第34話 白い死神
さあ、始まりました。この話はかなり難しい構成になっていまして。
クライマックスでは、自分の日常で夢にうなされたほど、残酷です。
・・・ハードルはあげていません。
祈りを捧げるのは容易い事。だがそれを受け止める身になってみると、辛い現実が彼を襲う。そして選ばれた彼は、彼に突き飛ばされ、地に足を踏むことは無くなった。だがそこで終わらなかった。彼は這いつくばってでも彼の裾を掴んででも彼の様子を伺ってみたいと願ったのだ。しかしそれは、彼の残虐な心を呼び起こしてしまったのだ。
木漏れ日が照らす木陰でくつろぐ弊六。平日の昼間は余り神社に立ち寄る人は居らず、退屈でいた。
そこへ神の僕である見た目が兎の神使がやってきた。
「弊六殿。唐突だが神々様の会座が開かれますゆえ。お立会いくださいますようにとの伝達を預かりました。」
「・・・面倒だ。」
「拒否権はありませんので。お伝え致しましたこと、きちんとご理解いただくように。それでは明日の朝方八つ時に御越し下さいまし。」
神使は姿を消した。弊六は何食わぬ顔で再び寝に入った。
夕方になり、小十郎が帰ってくるのを察すると、とりあえず目を覚ました。
「ふあ~」
おかえりという言葉を使わなくても、弊六は自分が小十郎に気が付いていることを欠伸で伝えている。
「ただいま。お客さんは来てないみたいだな。」
「・・・ああ。」
「・・・来たのか?」
少し言葉を選んでいる後に出た返事に、小十郎は誰かやってきたのかと確信した。
弊六の口から経緯を聞いた。
「なるほど。つまり重要な会議があるってことか・・・俺も出ないとダメなのかな?だって俺が神・・・というか。主だし。それに明日は俺も学校休みだし。」
「主は来るな。」
素っ気ない態度で弊六は会話を終了させた。
朝方8時頃。弊六は法堂の裏にある小さな祠に来ると、地面と平行になるように胸の位置に左手を持ってきて唱えた。
「啓け。汝の路を示せ。」
すると中が空っぽのはずの祠が勝手に開き、風が引き寄せ、弊六は小さな祠の中に吸い込まれていった。
吸い込まれた中は、金色の空間が広がっていた。光が挿す先には空間の出口が。
空間を出てそこに足を付ける。
「うわっ!」
自分の他に尻を叩きつける音が後ろから聞こえた。ふと、足元をのぞいてみると袴姿の小十郎が苦痛を訴える表情をしていた。
「主・・・?」
「なんだここ。なんか・・・酔いそう。」
「・・・ここは云わば、主の住む世界とは対照的な場所。寺院が湖に浮かび、対等的な物体が映りこんでいる様。その湖に浮かんだ物体がこの場所だ。」
「じゃあここは俺たちが住む世界の裏世界ってことか。」
「そういうことだ。だから慣れない者は必ずと言っていいほど酔うのだ。」
小十郎はなぜ弊六が来るなと忠告してきたのか分かった。
しかし、まだ小十郎は本当の趣旨を理解していなかった。弊六は何も言わずに歩き出した。
橋を渡り、坂を上ると天守閣が見えた。広々とした境内に小十郎は身体に緊張が走った。弊六は毅然とした態度で天守閣に近付いていく。
天守閣の広間と言える大きな部屋には、たくさんの人たちが集っていた。小十郎は空気を読んで弊六に耳打ちで尋ねた。
「ここにいる人たちって・・・」
「人ではない。皆、神達だ。」
弊六は広間の中に入らず、入り口の襖に寄りかかった。
「入らなくていいのか?」
「目障りだ。」
一匹狼の性格だった弊六。あまり自分以外と関わることがなかったからか、この時初めて生活する上でのポジションを小十郎は発見できた。
とにかくこの世界で弊六とはぐれるわけにはいかず、おとなしくその場に腰を下ろそうとすると、後ろから飛び付かれた。
「やっほー!ここにいたんだ。遅刻するとこだった。」
「えっ何。弊六の知り合い?」
飛び付いてきたのは、身長が145センチくらいの小ささで、緑色のポンチョを着た少女だった。
「知らん。」
「へいろく・・・??ああ!もしかして君が噂の付喪神!会ってみたかったよ!うぎゃああっ!」
「ホミ。声を抑えろ。」
「大国!元気だった?前回の会座以来だね~」
突然現れた男は顔は狼のような顔つきで引き締まった体格をしている。そこから伸びた大きな掌で少女の首を軽々と摘み上げ、注意を呼び掛けた。
「お初にお目にかかるな。我は八千矛と申す。こやつだけは大国と呼んでいるが、好きに呼んでくれ。そしてこやつは・・・」
「正勝吾勝勝速日天忍穂耳命。ホミって呼んでね!」
「自己紹介はどうでもいい。会座が始まるぞ。」
静まり返った広間。
「さて。まずはそれぞれの近況を報告してくれ。」
「はいは~~い!」
「アメノオシホミミ。」
「はい!ぼくの方は雨が降らなくて、おまけに水道が故障して水田が殻っからになったときがあって。今は地方での生産に力を尽くしているよ!ぼくがいる限り、枯れる心配はないし、稲穂昇りしつつあります!!」
元気いっぱいに発するホミ。しかし、他の神達は無表情のまま次の話題を欲しがった。
「我の国は、今政府が抗議を続けている。なんせ、前大統領が国の税金を私用に使ったため、人々の信頼を失いつつある今、誰がなっても同じ失敗を繰り返せざるを得ないという結論が板についてしまっているのだ。我にはどうすることもできない。人々の決断が今後の未来を位置づけると言えよう」
会話の中で思ったこと。ホミは稲作の話題を出していることから“稲穂の神”であり、八千矛は“国譲りの神”として、平和の象徴を見守る役割を果たす人物だということが理解できた。
その他にも様々な近況を述べる中で、小十郎は神の守護神たちの役割を把握することが出来たのだった。
「最後に。弊六。」
指名されると同時に、どこからともなく分厚い資料が一冊だけ置かれた。
「過去10年分の近況内容が綴られている。あいにく来る暇がなかったので文章での報告でご勘弁を。」
「ふざけるな!!長年欠席し続きおって。それをたった文字だけで伝えるなど恥さらしだとは思わんのか!!」
「面目ない。」
頭を浅く下げる弊六。一人の神が怒りをあらわにしたとき、一番貫禄を浴びた神が間に入った。
「よせ。弊六。お主の事情は少なからず分かっている。だが、恐れて今まで出席してこなかったことは御法度だぞ。次回からも会座には出るように。」
忠告された後、会座では恒例となっている食事会が行われた。こうして交流を深めることで争いがおこることなく現世界は暮らせて行けるのだ。
小十郎はありがたみを感じながら、今のこの場を楽しもうと思った。
「弊六!気にしないで大丈夫だよ!!ぼくでもあの場所は息苦しいもんね。」
全くそうは見えなかったと、小十郎は疑いの目でホミを見た。
「あ!なんだよその目~さてはそう思ってないって思ってるでしょ。」
「まあね。そんな感じじゃなかったし。」
「神はどんなときでも平常心でいないとなんだ。じゃないと軌道が崩れちゃうから。」
「軌道って?」
「ええっ?!知らないの?同じ神なのに??あ!さては忘れん坊の神なんだな~仕方ないからおさらいしてあげるよ!軌道っていうのは付喪神ならではの弱点さ。感情をあらわにしすぎると、保っている力が乱れて変化が及ぶんだ。だからある程度自分の感情を抑えられないと長年保っているものが崩れてしまうって訳。」
言い換えればポーカーフェイスをするのは常識だということ。小十郎はその事実を知って感情を表に出さない弊六も、やはり立派な神なのだと見直した。
「ちなみにぼくはこれが平常心だよ!女の子が目の前に現れたって、動じないさ。」
「えっ?ホミって“男”だったの?」
見た目があまりに小柄で、声も高めだったことから女だと思っていたが、実は根っからの男だったことに小十郎は頭がこんがらがった。
「そうだよ!!・・・ん?じゃあひょっとして。弊六もそんな目で見てたりして~~」
弊六は相変わらず愛想のない態度で誤魔化していたが、内心ホミのことを女だと思っていた。
「そろそろ教えてよ~君。なんていう神なの?」
初めて見る小十郎の事を、ホミは興味津々に顔を覗き込んできた。
「神ではない。主の下僕だ。」
「うんうん・・・って俺が下僕??」
弊六が真面目な表情で冗談を言うものだから、何も知らないホミたちは冗談を真に受けた。ますます小十郎に興味を抱いたホミは、話を聞こうとぐいぐい迫ってきた。
自分の主に気を取られているうちに、一人になれる場所を散策しに歩いていると、妙な気配がした。懐かしい気配。この気配を弊六は覚えている━━━━━
「やあ。弊六。」
人混みの中から、周りの声を遠ざけて、ふと聞こえてきた声。ゾクッと寒気がした。居るはずがないと心に言い聞かせた。
「元気そうで。」
声がさっきよりも近づく。いつの間にか目の前にいる神々が、声の主に道を作ってくれたかのように自然と道が作られた。
白い軍服。腰にはポーチとアナログ懐中時計が身に付けられていた。そして左目には黒い眼帯。
「俺の事、覚えてるよね?」
「・・・っ」
「言葉も出ない?俺も驚いた。まさかこんなところで会えるなんて。本当だったらあの時からすぐにでも会えたはずなのに、君が顔を出してくれないから・・・ずっと待ってたんだから。弊六。」
「やめろ!!!主の名を呼ぶな!!」
「おおー!いいねえ!君がそんな態度をとるなんて。そんな顔をするなんて。俺初めてだよ。君が大事に保っているポーカーフェイスを崩れるところが見れて。」
相手の目は細くて、瞼が見開いているのか曖昧なくらいだが、一瞬だけ瞳が見えた。その表情は弊六には不気味でならなかった。
「おーい。弊六。どこだー」
小十郎が探している。この時まで、まるで時間が止まっていたかのように、相手の事しか見えていなかったが、改めて周りに神々が食事会を満喫している場所に立っていることを自覚した。しかし、相手はあえて話を持ち掛けた。
「君を呼んでるみたいだけど。もしかして新しい主かい?」
答えを述べる前に小十郎が弊六を見つけて駆け寄ってきた。
「こんなとこにいたのか。あれ。このひ・・・」
「貴様には関係ない!」
“貴様”━━━━━それは小十郎に向けた表し方。
「・・・君がそんな態度。そうか。あれから君は変わったんだな。なんだ。つまらないな。もしかして、そいつのせい?」
「そやつは下僕だ・・・」
「へえ~~~君が部下を持ったとでもいうんだ。本当に変わったね。一匹狼で、関わりを持ちたがらなかったはずの君が。その人間を、自分の手元に置いておくなんてね!!・・・下僕とやら。君も大変な相手を選んだね。知ってると思うけどこいつは人を殺める怪物なんだよ。下僕が思っているほどこいつからは学ぶところなんてないさ。そうだ。俺の下僕にでもなる?その方が君のためになると思うんだけど。」
誘導されているように聞こえたが、小十郎はそんな言葉には騙されなかった。
「さっきから黙って聞いていれば。俺の事を“下僕呼ばわり”してさ。俺は、こいつの“主”だ!」
こらえていた想いをやっとぶつけた小十郎。
二人はハッとした表情をしていた。
「・・・余計なことを。」
「ハハハッ。主だって?ますますくだらない。」
軍服の男は人混みの奥に消えていった。道を作っていた人混みは再び神々で賑わっていた。
現世界に戻ってきた二人。小十郎は再び空間に酔い、布団に寝込んでしまった。
「だから来るなと言ったんだ。」
最初はこの酔いがあるから。ただそれだけだと思っていた。だけど、それだけじゃないと分かった。
「・・・なんで、あの時俺を引き返さなかったんだ?そういうなら、意地でも止めればよかったじゃないか。俺の指示じゃないんだから。」
裏世界に付いていってしまった。しかし、あの時少しの時間を使って、一旦戻り小十郎を置いてから会座に向かっても十分な時間はあった。
それなのに、無理を承知で弊六は会座への出席を許したのだ。
「こう見えて、俺は怒ってるんだ。お前が俺の事を、あんなふうに呼ぶなんてな。」
軍服の男の前で、弊六が取り乱しており、その流れでいつも“主”と呼んでくれているのに、あの時は初めて違う言葉で呼ばれた事。そのことに、小十郎は気にかけていた。
「・・・あの場所は、すぐに引き返すことなんてできぬのだ。最低でも一時間は居ないと。」
弊六はその場を後にした。でも小十郎に言ったことは真っ赤な嘘だ。
「(主が恐れていたと言えば、あの場面で、主は・・・)」
弊六たちがいなくなった後。裏世界では、八千矛が夜の見回りをしていた。
誰もいないはずの茂みの中、微かに葉を踏む音が耳に聞こえた。
「誰だ。」
気のせいではなかった。顔を出したのは白い軍服の男だった。
「ごめんよ~驚かすつもりはなかったんだけど。」
「夜遊びは止めろ。見回りには目障りだ。」
「ねえ。聞きたいことがあるんだ。弊六は今、どこにいるか知ってるよね。君は主催者側ではないけれど国の守護神として、全ての神の居場所は把握しているはずだよね。教えてくれる?俺は、あいつに会いたいんだ。」
「ふざけるな!」
八千矛は、自分と同じくらいの大きさの矛を相手の足元に突き刺した。軍服の男は身軽に交わした。
「どの口が言っているのだ。あやつをどん底に陥れたのは誰だと思っている。我は国のあらゆる歴史を見てきた。その中でも貴様の犯した過ちは、あまりに残虐。居場所など知る由もないだろう。」
「・・・だからだよ。だから、謝りたいんじゃないか。今更だって思うけどさ、俺も心変わりしたわけだよ。頼む教えてくれよ。」
眉を下げ深く反省している姿勢を信じて、八千矛は弊六の居場所を教えた。
「健闘を祈る。白い死神よ。」
軍服の男は、左手を広げてて手を振る。しかしその顔には密かに秘めた計画を実行させるという殺意で溢れていた。




