始め
周りを森に囲まれた、民家が10軒ほど立ち並ぶ集落。
人々は悠々自適にのんびり暮らし、家畜達も自由に集落の中を散歩している。
そして今、そんな場所に似合わない女性が1人。
おそらく20代前半、整った顔立ちをした、腰まである艶やかな黒髪が印象的な女性。
目鼻立ちは鋭く、その凛とした面持ちと纏っている白のドレスからは、高貴な雰囲気が感じらる。
身長は170cmほどあり、無駄のないスリムな体型をしている。
そして背中には、自分の背丈ほどある大きな鎌のようなものが背負われていた。
それは日の光に当てられると、薄紅色に輝く。
その鎌がカタカタと揺れると、妖艶な女性の声がする。
「なにやってるのよ、さっさと声かけなさいよ」
「うるさい、アゼリア、邪魔だから黙っててよ」
低めの声で一喝する。
しかし、アゼリアと呼ばれた鎌がすぐに意地悪く言い返す。
「あれれ〜、道に迷ったのは誰だったっけ〜?」
「……うるさい」
冷淡だった彼女の顔がほんのりと赤らむ。
すると偶然にも彼女の前に中年の男性が通り掛かる。
彼に気付いた途端、彼女は表情を最高級の笑顔に一転させ、ゆっくりと近づいていく。
「こんにちは」
彼女の声は、アゼリアと話ていた時よりも高く、女らしい声になっていた。
「……」
話し掛けられた男性は振り返り彼女の姿を見ると、顔を赤くして止まってしまう。
しかし、彼女は表情を変えることなく話を続ける。
「すいません、ここから城下町までの道を教えて欲しいんですが……大丈夫ですか?」
「あ、その、つい見とれちゃって」
顔を赤らめながら謝りつつも、彼女の爪先から全身を舐め回すように見る。
「どうしました?」
「いえ、綺麗だなと……」
目線が鎌の方に向くと、彼はそのまま固まってしまう。
彼の赤らんでいた顔がだんだん青ざめていく。
「あぁ、これはあの……」
固まっている彼に、女性は冷静に弁明しようとする。
しかし、そんな彼女の声は彼に届いていない。 ただ震え、一歩また一歩と彼女から離れていく。
「し、死神……」
彼はそう言うと、悲鳴を上げて逃げ出してしまう。
そしてこの場には、彼女と散歩している家畜達しかいなくなった。
「……ちっ、使えない」
舌打ちをすると、元の冷淡な表情に戻る。
「ていうか、私を見て逃げ出すってどういう事よ!?」
一方のアゼリアは激しく怒り、女性の背中で大きく震えている。
そのせいで背負っている彼女までもが、少しふらついていた。
だが、ふらつきながらも彼女は、何事も無いような冷静な表情で呟く。
「私が話し掛けてあげたのに、アゼリアを見たぐらいで逃げ出すなんて……」
表に出さないものの、本当は相当腹が立っているようだ。
「絶対に殺す」
彼女はボソッとそう言う。
そして、激しく怒り、震えているアゼリアを無理矢理つかみ取った。
つかまれた途端にアゼリアは震える事を止め、大人しくなる。
彼女はアゼリアを軽々と構えると、男性が逃げた方へとユラユラと歩き出す。
その姿はまるで本物の死神のようだった。
そんな完全にキレてしたまっている彼女に、黒い衣を羽織った男の子が無邪気に近づいていく。
その男の子は肩まである長い髪を後ろで結わい、可愛らしい顔をしていた。
「ねぇねぇ、その鎌はお姉ちゃんの?」
何のためらいも無く、彼女の側に寄る。
彼女は男の子を片目で見ると、表情を変えずに口を開く。
「黙れ」
そう言うと彼女はアゼリアを軽く振るう。
風を切る音と共に、男の子が後ろに倒れる。
倒れた男の子の体には、肩から腰にかけて大きな傷口がつけられていた。
その傷口からは血が止めどなく溢れ出す。
「かわいそ〜」
大人しかったアゼリアが笑い声混じりに言う。
しかし、彼女はそんなこと気にする様子も事なく再び歩き始めた。
すると残された男の子の体が青白く光る。
「……痛いよ、お姉ちゃん」
男の子は弱々しく立ち上がる。
血は止まり、傷口は完全に閉じていた。