Act.1 卒業試験の内容。
「おい、例の皇帝様のひ孫様がいらっしゃるぜ?」
「皇帝様のお孫様?いやいや、あいつの父上は、薬草しか相手できない腰抜けの冒険者様だぜ?」
説明会場である講義場で、後ろの席の奴らが俺を馬鹿にしているのが、聞こえる。
俺の黒髪黒目は異世界から召喚された勇者で、現レギアス帝国皇帝の血縁者であることを示しているし、親父は、「薬草摘みの」と異名を持つほど、この自由都市レルカの冒険者ギルドで薬草採取の依頼ばかりをこなしてきた。
もう、10年は言われ続けるため、気にもならない。むしろ薬草摘みという危険が少なくその分報酬が少ない依頼をこなしつづけ、この冒険者学校と呼ばれる訓練所の学費を払えるというのは、冒険者としての知識をつけた今の俺からすれば、すごいとしか言いようがないだろう。
後ろで俺を馬鹿にしている奴らは、どこぞの国の貴族の三男坊だったり、騎士団などの主要ポストの息子だったりする。金持ちのご子息様たちを国の主要ポストにつけるため、この訓練所を卒業させようというのだ。
たとえば、一番の出世コースである大臣や宮廷魔法師・魔道師なら現宮廷魔法師なりに師事するか、魔道ギルドの訓練施設に入るのが、手っ取り早い。だが、師事するにも魔道ギルドにしても最初に、知恵や知識を試験される。
次にまともな出世コースとしては、軍に入り、功績を積み上げる事だが、親のコネである程度の地位からスタートできるであろうが、そこからは、根回しと個人の努力が必要だろう。
そのどちらのコースにいない奴らは、冒険者ギルドに所属という前者よりも簡単だが、一般的には難関な箔をつけたいと思う親のコネか金はあっても生かすことすらできないクズどもだから気にしてもしょうがない。
「よ!!アッシュ。難しい顔してなに考えてるんだ?」
後ろから肩をたたかれるが、俺は振り返りもしない。出生の理由から爪弾きの俺に声をかけるやつなど少ないし、この能天気な声の持ち主も喧嘩早くて爪弾きに近いような奴だ。
「いくらスクワッシュでもさすがに今日は遅刻しなかったんだな。」
「ああ、今日は、絶対遅刻するなってオカンが、日の出前に俺をたたき起こしたんだよっと。」
振り向きもしない俺の質問に答えるとスクワッシュは、俺の背後から一気に跳ねたのだろう。俺の横の机に音もなくしなやかに着地する。
スクワッシュは獣人の虎一族であり、耳は、頭上にあり、音を拾うには便利らしい。肉食動物のような鋭い眼光に頬には、髭が退化したといわれる赤い3本の線。肩甲骨にまで伸びた髪は、セットも何もしないでもオールバックで、刺さることはさすがにないが毛先は、針のようにとがっている。上半身は真冬だろうが、真夏でも裸だ。
であったときは、真冬で「その格好、寒くないか?」と聞くと「寒いってのは気合の問題だろ?」と脳が筋肉で出てきているのではないかという噂に真実味を持たせる解答が帰ってきた事を覚えている。
「卒業試験なんてめんどくせ!!」
スクワッシュは、悪態だけつくと机で居眠りを始めてしまった。喧嘩も得意だが、どこだろうが眠れる特技を活かし、体力温存を図っているというわけではなく、ただ、朝早くに起こされて眠いだけだろう。こいつに体力温存などということすら思いつくわけがない。
「あらら、スクワッシュ君寝ちゃったの~?アッシュ君おはよう~。」
名前を呼ばれたスクワッシュの耳が、声の方に向いたが、警戒する必要がないと判断したためか、興味なさそうに前方に向いてしまった。
たしかに無害だろう。スクワッシュが、この場でTOPクラスの戦闘力を持っているなら、今俺の前に現れた透き通るような青い目と髪を持った彼女は、TOPクラスの非戦闘能力者である。彼女の名前は、アサギ。彼女が、戦闘訓練で誰かに勝ったという事を聞いたことはない。
「卒業試験の科目はなんだろうねぇ~?筆記試験ならいんだけどぉ~。」
アサギからすれば、今日の午後から行われる卒業試験が、戦闘試験だったら留年確定。筆記試験なら秀才な彼女は合格確実かもしれない。ただ、筆記試験なら隣で寝ているスクワッシュは、留年確定だろう。両極端な2人だといえるだろう。独立(孤立)愚連隊(問題児集団)。これが俺達3人につけられた教師泣かせの悪名だそうだ。
「今年の試験が、3人一緒に受けれる試験だったら良いのにねぇ~。」
アサギは、そういうと鞄から分厚い本を取り出し、いつものように本に集中していく。この集中力は、異常ともいえるぐらいで、本を取り上げないと名前を呼ぼうが、横でスクワッシュが喧嘩を始めようが気にしない。その集中力のせいで、俺やスクワッシュと違った形で孤立していることを彼女は、気が付いていないのではないのか、気にしていないのかはわからない。
(確実に言えることは、この3人とも40数名のこのクラスで孤立しているってことさ。)
突然、黒板の壇上に鏡が現れる。訓練所に入った当初こそ驚いたものの、もうクラス全員なれており、驚きの声すら上がらないが、緊張感が一気に張り詰めた。
先ほどまでは、何もなかった空間に唐突に現れた鏡。空間と空間を魔力でねじ伏せ繋ぐという高位魔術「ゲート」。人間では、魔力が足りず、理解はできても効力を発揮することはできないといわれている魔術を訓練所内の移動が面倒だ。というずぼらな理由だけで、行使できる教師など、訓練所には一人しかいない。鏡が現れ、講義場に張り詰めた緊張感は、鏡から出てくる教師が誰であるかを俺の横で、熟睡している奴と本に熱中している奴以外が、理解した為の結果であろう。
突如鏡に、人影が映ると飛び出すと音もなく鏡は砕け散った。出てきたのは、長い燃えるような赤い髪に黄色いリボンをつけ、こちらも燃えるような赤い目。どうみても5歳児のかわいらしい女の子だ。ただ、背中にある小さな爬虫類を連想させる翼を見れば、この世界に住む住人すべてが、理解し、逃げ出すものも多いだろう。
竜神種と呼ばれる。人型ドラゴン。5歳に見えても実際は、その100倍は生きているだろう。死にたければ、年齢を聞いてみれば良いかもしれない。人に比べ魔力は、桁が違うレベルどころではない。先ほどの魔術・ゲートどころか、プロテクトという保護魔術があるが、それを人間が使った場合、精々20秒持続できるかどうかなのに対し、竜神種は寝ている時ですら無意識にプロテクトが発動し続けているらしい。その魔力量は、計り知れないものになるだろう。もちろん目の前に現れた魔術理論のランダ教師も冒険者ギルドの測定器では、針が振り切ってしまうほどの魔力の持ち主だ。
「はぁ~い。みなさんそろってまちゅか?」
ランダ教師が、手のひらを水平にしおでこにあてて、講義場を右から左へと見回した。生徒たちは、視線が合うことを恐れ、下を向いたり、机に隠れたりしているのは、くしゃみ一つで、膨大な魔力が暴走し、ストーンとよばれる石化魔術が発動し、石化した生徒がいるというもっぱらな噂のせいだろう。実際、2ヶ月前にあくび時に暴走し、クロウと呼ばれる恐慌状態におちいらせる状態異常魔術が暴走、生徒の大半が、パニック状態になったこともあるのだから、石化もありうるだろう。さらに言えば、訓練所の廊下の突き当たりに椅子に座り、机に向かっている石像が、被害者であるというは、もっぱらな噂だ。
「本日は、午後から卒業試験でちゅね。試験内容は、えっとですね・・。」
背後の黒板にランダ教師が手を当てると、「サバイバル試験」と白い文字が浮かび上がる。
「はい、サバイバルでちゅ。」
生徒たちがざわめき立つ。
「はい、静かにお願いしまちゅ。以後私語厳禁でちゅ。」
語尾が、でちゅ。と赤ちゃん言葉だが、一気にざわめきが収まった。教師を怒らせる=半殺しというのが、ここでの教えであるし、訓練所で最強ランクといわれるランダ教師に対抗できる生徒などいないのだから当然であろう。
「はい、みなちゃん。よくできましちゃ。では、説明しまちゅね。」
再び黒板に手を当てると「サバイバル試験」という文字は消え、別の文字が浮かび上がる。
「試験概要
1、場所は、無人島(島の名前、位置などは非公開)
2、魔獣・魔物などは存在しない。
3、最大3人一組でチームを組むこと。
4、各チームにメダルを渡すので、5日間そのメダルを奪いあう事。
5、5日間で、メダルを2個持ち、なおかつ脱落者がいない状態でゴールに戻れたチームが合格。
6、無闇な殺し合いは禁止。ただ、殺人罪などの適応はない。
7、救援が必要なチームは、別途渡される「追跡されるものの指輪」を発動させることにより、運営側が救援に向います。その際には受験資格を失います。
8、本年も現訓練所生徒以外にも去年落第した生徒及び、一般冒険者ギルド加盟希望者も参加します。
9、なお荷物装備などは、今もっている物だけとし、今すぐ移動します。
以上 検討を祈る。」
と浮かび上がった。
5日間の無人島でのサバイバルな上、他チームとメダルを奪いあう。苛烈な試験内容だ。
「難解な試験だ!!」
「ピットフォール・奈落まで落ちろでちゅ。」
「あ、あぁぁ~~~~~。」
講義場の背後から誰かが声を上げた瞬間、ランダ教師がピットフォールという魔術を発動させた。あの魔術は、対象の足元に穴を開け、落とすという簡単な魔術だが、いったいどれくらい落とされたのだろうか?落ちた生徒の悲鳴は、徐々に聞こえなくなっていった。
「私語厳禁と伝えましたでちゅ。」
逆らえば半殺し。本当に半殺しで終わっているのであろうか。生徒全体が、いや寝てる奴と読書してる奴2名を除いて同じ事を考えているかもしれない。
「さて、1名脱落しましたでちゅが、9番にあるように今すぐ移動するでちゅ。試験を受けない人は、今から出すゲートに入らないでくだちゃい。受験する生徒しゃんは、10分以内にゲートで移動してくだちゃい。」
そう言い残し、ランダ教師が「大きいゲート」というと黒板全体が、鏡になり、ランダ教師自身は、すぐゲートの向こうに行ってしまった。大きいゲートって、もちろんそんな魔術は、聞いたこともない。たぶんランダ教師のアドリブ的魔術なのだろうが、どれだけでたらめな魔術を行使できるのか、ゲート一つでも人間は、難しいのに10分も空間を捻じ曲げるのを維持し、多人数が通り続けれるゲートを出すなんて、どれだけの魔力なのだろうか?俺の魔術推察を他所に講義場は、ランダ教師がいなくなったことにより、緊張が解け生徒たちの悲鳴が方々から聞こえてくる。
「今もっている装備だけって、俺はお菓子と筆記用具しかもってねぇ~よ。」という冒険者の心得、いつでも準備万端に。を実践できていない声や「野宿なんていやぁ~。」だの冒険者生活なら普通にある事を否定する声まで上がっている。そんな声を無視し、無言で、友人と頷きあい、早々とゲートに入っていくものもいる。
俺は、とりあえず、アサギの本を取り上げ、背表紙で、寝ているスクワッシュの頭を軽く小突いた。
「二人とも行くぞ。」
アサギは、俺の手から本を奪うと鞄に直しこみ、スクワッシュは、大きく両手を上げ伸びをする。
「でぇ~?試験内容はぁ~?」
「3人で組んで受けれるってさ。」
「そか、じゃ難しい事は、任したから殴る奴だけ教えてくれ。」
「試験内容はぁ~?」
アサギの質問に答えず、俺がゲートに向かっていくと、後ろから2人共何も言わずに付いてきてくれているのだった。