第17話 弊六と弊六
烏天狗と出会った日から、まだ1日しか経っていない頃。
座敷童子は、夢の中で出てきた虎時に妖怪が言った場所に来た。そこは小十郎の神社でもあった。
しかし、呼び出した妖怪は現れない。
「・・・やっぱりただの夢だったんだ。信じたわたしがバカだった。」
座敷童子が帰ろうとした時、不思議な感覚がして神社の方をもう一度振り向いた。何かに誘われるかのように今まで入りたいと思わなかった神社の裏に足を踏み入れた。そこには古い小さな神仏があった。
表の蔵よりもかなり小さな大きさのため、大きな蔵の後ろに造られた神仏と高さが対等になるようにしゃがみ込んだ。
「こんなところにあるなんて、誰も見つけてくれないよね・・・」
そうつぶやくと、返事が返ってきた。
「ほう〜お主にはその蔵が目に見えるようだな。」
後ろから声がしたので振り向くと、誰もいなかった。
「どこを見てる。こっちだ。」
もう一度神仏の方を見てみると、そこには神仏に肩を回している袴姿の青年がいた。顔は帽子と髪の毛で隠れているため口元しか見えていないものの、雰囲気がどこか小十郎と似ていた。
「えっ、どこから?」
「ずっと目の前にいた。それよりもお主、ここにきたということは、主の言葉に耳を傾けたということだな。」
この青年、妖怪の姿をしたまりのを何の疑いもなく話を続ける。
「ならば、これから主の修行に付き合ってもらうぞ。」
「どういうこと?そんな突然・・・」
「言っただろう。お主の絵馬の願いを叶えると。しかし、ここだと主が場を許してくれないだろう。移動する。」
人気の少ない森の中に瞬間移動した。この能力を目の当たりにしたことで彼が人間ではなく夢に出てきた妖怪だと確信した。
「ここなら問題ない。手始めに、お主の強さを知りたい。」
妖怪は、自分の事を“主”と呼び、相手の事を“お主”と呼ぶものだから、座敷童子は少し会話に疲れてきた。
妖怪は太い薪を用意した。
「これを倒してみろ。」
ただ木を倒せばいいだけのこと。
簡単なことだったため、座敷童子はまりを取り出して、薪にぶつけてみた。でも、薪は倒れなかった。それから3回もまりを強くぶつけてみても倒れなかったし、動くこともなかった。
「なんで?!」
「はあーとんだ思い違いだ。ここまで弱い奴だったとは思わなかった。」
「あのねえ!強くなりたいって言ってる人が、強いわけないでしょ!」
「更に強さを極めようとしているのかと・・・」
勘違いをした妖怪だが、改めて“薪を倒すこと”の意味を教えてくれた。
「これはただの薪ではない。妖気が憑りついている。まあ歯が立たないほどの相手ではない。なんせ“雑魚妖怪”だからな。」
「つまり・・・わたしは、雑魚妖怪ですら歯が立たないほど弱いってこと・・・?」
「単刀直入に言うならそうだ。しかし、主が思うにはお主の武器が、自身に合っていないのではないかとみる。試しにこれを貸してやろう。」
渡してきたのは一枚の紙。
そこには文字が一文字だけ書かれていた。
「と・・・ら・・・?」
「・・・読めないのが当たり前なのだがな。まあ、それだけお主の文字も、汚くて共感して読めたということか。」
座敷童子が読めたのは偶然かもしれない。他人から見れば五重の線で描かれた模様のような張り巡らされた文字が書いてあった。そんな中で虎という文字を見つけた座敷童子を感心したのだ。
「一言余計よ!!」
「落ち着け。」
「ん~~~~~~!!!!」
一つ一つイラつく部分が多い相手。座敷童子は完全に向こうのペースに乗せられたのだ。
「その札には“式神”の力が宿っている。聞いたことがあるだろう?」
「うん。」
「己の善悪の感情次第で、呼び出す神もそれに答える。適当な感情では、式神も答えてはくれぬ。お主に使いこなせるか?」
紙を受け取り、強くなりたいという気持ちを集中させた。
「・・・出てきて!式神!!」
式神を振りかざしても、何も出てこなかった。
「なんで・・・強くなりたい気持ちは・・・あるのに・・・」
「どうやら、己の感情だけが彷徨っているようだな。他の助けを必要としていない。お主だけの強さを求めているようでは式神は力を貸さない。」
式神は荒ぶる神として、使うものに力を与える。だが、使うものが力を必要としていないのなら答えることはできない。
座敷童子には人に頼ろうとする気持ちがなく、なんでも一人で背負おうとする志向を感じとったため、力を発揮してくれないのだ。
心のどこかで人間として生きていたい気持ちと妖怪として前向きに捉えられない気持ちとの間で揺れ動く座敷童子には、まだ難しい試練だ。
「そんなお主に、この式神を貸す。こやつは海閥天空。人懐こいゆえ、コツを掴みやすいだろう。」
「・・・かいばつ・・・てんくう?・・・でっ出てきて!式神!」
すると、式神から白い海豚が姿を現した。白い海豚は、座敷童子の目の前にやってくると頬擦りをしてきた。
「かわいい~」
白いイルカも喜んだ様子で、座敷童子の周りをくるくると回っていた。
「霊魂でできているが、感触することができる。お主の猶予は1か月後。その後もう一度ここへ来い。」
「うん!わかった!いろいろありがとう!あ、そういえば名前聞いてなかったね?なんていうの?」
妖怪だとわかっても何故か怖がることなく、指示通りに動くことができた。そんな相手の名前を尋ねると、少し考えてから相手は
「弊六だ。」
素直に名乗った。
あれから一か月が過ぎ、再び弊六の夢を見た。
「約束の日だ。丑の刻で待つ。」
時刻が早まった。それを突っ込む余裕もなく夢から覚めた。
そして再び神社に行くと、弊六が待っていた。
「待ちくたびれた。力を見せてみろ。」
弊六は、あの時出すことが出来なかった式神の紙を用意し、風に乗せられて、座敷童子の手に渡る。
「 (竜攘虎搏・・・主の力を使いこなせたものはいない。力を与えるが霊魂が認める者が現れない。こやつもその中の一人になるか。) 」
「お願い。わたしに力を貸して。出てきて!!!式神!!!」
空に掲げて名を叫ぶと、あの時出てこなかった式神が座敷童子の思いに答えてくれた。霊魂の形はホワイトタイガー。白い虎が姿を現したのだ。
座敷童子が召喚したのは弊六の想定内。ここからが未知の選択が始まることを、座敷童子には伝えず祝福した。
「まあこれでやっと雑魚を倒せる力が身についたということか。その式神が、お主の糧となるだろう。」
「そういうと思ってたけどやっぱり言うんだ・・・まあこれからよろしくね。トラ・・・ん?」
持って来ていた式神が何かを伝えていたため、取り出してみると、白い海豚が飛び出してきた。そして、少し悲しそうに頬擦りをしてきた。
「どうしたの?」
あくまで雑魚妖怪を倒せるまでの貸し出された式神。座敷童子は、自分の成長が白い海豚との別れを意味することを忘れていた。
名残惜しそうな様子を見かねて、弊六が腕を組んだ。
「どうやら気に入ったらしいな。海閥天空。」
「えっ?」
海閥天空とは白い海豚の名だった。自分の感情が言葉で表してくれた弊六に、白い海豚は喜んでいる仕草を座敷童子にぶつけてきたのだ。
「わたしも嬉しいよ。イルと同じ気持ちだったんだって。これからもわたしの力になってくれる?」
白いイルカは元気に回り始めた。
「お主、イルやトラなどと何を言っているんだ?」
「えっ?何ってこの子たちの名前。なるべく短いほうが戦闘には指示しやすいし、それに愛着がわくし。」
竜攘虎搏のトラ。海閥天空のイルはこうして座敷童子の式神として力を分け与えたのだ。
「それで今に至るってわけ。」
「なるほどな。お前を鍛え上げたのは、その“弊六”って妖怪なんだな。」
「うん。でもその弊六は、最後まで素顔を見せてくれなった。帽子を被ったままで。本当にわたしを強くさせるために現れた神様なんだなって。」
約束通り、強さの秘密を教えてくれた座敷童子。しかし、烏天狗は“弊六”の正体が気になってしまった。
「そうそう。あと、あんたのチームに入らないかって話だけど。悔しいけど、あんたの強さは知ってるから。敵同士になるよりも仲間になったほうが得すると思った・・・いいや。回りくどいのはやめる。わたし、あんたについていきたい!一人じゃない。イルとトラがいてくれるし。そして、いつかあんたよりも強くなって、助けなんていらないから。」
「100年早えよ。いざってなった時は、俺が手を貸してやるよ・・・それに、仲間になったのなら、隠し事は少ない方が良いよな。」
そう、烏天狗は最後の手段として数斗に戻ることを覚悟していた。しかし、その必要がなくなりますます正体を明かすのが困難になりそうだったので、この際だから正体を明かすことを決めたのだ。
座敷童子は
「えっ???かっ数斗・・・さん??まさか。烏天狗が、数斗さんだったなんて。」
「隠して悪かったな。でも俺はお前が“まりの”だって気づいてたんだ。」
「えっいつからですか??」
「前にわらしに行ったんだ。そしたら、俺しか見えないはずの妖怪が、福美さんには見えてて。そこで互いに妖怪であることに気づいたんだ。その日から、福美さんには妖怪の話を持ち掛けていくと、福美さんの娘であるお前も、座敷童子の血を引いているってことを知ったってわけだ。それに、もうお前にも見えてるはずだ。俺の相棒を。」
座敷童子は今気が付いたのだ。烏天狗の肩に、小さな妖怪がいたことに。
「えっ??いっいつの間に・・・」
「オイラはぬりかべだ。烏天狗が信頼するやつにしか姿が見えないんだ。よろしくな。」
ぬりかべが嬉しそうにはしていたが、いきなり目の前にいる妖怪に座敷童子は戸惑っていた。
「烏天狗・・・いいえ。数斗さん。状況を詳しく教えてください~~~!!」
のちにまりのは、数斗たちのことをきちんと理解したのだった。
神社の樹の中に、身を潜めている者がいた。
「久しぶりだな。我が主。」
「・・・弊六!??今までどこに行ってたんだよ。姿も見せないで・・・」
「少しの間“ある妖怪”の修行していただけだ。主には、名に気が付かぬよう逢わせないようにしていたのに。」
「修行?ってか妖怪と遭遇したなんて。お前は大丈夫なのか?“神様”のお前が。」
「そんなことはどうだっていい。それよりもお主自身のことを考えたらどうなのだ?もう決心はついたのか?」
「・・・ああ。俺の決心は、ついた。」




