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step4.「大型犬は待てをしました。」

最近、俊は私のところへ来ない。いつもならわんわんとしつこいくらいに追いかけてくるのに。きっとそれは、私に原因があるんだってわかっているけど。……俊がいないことがこんなにも寂しいなんて、思いもしなかった。

ことの始まりは一週間前に遡る。



ある日のこと。いつも通り友達とお昼を食べていると、当たり前のように俊がやって来る。友達も嬉しそうに俊の分の席を空け、手招きする始末。でも、嫌じゃないと思う自分がいるのだから不思議だ。

「それでね!俺迷子を助けてあげたんだよ!偉い?!」

「はあ?迷子助けるのは当たり前でしょ」

「そか!うーんとね、あとね……あ!階段で困ってたおばあちゃんをおんぶして階段の上まで連れてってあげた!」

「あーうん。偉いね、よしよし」

大体前から思っていたのだが、俊はどうして私に偉いことをした自慢をしてくるのだろう。そんなことをわざわざ言わなくても、俊が優しい人間なのは知っているのに。

「……別に、自慢しなくても俊が偉いのは知ってるよ」

「!葵衣……!」

ぎゅーと抱きつかれても最近は嫌な気がしない。私はどんどんこの犬に浸食されている。こんな毎日が楽しい。ずっと続けばいいと思っていた矢先。例の迷惑な先輩、白馬先輩に呼び出された。



「なんですか、白馬せんぱ………」

白馬先輩を見た瞬間、驚いた。彼の回りにいつもいるはずの女の子たちが一人もいなかったからだ。

「真剣な話だからな。彼女たちには控えてもらった」

「はあ」

それでいったい、真剣な話とはなんなのか。


「そろそろ僕のことを、真剣に考えてくれないか」


思わず、目を見開いてしまった。先輩が、あんまりにも真剣な目をしていたから。こんなに鋭い視線の先輩を見たのは初めてだ。嘘や冗談なわけではないのだろう。

「……前にも、言いましたけど。私は誰かと付き合う気はないんです」

これは前にも白馬先輩に言ったことだ。なら僕がその気にさせて見せよう。と絡んでくるようになったのはいつのことだったか。あのときと同じ質問、そして答えに少し息が詰まる。

「……本当にそうか?」

「え?」


「あの犬に言われても、お前は同じことを言うのか?」


俊に。

そういわれたとき、ちくりと胸が痛んだ。いつもの私なら、「はい」と即答していただろう。でも、私は頷くことはできなかった。

「………」

白馬先輩は、相変わらず鋭い目付きで私を見る。全てを見透かされているような、瞳。怖い。この、感情を知ってしまうのは。まだ私は、このままでいたいんだ。

「……もう一度、僕のことをちゃんと考えてくれないか?日曜日に噴水の前で待っている」


それだけ言い残して、白馬先輩は去っていった。私は夕焼けを見上げながらぼんやりと考える。白馬先輩は、私が入学したときから声をかけてきて。「この僕に落ちないとは……!」とうざったい反応を見せた。それから毎日私の元に現れては薔薇を持ってきたりドレスを持ってきたり。最初は驚いたけど、この人変な人だな、とだんだん笑えてきて。白馬先輩と話すことがだんだん楽しくなっていたっけ。白馬先輩のおかげで私の周りには人が増えた。それをとても、感謝している。きっと、白馬先輩の彼女になれれば幸せなんだろう。でも、何だかそれは違う気がするのだ。なぜだかは、わかりたくないけれど。

「葵衣ーっ!かーえーろー!」

「俊………」

正直今は、一人になりたかった。俊のことも私は考えていない。白馬先輩に言われた言葉に整理もついていなかった。

「ごめん、先に帰って」

「え……」

俊が悲しそうに眉を下げる。

「ぐ、具合悪いの?!なら俺がダッシュでおんぶして送ってくし……!葵衣が一人で帰るなんて危ないよ!だから……!」

「俊!」

一人に、なりたい。

君は、私が好きだと言ったけど。それは、憧れ?友愛?それとも、愛情?

私はまだ、その答えを知りたくない。知ったら、この楽しい毎日がなくなってしまうから。

「俊、"待て"。言うこと聞けないなら、私は二度と俊と話さない」


私は教室を飛び出した。そのとき、一瞬だけ見えた俊の表情は―――今までに見たことがないくらい、悲しそうだった。





このままじゃダメだ。このままじゃ、いやだ。俊ともう一度笑いたい。こんなにも俊のことを考えてるなんて、どっちが犬なんだろう。私も大概、彼に惹かれているようだ。……惹かれてる、どうしようもないくらい。私は、俊が好き。

「俊……っ、」

ごめんね、ごめん。あんなこといってごめん。私の勝手な都合で君を傷つけてしまって。今すぐ謝りたい。目から出てくる涙を袖で拭いながら、机に突っ伏した。

その瞬間、がらっとドアが開いて。

ぎゅっと、抱き締められた。

「俊……?」

顔を上げれば、悲しそうな顔をしたままの俊がいた。情けなく眉を下に下げ、私を見ていた。

「葵衣が、呼んだから。……まだ、"待て"?」

私は勢いよく首を横に振った。

「ごめんね、俊。ひどいこといった。ほんとにごめん…っ」

「葵衣……」

謝る私の頭を、俊は大きな手で撫でた。いつもと逆だなあなんて呑気に考えていると、手のひらを優しく包まれた。

「俺、ね。葵衣が待てって言ったから、葵衣のそばにいたら迷惑だと思って、ずっと我慢してた。でも……やっぱり葵衣の笑顔を見られないなんて嫌だよ。俺、葵衣のそばにいたい……」

泣いてたのは私なのに、俊は私より泣きそうな顔でもう一度私を抱き締めた。私が言いたかったことを全部言われてしまったので、私は呆然とされるがままになっていた。呆れられたと思ったのに。俊は変わらずに私のそばにいたいと思ってくれていたんだ。嬉しさと罪悪感が込み上げた。

「私も、俊といたい……」

小さく呟けば、俊はいつもは見せないような大人っぽい表情で、うん、と微笑んだ。

「葵衣、」

私から体を離して、私の肩を優しく掴んだ俊は、また情けない表情で私を見た。

「"待て"はもう嫌だよ。寂しいよ。おいで、って、いって」


ああ、この大型犬はまったく。


どうしてこんなに可愛いのだろう。


だから私はまた、仕方ないな、なんて心情を悟られないように笑って。

「ほら、俊。おいで」


両手を彼に向かって広げるのだ。

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