第3話 ぬらりひょんの日常
今日は月曜日。
月曜日は嫌いだ。だって、前の日は休みなのに、終わったあとが真面目に勉強するだなんて俺は嫌だ。だから、こうして、今眠っているんだ。
「が~~~~~ご~~~~」
もう一度言うけど、今日は月曜日。
「若様~~若様~~」
「起きてください~若~~」
不気味な声で俺を起こそうとしているのは、俺の家に住む妖怪たちだ。
「・・・・・・ああ~~うるせーーーーーー!!!!!!」
寝起きにもかかわらず、ぐずる声は大きいため、妖怪たちも頭にキーンとくる。
それが毎週月曜日に起きる俺の習慣だ。
「・・・寝る。」
ぐずったあとは二度寝する。これも習慣。
「だめだ~全然起きない。」
「やっぱり“あのお方”が来ないと。」
妖怪たちが話をしていると、瞬熄の母が心配そうにやってきた。
「起きないの?」
「奥様・・・見ての通りでございます。」
「大丈夫よ。そろそろ来る頃だから。」
ピンポーン
「来たわ。は~い。」
妖怪たちは急いで身を隠し、瞬熄の母は玄関に向かった。
「おはよう。いつも悪いわね。冬華ちゃん。」
「いいえ。これも、生徒を休ませまいという学校の規則の内ですから。お邪魔します。」
腰まで延びた長い髪。スカート丈は膝と同じくらいの長さ。背筋を伸ばして彼女は俺の部屋に入ってくる。
大きな家の廊下は、よく響く。だから微かな足音でも人が歩いてるということが分かる。
「瞬熄起きて。遅刻するわよ?」
その声に、そっと手を伸ばす。
「おはよう・・・冬華。」
伸ばした手は自然と彼女の頬についた。
「瞬熄・・・いいから起きなさい!」
「うわっ!」
布団をひっくり返されてしまい、無理やり起こされた。
そのまま支度を済ませ、彼女と一緒に登校した。
道中、数斗さんと会った。
「おはようございます。数斗さん。」
「ああ。おはよう。ん?あんたこの前の。」
「あ、先日の。」
そういえば、二人は顔合わせしたんだよな。
「数斗さん。この人は冬華。俺の彼女です。」
「えっ・・・」
「もう、今話すことないでしょ。早く行くわよ。」
「じゃっじゃあね、数斗さん!」
「おう・・・気をつけてな~」
見送ると、数斗は思い出した。
「そういや、前におばさんが言ってたな。あいつに彼女がいるって。でも、あんな硬派な女が相手なんて、予想外だ。」
数斗さんが思うように、俺は今まで可愛げがある子や、弾けた子と付き合ってきたんだけど、今は真逆の相手と付き合っている。
自分でも思うんだ。
どうして好きになったんだろうって。
冬華との出会いは、高校に入って2日目の事だ。
気が付けばホームルームの時間に、誰かが呼びかけた。
「誰か、生徒会に入らないか?」
普通の生徒ならこういうときは知らん顔をして、誰も手なんか挙げない。だけど、彼女はその考え方を覆したんだ。
「はい。」
その一言だけで、すぐに女が手を挙げたんだとわかった。なんですぐわかんなかったのかって、その時まで俺は眠っていたからだ。
結局、俺自身は余った委員会に所属することになり、図書委員になった。とはいっても委員会の仕事は人数が多いせいで2週間に1度しか、俺の当番じゃない。だからほとんどは部活であるバスケをしていた。
あれからは親しい友人もでき、女友達まで作ることができた。
「瞬熄!おはよう!」
「よう、まり。今日は遅刻しなかったのな。」
「毎日ってわけじゃないでしょうが!大体、遅れてくるのはいつも瞬熄かひかりじゃない。」
「まあまあ二人とも。朝から元気なのはいいけどさ、静かにしてた方がいいかもよ。」
そう言われて周りを見てみると、いつの間にはそこには生徒会委員がいた。そう、あの時手を挙げた彼女だ。
「屋城まりのさん。貴方、そのブラウスは何?」
「えっ?その・・・これは中学の時来てたやつで・・・」
「高校には高校指定のブラウスがあるはずよ。それ以外は校則に記述されていません。速やかに指定のものに着替えるか、脱いでください。」
厳しい言葉に、まりのは何も言えなかったのか、ただ黙っているだけだった。
「ちょっと待てよ。そんな言い方はねえだろ。少しぐらいルールに逆らったっていいじゃねえか。ルールは破るためにあるんだから・・・」
「その考えは甘いです。規則を破れば、進路に大きく響くのよ。それに、奴良瞬熄、貴方にはいつも言っているはずですよ。学生服の下にパーカーを着ないようにと。」
「まだ春になりたてなんだぞ。寒いに決まってるだろ!」
「確かに外は寒いわ。コートを着て登校することは許されています。だけど校舎の中は暖房が付いているので、必要ないはずです。」
「それでも寒いもんは寒いんだよ!!」
「おっはよ~~ギリギリセーーー・・・フ・・・」
急いで教室に入ってきたひかり。だが、教室の中は修羅場となっていた。
彼女が生徒会になってからは、教室の中での口争いが絶えなかった。それほど俺は苦手な人物であり、一番嫌いな相手だった。
でも、ひとつ忘れていたのは、こんなにも相手は俺の名前で怒鳴りつけてくるのに、俺は相手の名前を知らなかったんだ。
ある日、俺は放課後の部活中に、弁当箱を教室に忘れたことに気付いたんだ。
「わりい。弁当忘れたから取ってくる。」
「え?瞬熄、弁当なら昼に食べただろ?」
「ちげーよ。取りに行くのは間食用だ。」
そう言って取りに行った。
教室の前に来た時、俺は窓側の席に座る人影をみた。その人は、夕日が経つ場所で腰まで延びた長い髪を靡かせながら、とても優しい眼差しで、椅子に腰かけて机の上にある本を熟読していた。
俺は足を一歩前に踏み出すと、相手は俺に気付いた。その瞬間、俺はとっさに言葉が浮かんだ。
「好きです。」
と浮かんだ言葉が声に出た。
相手は逆光でどんな顔をしているのかわからなかったけど、俺自身は無性に恥ずかしかった。
「いやっ・・・その・・・っ!」
俺はガザガサと今と変わらない場所にある自分の机から弁当を取り走って教室から逃げ去った。
「(ばかだばかだばかだ!!俺は何言ってんだよ!!第一、告っても、相手が男か女か分かんなかいままだし!!)あっ。」
俺は一つだけ確かな事を思い出した。
「髪が・・・綺麗だった。」
それで女子に告白したんだって確信した。でもまだ入学して間もないから、クラスの女子の顔なんて覚えてない。一体誰に告白したのかわからなかった。
翌日、俺は気まずいながらも教室のドアを開けた。
「おはよう。」
「おう。」
友達に挨拶を交わされても、俺は軽く流した。なぜなら、この時俺の顔見て驚いた女子が昨日、俺が告った相手になる。相手も動揺を隠せないはずだと思っていた。けど、誰も俺を見て動揺なんかしてなかった。
昨日の相手の姿が思い出される━━━━━君は誰なんだ?
机の中の筆記用具を探していると、覚えのない一枚の紙が入っているのに気付いた。取り出してみると手紙だった。内容はこうだ。
“奴良瞬熄君へ
昨日の告白、あれはどういう意味でしたのかわかりません。なので無かったことにします。でも、初めて告白されたから・・・ありがとう。 山吹冬華”
俺は真剣に思った。
「“山吹冬華”って・・・誰だ?」
きっと告白された相手なんだろうけど、俺は名前を知らない。
わからないまま、授業が始まるチャイムが鳴った。
「じゃあ、この問題を・・・山吹。解いてみろ。」
「はい。」
黒板で字を書く女子生徒を見てみると、そこには生徒会委員が立っていたんだ。
目を疑った。
「(えっ??今先生、“山吹”って呼んだか?あいつのこと・・・え?どういうことだ??)なっなななあ、小十郎、あいつ・・・誰なんだ?」
席が目の前の小十郎に尋ねた。
「おい冗談だろ。瞬熄。あの人は俺たちの生徒会役員、山吹冬華じゃないか。」
「まっ・・・マジか??」
「さては寝てたな。瞬熄。」
「おっおお・・・(ふざけんなよ。あいつとは犬猿の仲っていうのに。付き合うなんてごめんだぜ。)」
「さすがだな、正解だ。」
先生に回答を褒められても照れる様子はなく、まるで当たり前と思っているほどの態度をとっている彼女。
「(あんなに綺麗なのに、頭もいいなんて。俺には程遠い存在だな・・・)」
授業中、そればっかり考えてた。
やっと放課後になって、誰もいなくなった教室。俺は授業中に書いた手紙を、彼女の机の中に入れようと思ったら、教室には彼女がいた。
彼女も俺に気づいた。
「返事はちゃんと返したわ。でももしかして、教室にいたのがわたしだって気付かずに告白したんでしょ?」
「ぐっ・・・」
「ついでにいうと、返事を返したけど、わたしの名前に覚えがなかったんじゃない?」
「ぐはっ・・・」
タブル図星を突かれた俺の心はかなり痛かった。
「やっぱりね。まだクラスの人の名前も覚えてないから、顔だけで把握してるんじゃないかって思ったの。まあ、あなただけじゃなくてほかの人たちも、きっとそうなんだと思うけどね。」
「・・・生徒会・・・(ちゃんと、見てくれてたんだ。)」
生徒に、学校に必要のないものは没収。規則を守らない生徒には指摘。ただルールを厳守させるための行為にしか思えなかった出来事が、一瞬で彼女なりの接し方なんだと理解した。
それから、俺の気持ちも。
「俺、お前が・・・いや。“冬華”が好きだ。」
「え?」
「めっっっちゃくちゃ、大好きだ!」
「あいつは、硬派な感じはしてますけど、彼女なりのコミュニケーションをしてるんです。ただ、不器用なだけで。」
「へえーーー・・・それで、なんで俺の家に来たんだよ。」
「その・・・冬華は俺をどう思っているのかなって・・・」
「まあ、言ってみれば“妖怪と人間”だ。お前の正体を知ったら、彼女もどう思うか。」
数斗さんの一言に、俺とぬりかべははっとした。
「そうだな。オイラは元々、妖怪にしか見えないし、数斗と出会っても問題ないけど、瞬熄はその女とどう向き合えるかだな。」
「ああ。俺も忘れてたけど、冬華は人間で、俺は妖怪。しかも、4代目を継ぐ者だ。」
「えっ??そんなに強い妖怪だったのか??」
「おいおいぬりかべ、失礼じゃないか?俺は“ぬらりひょん”って妖怪なんだ。親父は代々総大将として妖怪たちの先頭に立っていたんだ・・・でも。俺はまだまだ未熟だから・・・いつか後を継がなきゃならねんだ。」
「・・・それって、いわゆる玉の輿になるんじゃないか?うらやましいなー彼女も。」
数斗さんは棒読みでそう言った。
「なるほどな!」
ぬりかべは納得した。
「ちょっ・・・のんきに言わないでくださいよ!!!」
一方冬華は、午後6時を過ぎてもまだ学校に残っていた。
「これで終わり。あっ、もうこんな時間。いけない。集中しすぎた。」
学校を後にした帰り道。
冬華は暗い夜道を歩いていた。そこへ、怪しい三人組がやってきた。三人の様子はどこか狂ったような印象が伝わってきた。
関わってはならないと思った冬華は、そのまま素通りをしようとした。ところが、三人組の一人に腕を掴まれてしまった。
「姉ちゃん、無視することねんじゃねえの?」
「離してください!」
「そう遠慮せずに~」
「遊ぼうぜ。」
そのまま路地裏へと連れ込まれてしまった。
「精々楽しませてくれよ?」
冬華へと手を伸ばす男。
「やめて!触らないで!」
「キャハハハハハッその顔たまんねえぜ。」
「泣き顔がかわいいな~~」
「・・・たっ・・・」
「冬華!!」
冬華が恐怖でつぶっていた目をそっとあけてみると、瞬熄が男を殴った。
「大丈夫か、冬華!」
「・・・しゅん・・・そ・・・く。」
「ここは危険だ。っしょ。」
「きゃあっ」
瞬熄は冬華を抱えて、冬華の身を隠せる場所に潜ませた。
「冬華、ここで目を閉じてろ。」
「そんな、瞬熄はどうするの。」
「俺は・・・心配するな。必ずお前を守る。」
冬華は素直に目を瞑ってくれた。
瞬熄は微笑み、少しだけ肩を降ろした。しかしおかしな三人組に視線を向けると、数秒前の優しい表情はなく、真剣な眼差しを男たちに向けた。
「待たせたな。お前らの相手は、俺がしてやるよ。」
「なんだよ・・・てめえ!!!」
男たちは妖怪の姿と化し、本性を現した。
「やっぱりな。妖気を感じたんだ。それも“雑魚”のな。」
「ナマイキナガギガァァァァァァァァ!!!」
妖怪が襲い掛かると、瞬熄は一瞬にして姿を消した。
「ドコニイッタ・・・」
「ニゲダシタカ。」
「誰が逃げるんだよ。」
妖怪たちが声のする方を向くと、そこには白い羽織に包まれた妖怪がいた。
「ナンダキサマ!」
「俺はぬらりひょん。古来より生まれし妖怪となりて、百鬼の頂点に立つ者だ。てめえらが相手しても敵わない相手だってことだ。」
「ヘラヘラシテルオマエナド、アイテデハナイ!!!!」
妖怪は三人係でぬらりひょんに襲いかかってきた。共通するのは鋭い爪。引っ掛かれたら浅い傷では済まされない。ぬらりひょんはそんな相手にはお構いなしに鞘から抜いた剣を振りかざし、相手の一人の腸を切り裂き、一瞬で息の根を止めた。すばやい駿足でそのほかの二人にも剣を向け、体を真っ二つに切り裂いた。それから呼吸し、再び起き上がらないようにぬらりひょんは願いを込めて剣を鞘に納めたのだ。
ぬらりひょんはすぐ瞬熄の姿に戻り、冬華の所に駆け付けた。
「冬華、もう目開けていいぞ。」
言われた通り、冬華は目を瞑っていてくれた。
「瞬熄?大丈夫なの??けがは??」
「平気だよ。さてと帰ろう。近くまで送るよ。また襲われたら心配だし。」
「ありがとう。でも、どうしてわかったの?わたし、助けを呼んでないのに。」
俺は妖気を感じてきたことを隠すように、言い訳をした。
「たまたま遊んでたんだ。ほら。俺問題児だし。イヒヒッ」
いたずらに笑って見せた顔に嘘はない。
俺は誓う。愛する人を、絶対守るって。それが俺の、特別な日常の一つだ。




