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その1 プロローグ

 この世界は、一体どこで道を間違えてしまったのだろうか?


 魔王はただ一人、もぬけの殻となった魔王城の謁見の間にある玉座に深く座りながら、そんなことを考えていた。


 人族たちと我々魔族の戦いが始まってすでに三桁もの年月が過ぎていた。


 殺したから恨まれ、殺される。そしてまた怨念を生む。その負の連鎖は、もはや止めようがなかった。


 人族も、魔族も、自分の大切なものを守るために、その仇を打つために戦い、その命を散らして行く。


 そしてその永きに渡る戦いに、魔族は敗北を喫した。


まだ戦える、そう声高に叫ぶ魔族もいないわけでは無い。


 確かにまだ王たる自分は生きているし、国民も7割以上生き残っている。


 しかし、そのほとんどは非戦闘員だ。すでに国軍は壊滅し、魔王を支えていた八人将も全員その命を散らした。


 全ては、人族の希望、【勇者】が現れたからだ。


 人の身に余る魔力をその身に宿し、人族の希望と信仰を一身に背負った、たった一人の人間と、それを支える人族の精鋭たちにより八人将は破られ、戦争に敗北した。


 そして魔王自身も、幾度もの戦いで傷付き、万全の体制で挑んで来るであろう勇者を倒すのは不可能であった。


 それでも、敗国の王としての最後の責務、魔族の国の象徴として、この長きに渡る戦を終わらせるための贄となるためにここでただ独り勇者を待っている。


もし魔王が逃げれば、戦争は止まるべき場所を見失い、泥沼の総力戦へと突入するだろう。


そうなれば、大半が非戦闘員である魔族は絶滅してしまうだろう。


敗北か、絶滅か。


一か、全か。


ここがその分水嶺である限り、王たる彼はここを動かない。


心まで冷え込むような静寂に包まれた謁見の間で、王としての最後の責務を果たす時を待つ。


 謁見の間の静寂を破り、正面の扉がゆっくりと開いた。


目に入ったのは刀剣のような鋭い雰囲気を纏った女性。


 凍てつく冷気をまとった勇者がゆっくりと歩いてくる。


その身には傷ひとつなく、おそらくは人族の精鋭達が魔王の配下を引き受けているのだろうと思われた。


人界でも最高の武具に身を包んだ彼女は、言いようのない威圧感を醸し出していたが、魔王の余裕は全くと言って良いほど崩れなかった。


敗れ、死ぬ運命にあるのは自分であるというのに、魔王の顔には笑みすら浮かんでいる。


「一年ぶりか? 勇者リリア」


不敵な笑みとともに宿敵に話しかける魔王。それに応えるように勇者の顔には怒りが浮かんだ。


 女性でありながら、その細い体で種族の運命を背負っている勇者を魔神との契約印である緋色の八芒星が宿る瞳で睥睨する。


「貴様と……貴様のような悪と交わす言葉などない」


 そう答えた勇者のその双眸には、自分が相対している強大な存在への恐れはなく、だだ怒りと憎しみの光が鋭い眼光として宿っていた。


 最早、魔族と話すことさえできぬほど、憎しみが膨れ上がっているのだろう。


 その憎しみは当然のことだ。魔族は多くの人族を殺して、魔王もまた殺戮を行った。


長い戦争の歴史の中で積み上げられた犠牲は、もはや海を埋めたて山を超えるだろう。


そしてそれと同じだけ憎しみが積もり新たな犠牲を生む。


 親しいものが死んだのだろう。自分の故郷が滅んだのだろう。そんなことをした相手を、どうして憎まずにいられるだろうか?


 たが、そんなことは魔族にとっても、魔王にとっても同じことであった。


 人が悪と断じた魔族もまた家族を、故郷を愛していた。


 何故、教会が悪と断じただけで家族を殺されたことに対する憎しみを感じてはならないのか。


 理性では、この憎しみの、哀しみの、負の連鎖を止めねばならないとわかっていた。たとえ、始まりは人間の理不尽な宣告から始まったこととはいえ、魔族も剣を握ってしまった。


 どちらが悪い、そんな問題ではないのだ。何も産まない憎しみを抑え、乗り越え、手を取り合わねばならないことくらい理解していたのだ。


 だが、理解しているからと言って納得できるはずがなかった。


「そうか、ならば魔王として、貴様を迎え撃とう!」


 その言葉とともに腰の剣を抜いた魔王に呼応するように、勇者の手に魔法によって作られた氷剣が現れ、それを正中線に沿って構えた。


「人族の怒りを思い知れ!」


 最後の戦いが始まった。



 *・*・*・*



 勇者の氷結魔法の氷槍が飛び、魔王の念動力がそれを撃ち落とす。


 大魔法が飛び交い、達人すら目で追うのがやっとであるほどの壮絶な剣戟を繰り広げ、魔王城すらも無残な姿へと変えたその戦いは一生続くかのように思われた。


 だが、この世に永遠などあり得ない。


 気がつけば、魔王の手足からは力が抜け、半壊した壁に寄りかかる形で横たわっていた。


 冷気が体を蝕み、生命の暖かさを刻一刻と奪って行く。


 魔王の喉元には勇者の氷剣が突きつけられていた。


 負けたのか。


 憎しみのままに剣を振るった結果がこれだ


 なんという無様、なんという醜態だろうか


 だが、そんな中でも少しだけ嬉しさがあった。


 やっと、配下たちの元へ逝ける。そう思うと、自然と笑みがこぼれた。


「……何がおかしいのよ」


 戦いに勝利し、気が緩んでいたのだろう。笑っていた魔王の表情を怪訝に思ったのか勇者が魔王に話しかけた。


別に正直に話す必要などどこにもなかったが、その時の勇者の顔は何処か年相応の少女のように思えて、いかに勇者、聖人、神人などと呼ばれていようとやはり目の前にいるこれもまた人であるのだと納得した。


どうせ死ぬのだから、目の前にいる『ヒト』の、若人の質問にくらい答えてやろうという気になった。


「……やっとあいつらのところへと逝けると思っただけだ」


思っていたよりも、ずっと穏やかな声が出た。


 ホッとしていたのだ。もう、憎しみに胸を焦がさずに済むのだから。


復讐を叫び、剣を振る必要などないのだから。


きっと、勇者は魔王が穏やかな顔をしていることが我慢ならなかったんだろう。


もしくは、認めたくなかったのかもしれない。


残虐で冷酷で、悪そのものであると断じていた怨敵<まおう>が、まるで『ヒト』のような表情をしていたのだから。


「……ふざけるな! 貴様ら魔族が、我々と同じように仲間を思うのなら、何故、何故人を殺した! 私の村を滅ぼしたんだ!」


悲痛な叫びだった。


そこにいたのは 勇者ではなく、一人の人族の年若い少女だった。


何故か……。


何故自分は戦っていたのか、魔王は考えるまでもなく答えをだした。


そんなものは決まっている


「殺されたからだよ」


「…………ッ!?」


 短く答えると、勇者は息を飲んだ。


 魔族は冷酷で残忍だと、悪魔のような者たちだと子供の頃から教えられて育ったのだろう。

 そんな人間なら、魔族にも情があるなど、認めたくないはずだ。


「間違えたんだよ。人族も、魔族も」


 その言葉とともに、魔王は勇者の剣を掴み、立ち上がる。


 勇者の後ろに飛び退きながら魔王に取られた剣を消し、自分の手に再び出現させ、息を飲んだ。


目の前にいたのは『王』


その存在を理性を持った『ヒト』であるのと認識した今、勇者は魔王の覇気に飲まれていた。


満身創痍で、どこにそんな力があるかもわからないほどなのに、自分が圧倒的に優位であるはずなのに勇者は僅かながら一歩、気圧されたように下がった。


「憎しみに飲まれ、対話することをやめてしまった。お互いに、その間違った行為を無理やり肯定しようとしていた。

だがもう良いだろう。もう十分だろう。これ以上の犠牲など必要無い。」


もし魔族が総力戦へと踏み切り、総攻撃をかければ最終的には人族が勝つとは言え、甚大な被害をもたらすだろう。


一矢報いることができるとも言うことができるもしれない。


だが、魔王はそんなことは必要無いと言っているのだ。


これ以上の犠牲など望まないと。


魔王が何かを求めるように手を伸ばすと、虚空から剣が現れた。


純白の刀身に豪華絢爛な装飾。


まるで聖騎士の剣だと勇者は、思った。


「知っているか、勇者」


魔王の顔には皮肉げな笑みが浮かんでいた。


「この剣は、教会が魔族を悪と断じ、捕まえた魔族を処刑した時に使われた剣だ」


それは、戦争の発端となった剣。


「だから、俺は戦争の象徴たるこの剣で、終止符を打とう」


剣を逆手に持ち変える。


「この先の『ヒト』の未来に、幸有れ!」


剣が、魔王の喉を貫いた。


「…………ぇ?」


なにが起こったのかわからないとでも行っているかのような、少しだけ技可愛らしく見えた勇者の間抜けな顔を最後に、魔王の意識は闇へと消えた。



*・*・*・*



はるか時空の彼方で、彼を見つめる影があった。


すべてを統べるモノであり混沌の神、魔神。


魔王と契約し、彼に魔族を守るための力を与えた存在。


今は少女の姿をしているが、それに性別などない。この姿も、気まぐれだ。


「魔王クン、契約に従い、君の魂は僕のものだ」


闇の中の玉座にただ一人座り、カラカラと嗤う。


「だけど、気が変わったよ。君の魂はまだまだ輝きを増しそうだ。残念だけど、次の機会にもらうことにするよ」


聞こえるはずがないのに話しかける。


この魔神の気まぐれで、運命はねじ曲がった。


「まぁ、もう一回、頑張ってね」

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