼルードからの追手など、放たれていないかもしれない。あれから二年近く経とうとしているのだ。とうに諦めているのではないだろうかという、甘い想像をしてしまう。
もう少し……もう少しだけ、このまま……
いつか振り切らなければいけないその手に甘え、サビーナは自分からセヴェリに抱きついていた。




