第2話 烏天狗の日常
次の日。朝はごみ出しの日だった。
「ふあ~ねむ。」
目をこすりながらゴミ出しをていると、隣に小さなゴミ袋を置いた人がいた。定期の女の子だった。
「おはようございます。」
「あっああ。おはよう・・・ございます。」
思わず前髪をのばして顔を隠し、敬語で返してしまった。女の子は別に数斗のことは気にしておらず、そのまま歩いて行ってしまった。
女の子の置いていったゴミ袋を見て、数斗は疑問に思った。
「(ゴミの量が少なくないか?いくら週に2回のごみ出しの日があるにせよ、他の家と比べて明らかに少なすぎる。)」
そんな気がしてならなかった。
数斗はぬりかべを連れて、もう一度瞬熄のところへ行った。ぬりかべの事情を説明した。
「へえ~、数斗さんだけにしか見えない妖怪か。でも、俺にも見えてますよ。肩に乗ってるのがぬりかべですよね?」
それを聞いて、数斗はぬりかべに怒りのこぶしを向けた。
「おっおおお落ち着けって!!オイラにもなんで見えるのかわからない!!」
「嘘つけ!」
「たっ多分、数斗が心を許してる奴には見えるんじゃないかって・・・うわわっ!」
数斗がぬりかべを抑えつけようとすると、ぬりかべは咄嗟に瞬熄の顔面で大きな姿に変わってしまった。
「ぬりかべ!!元に戻れ!!!」
数斗は思わず叫んで、ぬりかべは自分が大きくなっていることに気が付いたのだ。
「ああっ悪い・・・瞬熄・・・」
元の大きさに戻ったぬりかべ。しかし、瞬熄は重みに耐えきれず、その場で伸びてしまった。
「瞬熄?おい、瞬熄!・・・だめだ。気を失ってる。」
「まっマジか・・・悪い。」
「こいつ、これから学校だっていうのにな。はあ・・・しゃあない。」
数斗は瞬熄を負ぶって、ゆっくり歩きながら瞬熄を学校まで運ぶことにした。
学校に着くと、数斗はぬりかべにお願いを頼んだ。
「今からゆっくり目に歩くから、その隙にこいつのクラスがわかるものを探してくれねえか?」
「わかった。」
ぬりかべは瞬熄のスポーツバックの中を探した。
「あった。“2年1組”だ。」
「よし。急ぐぞ。」
数斗は教室へ小走りで向かった。
学校の授業は、今の所休み時間中。丁度いい合間に、瞬熄を送ることができた。
ところが数斗の印象は強かった。
教室に入ると、俺に気づいた生徒たちが一斉に俺の方に視線を向けた。
「えっと、瞬熄の席ってどこだ?」
訪ねると、一人の女子生徒が近づいてきた。
「この席の前です。」
数斗の近くにおいてある机よりひとつ前の席が瞬熄の席だと教えてくれた。
かなり知的な性格なんだと、声色を聞いただけで感じた。
俺の苦手なタイプだ。
「じゃあ、俺はこれで。」
「待って。」
立ち去ろうとした数斗を、女子生徒が止めた。
「瞬熄とは、どういう関係があるんですか?」
そういう質問をされるも無理もない。見知らぬ人間が、学校に入って来て“生徒(瞬熄)”を背負ってきているのだから。
「俺はただの知り合いだ。」
数斗は動揺を見せず、どうどうとした口調で言った。
「そうでしたか。何があったのかは知りませんが、わたしからお礼を言わせてください。ありがとうございました。」
「・・・おう。じゃあ俺は・・・」
「ん・・・」
すると、瞬熄が目を覚ました。
「丁度良かった。こいつから話を聞いてくれ。俺は失礼する。」
そういうと、丁度いいタイミングで休み時間終了のチャイムが鳴った。急いで教室から出ると、教室に入ろうとしていた生徒とぶつかってしまった。
「いって・・・」
「あいたた・・・ごめんごめっ・・・」
お互い顔を見て驚いた。
「この前の、定期の・・・」
「あの時の“チビ”・・・」
俺が呟いた途端、女子生徒は俺に言った。
「“チビ”って呼ばないでください!!」
ただ見た目で学生だということが分かったため、名前が分からない代わりに呼んでいた“チビ”という一言。相手がなぜそんなことを気にするのか数斗には理解できた。
俺が180センチと大きいためか、相手が小さく見える時もあるが、相手はきっと150センチぐらいなのだろう。それがきっと、女子生徒のコンプレックスだ。
その気持ちは、数斗にもよくわかった。
「ぶつかって悪い。じゃあな。」
誰かに見つかる前に、数斗は学校を出ていった。
その時の教室の中では、こんな話をしていた。
「ねえ、ひかり、あの男と知り合いなの?」
「うん。前にお世話になったんだけど・・・」
「それにしては、ひかりのことを“チビ”呼ばわりするなんて。サイテーな男子。」
微かに数斗は、殺意をされている気がしていた。
鳥肌がたつ体を擦りながら、数斗は道に洒落た居酒屋を見つけた。でもその時は、ぬりかべには話しかけなかった。
「そういえば、やっぱりオイラのことは見えてなかったな。」
「あ、そうだな。お前の予想、当たってたんだな。」
6時過ぎ。俺は自分の晩御飯を食べていた。それでふと思った。
「ぬりかべ、お前はなんで何も食えないんだ?犬なのに。」
「犬じゃない!!だから何も食べなくても生きていける。それに、食べれないんだ。」
ぬりかべは犬のような見た目だが、正確には壁。物を食べることができないわけだ。
「そっか。」
思えばこいつは、泥だらけの姿で何も食うことなく彷徨ってたのかもしれない。
一人ぼっちで。
大家族の中で育った俺には、一人でいることなんて考えたことなかった。それが今の俺と同じで一人ぼっちになって、その 2 人が今共に暮らしているなんて。俺にとっては邪魔な存在だけど、ぬりかべは幸せなところになっているのかもしれない。
すると、瞬熄から電話がかかってきた。
「もしもし?数斗さん、朝はありがとうございました。それとぬりかべのことですけど、すいませんが、母さんに言ったけど、だめだそうです。なので、数斗さんの家で育ててください。」
「ちょっ・・・待てよ瞬熄!・・・」
電話は切れてしまった。すでに夢の中のぬりかべの寝顔を見て、軽くため息をついた。
反対に、瞬熄は電話の奥にいた母親に尋ねられた。
「数斗くん、いいって?」
「ああ。ちょっと嫌そうだったけど。」
本当は強引に押し付けただけなのだか、母親と瞬熄は、数斗がぬりかべと同じところにいられるように仕向けたのだ。
「いいのよ。数斗くんにだって、一緒にいて、和むお友達がやっと作れたんだもの。わたしたちには、たくさんの妖怪たちが住んでくれてるけれど、数斗くんにはいないからね。きっとこれから、いいルームシェアができるんじゃないかしら。」
「その通りだ。俺も、簡単にオーケーなんて出すつもりはなかったし。」
あえてぬりかべを預けようとしなかった瞬熄の気持ちを知らずに、数斗は昼間目に入った居酒屋へ入ろうと夜道を歩いていた。
店の名前は「わらし」。どこにでもある居酒屋だ。
営業時間内ギリギリに訪れたため、お客は一人もいなかった。
「いらっしゃい。おや、初めて見るお客さんだね~」
女将は黒髪団子の色白な肌をしていて、着物を着こなした人だった。
「今日、このお店を見掛けたんで来てみたんです。注文いいですか?」
「どうぞ。」
「焼酎ください。」
女将は焼酎を注いでくれた。それを俺はゆっくりと口に含んだ。
「でもいいの?学生が居酒屋に来て。」
その言葉に、勢いよく器を置いた。
「俺は、こう見えて32です。立派な大人なんで。」
なぜ、女の子のコンプレックスを持つ気持ちが分かるのかと言うと、俺も“童顔”という同じコンプレックスを抱えているからだ。
このツッコミは、初対面の人には必ず言う。