第13話 入れ替わりと支え
学校にはたくさんの生徒たちが集った。今日はいよいよ始業式だ。
「あーあ。ついに学校始まっちまったよ。もう少し休みがほしい・・・(夏休みは最終的に、ドラキュラたちに取られたようなもんだし。)」
「そうね。近いうちにテストもあるし、また忙しくなるわ。」
「冬華は大丈夫だろ?」
「何言ってるの。わたしだって勉強しないと、点数獲れないものなのよ。」
「そんなわけで、今回も勉強教えてくれよ~~」
「・・・仕方ないわね。」
「あと、小十郎も!・・・ん?小十郎??」
瞬熄と冬華が、隣の席に座っている小十郎の方を見てみると、なんだか浮かない顔をしていた。
一方。数斗の日々にも変化が起きた。
ポストの中に入っている封筒。そこから一枚の紙を取り出して、開いてみる。そこにはずらずらと文字が書かれている。数斗は真剣に一文字一文字を目視した。
真剣な表情にぬりかべとからすなも顔色をうかがった。
「・・・あっ。」
「数斗?」
「どうだったんだ?」
「・・・合格。やったぜ!!はあ。一安心だ。」
「やったな!!」
「これで生活が保たれるな。」
前に受けたバイトの結果が届き、結果は見事合格。
「“明日から毎朝5時に、指定の住所まで新聞配達をお願いします”だって~ん?起きれるのか?数斗。」
「そこまで想定してなかった。まあこの際頑張るしかねえよ。」
「もし無理なら私がパトロールするとき、ついでに起こそうか?」
「助かる。しばらく頼むよ。からすな。」
落ち着いた朝が。これから騒がしくなる。
学校では始業式が終わり、体育館から教室へと場所を移した。
「・・・はあ・・・」
小十郎はため息をついていたので、瞬熄が気になって聞いてみた。
「どうしたんだよ。小十郎。悩み事か?」
「ちがっ・・・」
いきなり教室のドアが開いて、まりのが登校してきた。
「まりの!」
「あっ・・・おっおはよ。」
小十郎は近くまで出迎えた。
「始業式に遅刻なんて・・・大丈夫?」
「うん。」
まりのが見当たらなかったせいで、小十郎は心配していたのだと瞬熄と冬華は納得した。
午前中で終わった放課後。帰り道はまりのと小十郎とで歩いていた。ところがいつも話を始めるまりのがずっと黙ったままだった。おまけに小十郎がネタを作っても一言で終わってしまう。
「ねえまりの。この後時間空いてる?」
「うん・・・」
「じゃあ、なんか食べに行こうよ。」
連れてこられたのはファストフード店。
「えっと、ポテトの M とチキンカツバーガー。飲み物はオレンジファンタで。まりのは?」
「わたしは・・・ハンバーガーとポテトの L 。エビフィレオとチーズチキン、ナゲットのソースはマスタード。飲み物はオレンジファンタで。」
小十郎とレジのお姉さんは驚いた。
席に座ると、テーブルに置かれたおぼんの上にある品を見て小十郎は言った。
「まりの・・・食べれるの?その量。」
「たぶん。」
「・・・何かあったでしょ?まりの、今日はずっと上の空って感じだよ?」
「そのっ・・・実は・・・」
まりのはあることに気付いた。小十郎は人間。妖怪の話を持ち込んだってわかってはもらえない。なるべく“人”に例えて話をしなければならない。
「・・・とても親しかった人が、もう会えなくなっちゃんたんだ。それでわたし受け入れることができなくて。これからどうしたらいいのかっ・・・わからなくなって。」
「そうだったんだ・・・わかるよ。その気持ち。」
「ああ。そっか。こーくんは両親を・・・」
「うん。亡くしてる。まだ幼かったってこともあって両親がいないことがわからなかった。今わかるようになって前向きに捉えることができたよ。だからきっと、まりのも乗り越えられるよ。」
「わたしは!!こーくんみたいに前向きになれないよ!!」
思わずお店の中で、小十郎に怒鳴ってしまった。
シーンと静まり返った店内。まりのは恥ずかしさと怒りで自分が何がしたいのかこんがらがってしまってしまい、顔を伏せた。目の前で座っていた小十郎は立ち上がり、まりのの腕を掴んで店を出た。
「こっこーくん?手が・・・痛いよ・・・。」
やっと手を離してくれたときは、ボールを打つ音が聞こえる建物に連れてこられた。
「ここは、バッティングセンター?」
店内に入り、小十郎は貸し出されたバットを手にした。
「まりの。打ってみて。」
小十郎はまりのにバットを手渡した。
「でも・・・わたし、始めてだよ・・・」
「じゃあ、手本を見せるから。」
コートの中に入りぐっとバットを構えて、マシンから出たボールを素早く打った。ボールは的よりも離れたところに当たった。
「久しぶりだから鈍ったかな。」
再びマシンからボールが出てきてもう一度バットを振るうと、今度は的の中心にボールがヒットした。
「すごい・・・」
まりのは思い切ってコートの中に入ったが、ボールが来ると速すぎて打つことができない。
「早すぎて無理だよ~~」
「ちゃんと教えてあげるから・・・・・・打って!」
小十郎が教えようとしたとき、すぐにボールが飛んできた。すると、小十郎がまりのの背中にくっつき、両手を重ねてバッドを振った。
カコーーン
的はギリギリ当たった。
ボールを打った音が、頭の中で鳴り響いた。
「すごい。ボールを打つ音って、スカッとする!」
「でしょ。」
「もう一回やってもいい?」
何度もバットを振ってみるが、ボールはバットに触れることもなく、打っても距離が遠くに伸びなかった。当たったのは一番最初に小十郎と打った一投だけ。
「まりの。そろそろ終わろうよ。」
「待って!最後!これが最後だから!!」
「それ、さっきも言ってたよ?」
「えっ・・・じゃあ。これがほんとの最後にするから!!」
必死にお願いしてくるまりのに、小十郎はほんとに最後と言いつけて一球を許した。
まりのはこれまで以上に気を引き締めて、マシンに平行になる位置に立ってバットを構えた。
そして、マシンから音がしてボールがまっすぐ飛んでくる。バットを握り締めて、足を前に踏み出し、目の前に来る前にバットを振る打った。
カキーーーン
さっき打ったときよりも耳に轟く。まりのは初めてボールが当たり、当たった場所は的から逸れていたものの、的のある距離までボールが到達していた。
「ん~~なんか嫌なことすっとんじゃったかも!」
「それはよかった。実は、まりのが感じたように、俺もボールを打った時の音が好きで、気分が浮かないときとかここに来るんだ。それに、的に当たった時って当たらなかったモヤモヤをかき消してくれるんだよね。」
「あ・・・その、さっきはごめん。」
「気にしてないよ。でももう吹き飛んだでしょ?」
優しい笑みで小十郎は、まりのを見つめた。
今日のまりのは小十郎のように自信を無くしてしまう場面があり、反対に小十郎はいつものまりののように前向きな姿勢で励ましてくれたという、対になっている二人が入れ替わったみたいに仲直りをして、翌日に備えて早めに帰った。
日々が流れて、ある雨の日。小十郎の神社に傘を差したお客さんがやってきて、そっと絵馬に手を伸ばした。
「誰?」
小十郎が傘を差して、その人の後ろから声を掛けた。お客さんが振り向くと、まりのだった。
「なんだまりのか。こんな雨の日に願い事?」
「うん。急に来てごめん。でも、やっと決まったから。わたしの目標。」
「目標・・・?」
「そう!前からちょっと考えてたんだ。わたしが目指すのは何なのかって。それを見つけたの!だから願いを込めて達成祈願しようと思って!」
いつもの前向きなまりのに戻ったらしく、心の底からやる気がみなぎっていることに小十郎は気がついていた。
「そっか。ちょっと待っててね。」
小屋の中に入り、持ってきたのは絵馬。
「ありがとう。これ、お代ね。」
「いいよ。出さなくて。まりのはこの神社のお得意さんだから。タダでいいよ。」
小十郎の優しい言葉に、まりのはお礼を言った。
筆を持つと、迷うことなく書き始めた。書き終わると、自分を見ていた小十郎に言った。
「こーくん、恥ずかしいから後ろ向いてて!」
「えっ、ああ。そうだね。」
小十郎は少し戸惑った。なんたってまりのが真面目に絵馬を書くなんて、珍しいことなのだ。
黙ってまりのの方を見ないようにしてはいたが、内容がすごく気になった。
「よし。これでオッケー。願いが・・・叶いますように。」
願いを込めている間、小十郎は少しまりのの方を向いて、絵馬の場所を確認した。
「それじゃあこーくん、また明日学校で会おうね!」
まりのはルンルンと帰っていった。
そして、小十郎は絵馬が飾られている方を見ると、笑みをこぼした。
「これなら、場所を確認する必要なんてなかったな。」
絵馬の中に、一つだけ「強くなる」という文字が大きく書かれているものがあった。その端には「屋城まりの」と書かれていた。
夜。人影が現れた。そして、問いかける。
「主が、屋城まりのか?」
「ん・・・」
「チッ、起きろ。」
相手は舌打ちをした。
「うわあっ!なっ何!?」
まりのは目の前に袴を着た謎の人物に驚いた。
「答えろ。お主は今日 ( こんにち ) 絵馬に願いを込めた、“屋城まりの”かと聞いている。」
「はい・・・そうですけど・・・」
「具体的にお主はどう強くなりたいんだ?直球すぎて主にはわからん。」
見知らぬ男に、自分の願い事の内容を教えるのは説明に困るのでまりのは断った。
「嫌よ。願い事は、声に出すのが難しいから言葉にして叶えるもの。勝手に絵馬の内容を見るのは、他人ごとに捕えるから別に構わないけど、理由を尋ねて来る人なんて怪しいもの!絶対に教えない!」
素直に答えないまりのに、男は言った。
「・・・辰の刻に神社で待つ。そこに来たのなら、お主の強さとやらを教えてやらぬ こともない。」
「あっ、待って!」
袖を掴もうと手を伸ばした。
ピピピ・・・ピピピ・・・
目覚まし時計が部屋に鳴り響いた。
「・・・・・・夢??」
まりのはゆっくりと起きて、頭をかいた。
「何だったの?あの男の人・・・」
夢から覚めても、あの言葉だけは忘れていなかった。“虎の刻に神社で待つ”という男の言葉が。




