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第1章 昔馴染みに語る経緯

今まで、腰で感じ続けていた振動が止んだ。

「よぉ、兄ちゃん。着いたぜ。街道の最終地点で、黄泉の国の入り口だ」

「ありがとな、おじさん。無茶言って」

そう言って、軽量な革鎧を身に着けた彼は荷馬車の運転手にお金を入れた袋を渡す。

「いいってことよ。この重さだと金貨何枚だ?わからんが、しばらくは仲間と酒を飲んで暮らせるぐらいはあるな」

「ついでに、奥さんに何か買ってあげなよ」

「余計なことをすると浮気を疑われる」

じゃあな、笑いながら荷馬車は去って行った。

「さて、久しぶりに戻ってきたな」

彼は固まった身体をほぐしながらつぶやいた。


彼、革鎧を身に着けた彼は運転手が仰々しく物騒なことを言っていたこの町にくるのは初めてではない。彼はこの町、アサテナの出身で唯一の勇者、エルダス・アクトン。この国で最も英雄に近いと言われていた勇者だ。


エルダスは町を歩いていた。ほとんど手入れされていない石畳、近所の家は薄いベージュの土壁。

少し歩けば放棄された畑を見ることができた。確か、実家の三軒隣のおばあちゃんの畑だったはずだが。


その後も歩いて実家まで行くが建物なんかの物は何一つ変わってない。しかし、人がいなくなっている。そんな自分の記憶と全く違う現状に悲しくなって道端の小石を蹴り飛ばす。

やはり魔王城が近くにあることが原因なのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「久しぶりだね。ごみ箱」

エルダスは昔馴染みのアサテナに一つしかない鍵屋に来ていた。そして鍵を作ってほしいと頼んだらごみ箱と呼ばれた。エルダスは言い返してやろうとしたがその前に鋭い剣幕で怒鳴られた。

「大体、君は何をやってたんだい?この3年間!きみのことがほとんど新聞に載ってなかったぞ。昔の君はそりゃあ、凄かったさ。なんたって、3年も君は休んでいたのに未だに貢献度で君を越した勇者はいないんだからね」


貢献度は勇者がダンジョンから持ち帰った物品を指定の業者、もしくは地方管理所に持ち込むことで付与されるポイントである。これの蓄積によって、勇者はランクが変動する。

通常であれば、一週間に一度更新されるランキングでは毎週順位が変わり、街の酒場では誰が一位をとるかで賭けが行われていたりする。ただ、彼が一位になってからは首位を陥落したことがないので、酒場では殿堂入りとして別枠となっていることがほとんどだ。


「しかも、それでたまに新聞に載ったと思えば、高年収をもらっている有名人ランキングだしね。あほかと。勇者のお給料は国民の血税だと君は知らなかったのかい?税金のごみ箱。名前だけの置物。」


「そんなことよりよくこの町に残っていたな」


彼はまだ言い足りないようであったが、質問には答えてくれた。

「今でも命知らずな勇者はここに来るからね。鍵屋と薬屋と宿屋、それに各種消耗品を売ってる雑貨屋は一応営業してるよ。というかごみ箱風情のくそ野郎が何しに来たんだい」


「決まってるだろ。復帰するのさ」

「なんで?」


「王から、依頼を受けた」




~~~~~~~~~~~~~~~~~


その日もエルダスは木刀での素振りのために隠れ家の近くの森へと来ていた。時間はもうすぐ朝食を食べる頃合いだろう。

彼はもう勇者としてはあまり活躍していない。もう3年前になる大規模クエストの失敗を引きずり続けていた。

それでも彼は素振りの習慣と身体を鍛える習慣だけは変えることはなかった。

決して再起のためではなかった。ただ単純に習慣を変えることそのものが彼にとって苦痛以外の何物でもなかったのだ。


彼が素振りを初めておよそ30分。

その時、エルダスはかすかに普段とは違う物音を聞いた。

誰かがいる。そう確信した彼はすぐに動いた。何かの用事で町の人が来たのかもしれない。だが、彼からすれば誰に見られても結果に変わりはない。

大規模クエストの失敗から責任を負わされ聖教会から追われている身だ。

例え、一般人であろうと魔法を使って記憶を消すぐらいはしておかなくてはならない。

問題はエルダス自身が痩せ衰えていたため記憶操作という高ランクな魔法が使えるのかという点だった。


彼はもうなにもかも覚えてしまった森を駆ける。

その間、サーチ魔法でありとあらゆるものを識別。円状に半径25m。


その時、サーチ範囲に靴のかかと部分が入りすぐにサーチ範囲の外へ出た。

「見つけた…」

彼の眼は血走っていた。隠れて生活してる身だ。十分に食を摂っていなかった。

そのせいもあって自分が追いかけている「誰か」に追いつけない。


俺の脚がなまっている。そう思った瞬間、苦虫を噛み潰したような嫌な感じをエルダスは感じていた。

頭ではあれだけ隠れて生活しているのだから衰えていても不思議ではないと理解している。

しかし、反復練習で身に着けた視界の動きが遅いことが違和感になり、衰えているという現実がエルダスを苛ただせる。彼を3年間支えていたものはプライドだった。


その時、サーチ範囲に人が完全に現れた。「誰か」はもう動いていない。森の木が生えていない広場のようなところで立っている。


まず、身長は俺より低い。武器は刀。さっきまでの移動速度からして訓練を受けたもの。

スカートを着ていることから女と判断。

頭にカチューシャをつけている。

そして、追いついて、自分の目でそいつを見た。

そこにいたのは刀を持った黒髪ショートのメイドだった。


「なあ、私を追いかけてきたそこのあんた。エルダスかい?勇者の」

メイドは慇懃無礼に話かけてきた。

「だからどうした。ここにいるとバレた以上お前の記憶を消さないと俺は…」

エルダスに余裕はなかった。こいつが聖教会にかけこんでしまえば追手がまたやってくる。いくら彼が個人で強かったといっても聖教会を敵にまわして生き残れる可能性は皆無。ゆえに怯えている。ゆえに女であろうと記憶を消さねばならないといけないという強迫観念は揺らがない。


彼我の距離はエルダスの木刀がぎりぎりで届くかどうかといったところ。

エルダスは木刀での下段足払いを出し抜けに放つ。それをみたメイドは即座に跳躍。木刀をぎりぎりで躱して、距離をさらに詰めてくる。しかし、エルダスも超近距離での戦いを苦にしない。柄をにぎったまま大振りのフックで顎を狙う。入った、が、メイドは首をねじる。できる限るダメージを最小限化する。そのままメイドは右拳を振りかぶっていた。エルダスの大振りのフックに合わせたカウンター。メイドの右拳がエルダスの頬を叩く。

脳が揺れてエルダスは意識を失った。


~~~~~~~~~~~~~~~~

「で、話が全然見えてこないんだけどね?ごみ箱」

エルダスの昔馴染みであり鍵屋である彼、バルド・スーは苛ただし気に話を催促する。

「慌てるな、スー」

「ファミリーネームを呼ぶなと昔から言ってるだろ?いくら非力な僕でもね拳銃を使えば君の頭に穴を二、三個ほど開けるなんて造作もないことなのさ」

「拳銃は今じゃ弾薬費が高いだろ。自分の憂さ晴らしにつかうにゃもったいない」

「そうかな?ここに手作りの弾があるんだ。それをつかえば」

バルドが机の上に置いたのは紛れもなく9mmのホローポイント弾。

使われると当たった個所の肉が弾ける代物だ。

「てめぇ、鍵屋業が暇で技術を悪用したな」

「応用と言ってくれないかな、ごみ」

「おい、ごみになってるぞ。ごみとごみ箱じゃ雲泥の差だ」

「そうかい?」

「あぁ、ごみ箱は皆から必要とされているがごみはそうじゃない」

「…よくもまぁそんなことにすぐ気づくもんだね。エルダス」

「当たり前だ。俺は勇者だ。人の役に立ってなんぼの存在。人の役に立つものはすぐにわかる。それを忘れてぼさっとしているからあんな面倒な依頼を受けざるを得なくなったんだ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~

エルダスは気づくと寝台の上に寝かされていた。それも柔らかい寝台だった。そのことが余計に彼を混乱させた。何故なら、自分を追ってきたあの女は聖教会からの使者、別名絞首台への案内人のはず。なのに、エルダスは柔らかい寝台に寝かされている。エルダスが予想していたのは固い石畳の上に座らされ、手を上に挙げた状態で拘束されている自分の姿だった。


あのメイドは誰の差し金で俺をこんなに良いベッドに寝かせているのだ?


エルダスがゆっくりと、身体を起こすと自分の寝ていた寝台周りは遮光用の布で覆われていた。が、明るいことに気づき天井に目をやると電灯があった。

 まだ、電灯の普及率は高くない。やっと、中流貴族が持つようになったぐらいである。それを追われる身の彼の部屋にまで設置しているということは相当身分が高いことが窺える。


もっとも、彼がいたのはお客用の宿泊部屋だったので、上級貴族以上の身分の間では電灯を設置することはすでに常識となりつつあったのだが。


そのとき、暗幕の向こうからトントンと戸をたたく音がした。彼はすばやく目を周りに走らせ、そこにあった三又のフォークを手にした。

「入るぞ」

短くそう宣言が聞こえ扉は開かれた、音がした。

こつ、こつと靴音がなり、止まる。やってきた誰かの手が布を掴んだ。その瞬間、エルダスは布を自分から一気に剥ぎ取り、フォークで襲い掛かる!!

すると黒を基調にして白のフリルがついた一般的なメイド服を着たその女はものともせず片手で彼が突き出した右手を掴み逸らした。

「なんだ、元気じゃないか。お前さん」

彼女は“にぃぃ”と笑うとそのまま手にしていた物を放り投げ右手の関節を固定。強引に逆側へ曲げる。

 自尊心の高いエルダスは歯を食いしばり声なんて一切上げない。

「ふぅん」

もっと、かな。彼女は小さく呟くと徐々に反対側へ曲げる力を強くしていく。

エルダスの顔が苦悶に歪む。ぎっちりと食いしばっていた顎はくっついたり離れたりを繰り返していた。ほんのわずかな時間ででエルダスの額には汗が吹き出し始めた。


「やめんかい、ユカ。お前、そいつが誰だか知って関節を極めているのか」

その声を聞いた瞬間、彼女、ユカは思いっきり手を離し入ってきた誰かに対し背を伸ばしていた。

「すまないな、ユカが大変失礼なことをした」

そういって、右腕の関節をさすっていたエルダスの前に現れた人物にエルダスは本当に顎があんぐりと開いているのがわかった。

「おいおい、そんなに目を見開いて、口を大きく開けて、驚きを身体全体で表現しないでもいいんだぞ。エルダス?」

「こ、国王様…」

そこにいたのはこの国の王ギフェルト三世だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ふーん、やっと王様の登場か。長いよ。コーヒーが沸いちゃったよ?」

スーはエルダスが復帰を決意したことを段階を追って説明しているときに少しもじっとせずにうろうろしていた。エルダスはそれを見て、昔と変わらないスーの姿を確認した。ずっと、落ち着きのないスー。幼児の時にはその名前と見た目から女の子に間違われることもあった。さすがに今、彼を女と間違える奴はいないだろうが中性的な顔の造りや体格はあまり変わらない。更に嫌味ったらしいこの口調も久しぶりに聞くとやはり懐かしいものだとエルダスは思うのだ。

「じゃあ、色々端折ろうか」


~~~~~~~~~~~~~~~~


ギフェルト三世はついてこいと言い、エルダスとユカを先導している。そして、歩いているうちにここが国の中心であるギフェルト王城であることがエルダスにもわかったのだった。そうすると、エルダスとしてはなんとも耐えがたくなり、王へ口を開いた。

「ギフェルト王。いったい、私とこの女をどこに連れていこうというのですか?」

「ん?なに、たいした場所ではない。お前だって何回も入ったことのある場所だ。緊張することは無い」

「いえ、私は素浪人のような恰好をしたままで、ひげも剃ることなく、服は穴だらけ。こんな有様の私をどこに連れていかれようというのですか」

「大丈夫だ、エルダス。私を信じろ」

「ならば、なぜこの女に私の後ろを監視させているのです」

「なんだぁ?人聞きが悪いな。勇者エルダス。私だって女だぞ?女が男の三歩後ろを歩くのはマナーじゃないか」

「じゃあ、なぜ、刀に手をかけてる」

「手を置いてるだけだよ。疑いすぎだぁ。お前を斬るためじゃない」

「はいはい、そこまでだ二人とも」

王が二人を止める。

「もう目的地だ。きちっとしてくれ。エルダスはできる限りでいいからな」

そこには人の身長の2倍はあろうかという大きな門。横には衛兵が立っている。そして、衛兵が門を開いていく。徐々に太陽の光が薄暗い城の中へ差し込む。

「さぁ、もう逃がさねぇぞ」

王が小さく、呟いた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「端折れよ」

「端折ったよ。ユカとの取っ組み合いの喧嘩だとかな」

これで端折ったのかよとスーは「もう、うんざりだ」と顔を精いっぱいに使って表現していた。その顔の見事さは時代の寵児と言われている俳優のヴィクター・スミスも顔負けだった。

「で、続きは?」

スーが自分の仕事場であるカウンター席に腰かけ、肘をつき、話を促す。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


王の唇が動いているのは、エルダスにはわかっていた。それが自分にとってあまり都合がよくないことも。だが、それより先に自分の役割、つとめ、そういったものを思い起こすことになったのだった。


「すまないな。待たせた」

王はもう、多くを語らない。ここは、王の間。王の戦場。白のクロスがかけられた大机。椅子だってその辺の飲み屋の物とは比べることもおこがましい代物。そこに腰かけるはこの国の大臣3名に陸軍大将。

「王。この会は臨時に開かれたものではありますが、時間は守っていただきたい」

そう口を開いたのは外務大臣であるトスカン・アレグレだ。その顔は薄く頬がこけて、身体はやせていた。昔は丸々と太っていて、まるで、お月様のようだと酒場の労働者から皮肉られていたのに。そんな彼は眉間に皺をよせてじろりとエルダスを見た。

「いやなに、許してくれトスカン。今、我々の頭を悩ませている問題をもっとも手っ取り早く解決する方法を思いついたのでね」


王はエルダスに視線をやり、こう言った。


「彼に行ってもらえば全て解決しないだろうか」


「お待ちください王よ!!彼は、私の見間違いでなければ、私の頭を悩まし続け、私の禿げ頭の原因を作った男のように見えるのですが。いかがですか?」

ここで、トスカンの右隣にいた男が憤怒を目に宿らせ、エルダスに敵意を見せた。


「そのとおりだよ。アルマンド。我らの国庫金を多くふんだくり、ついでに金融大臣である君の髪の毛を間接的に毟った男。同時に我が国最高の勇者であるエルダス・アクトンだ」




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