第23話 ぐーたらいじゅう
空は豪雨と突風による嵐が巻き起こっていた。物音が消えるほど激しい嵐の中、争いが続いていた。
「うぐっ・・・!」
一人の青年が、2人相手の攻撃を受け、体力が消耗しつつあった。
「おとなしくお縄に着け。」
「・・・誰が捕まるかよ・・・捕まるくらいなら、おめえらを一撃で仕留めてやるよ。」
「往生際が悪いわよ。雷獣ちゃん。」
「まだ減らず口が言えるのか。すぐに楽にしてやる。」
青年は大きな稲妻を放ち、相手の一人は鋭い槍を振りかざした。槍は稲妻を裂いて行き青年の腹部を切り裂いた。
瞬間の音は、嵐で消された。ところが、青年はまだ倒れずにその場で立っていた。しかし足元がふらついていた。隙をついて、もう一人も槍を振りかざし、真正面から攻撃を受け止めた。
「うっくっ・・・」
青年は血を吐いて、体の力が一気に抜け、真っ逆さまに落ちていく。身体は光となって消えた。
落ちていくところを見届けた後、敵はこう言った。
「いいの?あれじゃあまだ・・・」
「放っとけ。奴の身体は動かん。すぐに次の任務にかかるぞ。」
死体を確認して二人は立ち去る。しかし光はまだ輝いていた。手のひらサイズの小さな輝きを放っているその光を、傘を差した少年が小さな手で拾い上げた。
あれから1か月半後。あの日以来、天気が荒れることは無かった。
今日もいつもと変わらない日常があった。
「寒いな~~もう冬だもんな・・・」
数斗は白い息を吐いた。
「ふああ~~なんか眠くなってきたなー」
肩に乗っているぬりかべは、まだ昼間なのに欠伸が出てしまった。
「さっきパン食ったせいだな。さっさと帰るか。」
「おう・・・」
ゆっくりと家に向かう途中、男の子が数斗を呼び止めた。
「いたいた!数斗!!大変だ!」
「大志、どうしたんだ?」
男の子は息を切らしながら答えた。
「妖怪が・・・現れたんだ!」
ただの男の子ではない、妖怪が見える子だった。
案内された場所には、少数の数ではあるが雑魚妖怪が建物を溶かしていた。
「大志、下がってろ。」
数斗は烏天狗となり、妖怪たちに槍を切り付ける。相手は鋭い嘴で烏天狗の身体をつついてくる。一匹の嘴が烏天狗の二の腕に深く刺さった感覚がしたが、それでも槍を上へと持ち上げると、勢いよく下にスライドさせて、大きな台風を巻き起こす。
台風は相手の数だけ分離して、追いかけるように雑魚妖怪たちを渦の中へと誘っていった。
姿を消した雑魚妖怪。事は一時収まった。しかし、烏天狗の身体に酷い激痛が走り、傷口を抑えながら地面に膝をついた。
「大丈夫か??数斗!」
「こんなのかすり傷だ。」
「一応手当は必要だろ!おれの家ここから近いんだ。行こう!!」
「おい・・・!」
大志は数斗の手を掴んで、家まで連れていった。
この男の子、大志は一週間前に出会った。でも数斗と初めて会ったころから変わった子供だった。
「こんちは!お兄さん、“妖怪”だよね?」
数斗は驚いた。数斗たち妖怪の姿は、普通の人間には見えていないのだ。半分小さな子供の妖怪に化けてるのではないかという警戒もあったのだが、毎度会うたびに普通の人間であることがわかったのだ。
大志は、妖怪が見えるという特殊な能力を持っているらしいのだ。
大志の家はアパートの一室で、そこに一人で暮らしている。
「(そういえばこいつの家に来たのは初めてだな。)」
数斗は家に上がり、立ち止まった。
「あれ?両親は仕事か?」
「いいや。両親は住んでないよ。母親はいないし、父親は出ていっちゃって。」
「そうか・・・悪い。」
「数斗が謝ることじゃないだろ。とにかく奥の部屋で待ってて!薬箱持っていくから。」
大志に言われて奥の部屋の戸を開けると、そこにはテレビの前に寝転がってゲームをしているもう一人の住居人がいた。
「・・・ん?」
住居人が数斗に気付いたが、数斗はもう一つ妙なことに気が付いた。住居人は金髪で毛先は撥ねている。チャラい見た目だ。格好は上半身はなにも身に付けてはおらず、下半身はボロボロのズボンを履いており、いかにも貧乏オーラが漂っている。そして一番重要なのは、尻尾が2本生えていることだ。
「お前・・・妖っ」
「ああ~~~しまった。ばれちまったよ・・・」
慌てて戸を開けた大志は頭を抱えた。
「大志、お前妖怪と住んでたのか?」
「ああ・・・でもこれには訳が・・・」
「俺が見えてるってことは、お前も妖怪だな?」
妖怪が寝転がりながら数斗に尋ねた。
「そうだ。」
「なら、さっさと出てけ。」
「待てよ!ディング!話をさせてくれよ!!」
大志の言葉で事は一先ず進まずに済んだ。ところが数斗とディングという男は目を合わせようとはしなかった。
大志は数斗に、話を遡った。
「こいつはディング。雷獣っていう妖怪みたいなんだけど、知ってるか?」
「知ってるぜ。雷と共に現れる妖怪と言われていて、その姿はイタチかネコか。あらゆる動物の姿が混合されて出来た生き物だと言い伝えられていると。」
ぬりかべが雷獣の古記を述べた。
「うん。ディングとは約1か月半前に出会ったんだ。」
「1か月半前。それほど時期は経ってないんだな。」
「その日って丁度、嵐の日だな。」
ぬりかべは思い出した。
「そういうことか。それならおおよその察しがつくな。あの嵐の日にお前はこいつと会ったって訳だ。」
「さすが数斗だ。で、そこでディングがわる・・・」
「坊主!詳しく言わなくてもいいだろ。こんなやつに。」
雷獣と烏天狗は、ピリピリした空気を漂わせていた。
「用を済ませたんなら帰れ。俺はゲームで忙しい。」
帰れと急かす雷獣に二人は言い返すことを溜め込んで静かに帰ることにした。
手当は済んだのだが、数斗の顔色は優れなかった。
「雷獣、一緒にいて大丈夫かな?何仕出かすかわからない相手なのに。」
「問題ないだろう。あいつは俺たちに何か隠してる。だけど、大志には全部話して、大志はそれを受け止めている。これはあいつらの問題だ。俺たちには関係ねえよ・・・」
「数斗??おい!!」
数斗は顔が真っ青になって倒れてしまった。
意識が戻ると見覚えのある建物に寝そべっていた。
「数斗さん?」
まりのが声をかけた。数斗は体を起こした。
「大丈夫ですか?」
「俺は・・・どうしたんだ?」
「数斗さん、身体に毒が回ってて浄化させるのに大変だったんですよ。」
「毒・・・?」
数斗は自分が毒に陥っていることを自覚していなかったのだ。
「きっと、昼間倒した妖怪が“鴆”だったんだ!妖怪の中で唯一毒を扱うやつで、羽に触れたらヤバい奴なんだ。」
「そんな妖怪が。」
まりのが経緯を聴いていると、福美が涙を流して数斗に抱き着いた。
「数斗く~~~~~~ん!!!!!心配したわよ!!毒はもう引いたの??よかったわあもう心配して心配して~~」
「・・・あっあの・・・福美さん?落ち着いてください。」
数斗は無事に毒を浄化させることができた。
数斗が毒に陥っていた間、同じ頃雷獣はテレビゲームをしながら思い詰めていた。
━━━━━「逃げたぞ!!」
「追え!!」
奴らから必死に逃げる。後ろからは追手が来ていた。
「(こんな奴ら、体力さえ備わっていれば一瞬で倒せるのに)」雷獣には妖力が限られていた。
「くそっ・・・逃げるのに低一杯なんて・・・」
雷獣は建物の柱に隠れた。そこで動きを止めていると、喉元に槍の先が光った。
「逃がさんぞ。雷獣よ。」
「くっ・・・!」
残っている素早さで、槍から距離を置くと、追手と反対方向へ走った。
「待て!!」
追いかけてくる敵を欺き、やっと出口を見つけると、まるでブラックホールのようにワープになっていた。雷獣は戸惑ったが、掴まるよりはマシだと思いワープに飛び込んだ。
すると、背後から鋭い岩が刺さった。
「ぐっ!!!」
雷獣の背中に深く刺さったのだ。
ワープを抜けると、そこは数斗たちのいる世界に出た。
「・・・はあ・・・はあ・・・」
「はあ!!!」
「うっ・・・ぐっ・・・」
そして大雨が降る空の中で、雷獣と敵が争いを始めた。
ワープの中からもう一人の敵が出てきたことにも気づかずに。1対2の争いだった。1人を相手にするのも困難だというのに、2人もいては歯が立たない。
負けるという言葉が脳裏をよぎると、真正面から裂かれた感覚と、もう一度正面から切り裂かれた感覚。
雷獣は意識が遠のいて行った。瞳を閉じて感じた。俺は、負けたのだと。
カタン
とゲーム機を置いて、テレビの電源を消す。




