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美帆の手術の日の朝がきた。



手術は午後一時からだ。

剃毛や清拭などの手術前の準備を終えた。

呼ばれるまであと2時間位だろうか。


病室のドアをノックする音がした。

「どうぞ。」

公一が応えると、ドアが開く。

「美帆!」

高校生くらいの男の子が立っていた。

走ってきたのだろう。

額には汗が浮き、息を切らしていた。

「ヒロ!来てくれたの?」

パアッと美帆の表情が変わる。

今まで公一達も見たことのない、自分たちに向けるのとは明らかに異質な類の、しかし素敵な笑顔だった。

ヒロと呼ばれた少年は、病室の中に入って来てベッドの横に立つ。

美帆の顔を見た後、窓際にいた公一達に向かって深々とお辞儀をした。

「遠山浩輝です。美帆さんとお付き合いさせていただいてます。」

ちょっとうわずった声で挨拶する姿に、公一は好感を持った。

美帆はというと吹き出している。

「なにそれー、緊張?」

「うるさい、緊張すんの当たり前だろ!」

二人のやりとりが、若さ丸出しで微笑ましい。

笑いながら公一が浩輝に声を掛ける。

「まあまあ、来てくれてありがとう。美帆の横に座ってくれ。」

その声に、浩輝は改めて公一と由美子に頭を下げてから、美帆の顔を覗き込むようにしながら腰掛ける。

「大丈夫か?」

「うん。ちょっと悪い所切るだけだから。」

「そっか、よかった。」

浩輝がホッとしたように息をついた。

「それよりヒロ、学校は?」

意地悪そうな表情で美帆が尋ねる。

心にもないことを言う娘である。

「行ける訳ないだろ!昨日の夜手紙読んで、慌てて飛んできたんだぞ?」

それを聞くと

「まあいいわ。今日は許してあげよう。」

なんだか偉そうに応えている。

「なんだよ。」

ちょっと不服そうに浩輝が応える。


その光景を見ていた公一は、由美子を促し立ち上がる。

「美帆。お父さん達ちょっとコーヒー飲んでくるから、浩輝君とお話してなさい。一時間後に戻るから。」

浩輝にごゆっくり、と声を掛けながら二人は病室から出た。

背後から美帆達の声が聞こえてくる。

「大丈夫なのか?」

「それしか聞くこと無いの?」

「だって。」

「でも、来てくれて嬉しいよ!」

その会話を耳にしながら、病院の一階にあるカフェへ向かった。


「結構思った通りの子だったわ。」

「そうか?」

「ええ。たくさん話聞かされてたからかな?頭の中で想像してた男の子のイメージに近かった。」

「そうだな・・・。」

公一は想像してみたことはなかったが、由美子の気持ちは理解できた。

「それにしても、あの美帆の顔!」

由美子が歩きながら話を振ってくる。

「私たちには見せたことのない笑顔だったわね。」

「ああ。我々への愛とは異質の、それはまた大切な愛情なんだろうな。」

会ったらきっと嫉妬するかと思っていたが、実際に会ってみると不思議と彼を信頼できるような気になった。

いろいろな話を美帆に聞かされていたからだろうか。

なんとも不思議な感情が自分の中にあることに、公一は少し驚いていた。

あの美帆の笑顔が続くためなら、あの小僧にくれてやってもいい。

だから美帆が無事であって欲しい。

心の底から公一はそう思った。



公一達が病室に戻って小一時間ほどして、ドアを叩く音がした。

二人の看護師が入ってくる。

「山崎美帆さん。そろそろ向かいますよ。」

公一達は立ち上がり、ベッドの周りをあける。

看護師は美帆の肩に麻酔導入の注射をした。

そしてストレッチャーへと美帆を移し、準備を整えた。

「それでは手術室に向かいますので。」

三人は美帆を囲んだ。

まず公一達が声を掛ける。

「頑張れ。」

「頑張って。」

由美子はそう言って美帆の頭を撫でた。

「うん。」

美帆は軽く頷いた。

そして浩輝に目をやった。

「学校行け!」

「行けるか!」

笑いながら浩輝は応えた。

そんな浩輝に美帆は右手を差し出すと、浩輝はその手を握りしめた。

「待ってるからな。」

「うん。」

これから手術へ向かうというのに、安心しきったような笑顔で美帆は答えた。

「では、皆さんはこちらでお待ちください。」

そう声を掛けて、看護師はストレッチャーを押していく。

「行ってきまーす!」

いつも家を出ていくような声で、美帆は手を振りながら出ていった。


しばらく三人ともそのまま立ち尽くしていた。

ふいに公一が口を開いた。

「浩輝くん。」

「はい。」

浩輝が振り返る。

「これから手術は六時間ほどかかるらしい。六時間後にまたここに来てくれないか?」

「ここで待ってちゃダメですか?」

浩輝が聞く。

もし、開腹の結果手の施しようが無かったら、早くに結果が判るはずだ。

それを浩輝に見せる訳にはいかなかった。

公一は笑いながら

「いや、どうせ待つだけだ。私たちが付いているから安心してどこかで時間を潰してきてくれ。」

それを察したのか由美子も

「そうよ。私たちに任せて!」

と笑いながら浩輝に言った。

浩輝は少し考えてから二人に向き直った。

「わかりました。また6時頃に、ここに来ます。」

そう言って頭を下げると、病室を出ていった。


ドアが閉まると、途端に由美子は心配そうな表情になった。

公一は由美子の肩を抱き寄せる。

「大丈夫、美帆は強い子だよ。」

まるで自分に言い聞かせているように声を出した。







美帆が病室を出て四時間後、ドアをノックする音がした。

ドアが開くと、そこには手術着姿のままの神山医師が立っていた。

その瞬間、公一と由美子はすべてを悟った。

そのまま暫く、三人の姿は固まったままだった。

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