第16話 共に誓う人
瞬熄は昼間からぬらりひょんになって、縁側で剣を直していた。ところが、破片が大きい部分は直せても、粉々になった剣の先はどうしても直すことが困難だった。
「んーどうしたらいいんだ??」
「大丈夫ですか?若様。」
「あ~~これは酷い。」
「無茶をなさるから・・・」
心配で様子を伺いにやってきた僕たちが口々に言い始める。
「なんだよ!!剣は折られたけど、だからって負けたわけじゃねえよ!!」
「そういえば、数斗様たちから、チームを作るとお誘いがあったのだろう?もちろん引き受けたんだよなあ?」
「・・・」
「まさか、断ったのですか!?」
「そんなことしねえよ!!ただ、この剣じゃあ・・・」
戦えない。
昨夜の瞬熄たちは盛り上がっていた。
「この前なんか、俺の僕たちが、騒ぎまくって・・・」
「あははっ!!そりゃあ楽しそうだな!」
「近所迷惑だっつうの。」
「ああ。そういえば、瞬熄にはまだ言ってなかったな。俺たち、チームを作ることになったんだ!」
ヤイバは数斗の肩を組んで自慢げに話した。すると、
「へえ~そうなんですか。仲間が増えるといいですね。」
2人は驚いた。てっきり瞬熄が「俺も」と声を上げると思っていたからだ。
「・・・もちろん、お前もチームの一員になるだろ?」
「えっ。」
瞬熄は数斗の一言で、はっとした。
「(そうだ。ここは俺も仲間になりたいって言うところか・・・)その・・・別に嫌ってわけじゃないんです。でも、今ちょっと忙しくて・・・」
数斗は首をかしげたが、その時の瞬熄の言葉には何も触れなかった。
そんなわけで、数斗たちのチームに入ることを現在保留になっている。また、瞬熄は河童に剣を折られた事で、まともに戦うことができなかった弱い自分を見つけられてしまい、悔しさを引きずっていたのだ。
一方、数斗はヤイバと共に「わらし」に来ていた。飲みに来たわけではなく、目的は仲間探しだった。
「どうも!富月ヤイバといいます!」
強面で挨拶したヤイバ。これも自然体なのだが、一般の人ならこれで怖がる。しかし、福美の表情はいつもと変わらなかった。
「まあ、強面なお客さんと会えるなんて初めてだわ。数斗くんのお友達なら歓迎するわ。ささ、たくさん食べて。」
「うう・・・あざす!!俺、女将のファンになったぜ!!」
「そんな大げさよ~」
短時間で意気投合したヤイバ。さすが福美さんだ。
「ところで福美さん、教えてほしいことがあるんです。」
「なあに?」
「まりののことなんですが・・・」
「・・・まりのって誰だ?」
「わたしの娘よ。まりのも、わたしの妖怪の血を引いているから妖怪になれるの。でも、あの子は自分が妖怪なのが嫌で、夜で歩くことはあまり無いの・・・でも、そんなだったあの子も、今は変わったのよ?夜でも出歩いて、妖怪を退治していってるし。最近は強くなってボロボロになって帰ってくることも少なくなったの。それもこれも、あの子を助けてくれた妖怪のおかげ。」
「ん?妖怪のおかげ?」
「ええ。その時こう言っていたわ。“妖怪が、敵なのか味方なのかわからないけれど、でもいつかは助けた恩返しをして勝つ。だからもっと強くなりたい。”って。ここまで変わるなんて考えてもみなかった。ほんと、まりのを救ってくれた烏天狗に感謝したいわ。」
「「えっ、烏天狗!??」」
数斗とヤイバは驚いて、声がハモってしまった。
「そうよ。烏天狗。だから、数斗くんのおかげってこと。」
「さすが数斗だな。さりげなく助けるなんてな。でもわかったことがある。そのまりのって子、チームに誘おうぜ。絶対その子なら入りたがるだろうよ。なんせ恩人が加わってるんだからな。」
ヤイバは自慢げに述べていたが、福美は否定した。
「でも、やっぱり性格が合わなかったみたいで、相当嫌っているのよ。烏天狗のことが。」
「えええっ???まさか“そっち”??」
「つまり、“助けた恩返し”ってやつが、俺との決戦を意味してるって訳か。恩を仇で返すつもりだな。」
まりのの一言を深く理解した数斗。仲間に入れるのは難しいなと感じた。
「なんだよ~~~福美さんの娘さんなのに怖いこと考えるな~~」
「そうよね。もし、烏天狗が数斗くんだって知ってどう思うかが、わからないわよね。」
様々な心理がわかったが、結論は出なかった。
「福美さん、ごちそうさまでした。」
「えっ、もう行くの?」
「ええ。俺のやり方でやってみます。」
数斗はお金を払って帰って行った。後を追うようにヤイバが立ち上がった。
「ちょっと待てよ!!ああ女将、これお代。数斗!!!」
2人がいなくなった後、お金を片付けていた福美。そして数斗たちのことを考えた。
「数斗くん。まりのをお願い。」
お店を出ると、2人は歩き出した。
「どうする気だ?数斗。まりのって子を、仲間にするのか?」
「ああ。それに、引っかかることがあって。あいつの強さ。初めて合ったとき、雑魚妖怪も倒せなかったあいつが、あれからまだ間もないってのに妖怪を倒せるだけの力をどうやって・・・?」
「数斗さん・・・?」
そこにはまりのがいた。
「なんっ・・・まさか今の話・・・」
「何か話してたんですか?」
運よく聞こえていなかったらしい。
「別に。大したことじゃない。」
そこへ、ぬりかべがやってきた。
「数斗!!助けてくれ!!囲まれた!!」
「どうした?」
すると、黒い影が一つ近づいて来た。
それは足が長い妖怪だった。
「くそっ!こんな時に・・・」
ヤイバが密かに呟いたが、まりのに気づかれないよう、数斗がヤイバに伝えた。
「ヤイバ。ここはまりのに任せてみよう。」
「いいのか?」
「・・・あいつは俺が妖怪なのを知らない。下手に妖怪を見て驚かないのは、不自然にみられる。」
「わかった・・・うあああああ!!!!!!妖怪だ!ぎゃあああああ!!!!!!!」
大げさにヤイバは怖がりの演技をして逃げていった。
「まりの、ここは危険だ。逃げるぞ!」
「いいえ!わたしは大丈夫ですから!数斗さんは早く逃げてください!!」
まりのは強気にそう言った。
「わかった・・・気を付けろ。」
数斗は逃げた。しかし、すぐに路地裏に入り、身を隠してまりのの動きを探る作戦に入った。
「よし、覚悟しなさい!!」
まりのは座敷童子となり、胸元から一枚の紙を手に取った。
剣を修復させるため、鍛冶屋に訪れた瞬熄。
「すいませーん。誰かいますか?」
店内には人の気配がなかった。その時、僅かに声がした。
「なんじゃ?」
「おじさん、この剣直せますか?」
おじさんに剣を見せると、難しい顔をしながら答えた。
「んんーこれはかなり高価なものじゃが、もう治らんよ。」
「はあっ!??」
「これを梳いたってな。素材も同じのが残っとらんから刀の斬り味も異なってしまうんじゃよ。悪いが、他の刀で我慢するんじゃな。」
「そんなあ~~~~~~」
「なら、剣を使うのを止めるか。」
剣を手放す。それは瞬熄には荷が重い話だった。
「冗談はやめろよ。おじさん。俺は剣が無いとダメなんだよ・・・」
おじさんは表情を硬くした。
「小僧、何者だ?」
「あ?」
「人ではないじゃろ?」
「・・・っ!!」
瞬熄は黙りこんだ。
「竜攘虎搏!行け!トラ!」
座敷童子が式神という紙を翳すと、白い虎が姿を表した。
白い虎は足が長い妖怪に噛みついた。
すると、どこからかもう一人の妖怪が現れて、白い虎を足が長い妖怪から引き離した。
今度は手が長い妖怪だった。
「2対1なんて・・・っ・・・」
座敷童子は勢いが止まった。
様子をうかがっていた数斗とぬりかべ。
「あれは手長足長だ。」
「手長足長?」
「ああ。あの2匹はコンビで活動する。一人で相手するんじゃ、手こずるぞ。」
「大丈夫だ。あいつの力、本気を見てからだ。」
数斗がそういうと、座敷童子が新しい式神を繰り出した。
「海闊天空!お願い!イル!」
今度は白い海豚の式神を繰り出した。
白い海豚はまるで水槽の中で踊るような柔らかな動きで手長に攻撃を仕掛け、虎は猛突進で足長に噛みついた。
手長足長は、同時に倒された。それはつまり、座敷童子の力が試された証となったのだ。
「よし!今日も勝ったよ!」
白い海豚は座敷童子に縋り付き喜び合っていたが、白い虎はその二人を黙ってみていた。
そんな最中に、上空から声がかかってきたのだ。
「強くなったじゃんか。お前。」
「・・・っ!・・・烏天狗!!」
座敷童子は羽を大きく羽ばたかせている烏天狗に緊張がたった。
瞬熄は、自分が人ではないと勘づかれた鍛冶屋に、冗談混じりで返した。
「おじさんこそ、何者なんだ?」
「んん?」
「俺を人じゃないと言った。それは、おじさんは人じゃないって言ってるみたいだろ?」
おじさんは大笑いした。
「わしはただの親父じゃよ。じゃがな、人を見る目は鋭いんじゃよ。何しろ、剣は持ち主を選ぶ。その感覚は、鍛冶屋にも伝わるもんみたいじゃからの。お前さんが人じゃないと言ったのは、わしの思い違いかもしれん。でもそこまで剣にこだわる若人は初めてじゃ。特別にこれをやろう。」
おじさんは瞬熄に大きくて長い剣を渡した。
「名は「夜桜」。暗い中でも眩い閃光が走るかのごとく、斬るものに輝きが生じる場合があると言われた妖刀だ。名と正反対のそいつを扱うには、強い意志と命を懸けなければならない。決して、諦めることを許すな。」
鍛冶屋から出ると、瞬熄は呟いた。
「・・・諦めることを許すな。要は諦めるなってことだな。」
妖刀・夜桜を握り締めて、これで晴れてチームに入れると喜びのあまり微笑んだ。
烏天狗と出会った座敷童子は、目の色を変えた。
「ずっと、見てたの?」
「ああ。見てた。」
「ならわたしの成長ぶり。認めてくれた?」
「まあな。」
「それじゃあわたしと、勝負して!」
「・・・前にも言ったろ、お前に俺を倒すことは無理だって。」
「なっ・・・今のわたしは、あの時のわたしじゃない。倒せるかどうかなんて、やってみなきゃわからないじゃない!行け!トラ!」
白い海豚を式神に戻し、白い虎を使って、烏天狗に立ち向かわせる。
烏天狗は向かってくる白い虎の動きを読み、身軽に交わし続けた。
素早く槍を振りかざすと、白い虎はまるで攻撃を読んでいるようにするりと攻撃を交わした。
それから何度も攻撃するチャンスがあっても、白い虎にはかすりもしなかった。
「どういうことだ?」
すると、烏天狗の耳にぬりかべのテレパシーが伝えられた。
「烏天狗。そいつは生き物だが、 あくまでも“紙”だ。いくら早くても、追い風を利用して攻撃を避けてるんだ。」
「なるほど。つまり・・・」
烏天狗は飛ぶことを止めて、地に足を着いた。
「負けを認めたの?一気に決めちゃって!トラ!」
白い虎は烏天狗に噛みつこうとした。しかし、思い切り振りかざさず、槍をゆっくりと横にスライドさせるように切ると、式神が真っ二つに切り裂かれた。
「あっ・・・トラ!!」
座敷童子は、式神を手に持った。
「これが俺との差だ。」
「・・・ハハッ負けちゃった。あなたに勝てないのは初めからわかってた。負けを認めるわ。」
今まで頑張ってきた成果を出し切った結果に、少し気持ちが晴れた座敷童子。負けたことは悔しいが、過去の自分よりも成長できたことに悔いはなかった。
そんな座敷童子の気持ちに、烏天狗は気づいたのだ。
「座敷童子。俺の、チームに入らないか?」
「・・・チーム?」
「お前が変わったように、俺も変わったんだ。一人じゃこれから戦っていくことは難しい。時には誰かの手も借りないと果たせないことだってあるって気が付いたんだ。だからチームを作って、仲間を増やしていきたい。そう思ってるんだ。お前の力を、借りたいと思ってるんだ。」
「・・・わたしが?いいの??」
「もちろんお前がよければの話だけど。今すぐ決めなくたっていいんだ。次に会うときまでに考えておいてくれないか?」
「うん・・・わかったわ。考えとく。」
「じゃあな。あ、そうだ。帰り、気を付けろよ。」
「えっ・・・?」
烏天狗の最後の一言に座敷童子はふと思った。
「(このセリフ、さっきと同じ・・・あっ)まさか・・・数斗さん?」
烏天狗は息をのんだ。
座敷童子が思い出したのは、つい先ほど。数斗が逃げるふりをする際に「気を付けろ。」と言った。そのせいで座敷童子は、声のトーンが数斗と同じであることに気付き、数斗であるかを尋ねたのだ。
「“そうだ”っていったら、お前はついてくるのか?」
「もっもちろんついていく!」
「そうか。そんな甘い決断じゃ認められないな。自分自身が本当にどうしたいのかを解決することだな。」
烏天狗はその場を立ち去った。でも、座敷童子とも少し距離が縮んだと、進歩を噛みしめることができたのだ。
今日の日常で、3人の「誓い」が決められたのだった。




