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「ヒロ!」
美帆の元気な声がする。
彼女の声は舌っ足らずで、少し鼻に掛かるハイトーンだ。俺はこの声が好きだ。
今日は付き合って10回目のデート。
とは言ってもあの日から10日目。
つまり毎日デートしてるわけだが。
今日は土曜日の学校帰り、彼女の希望で公園に来てる。
美帆の作って来た可愛らしいお弁当を食べ、芝生に寝っころがってる。
あの日、二人は学校をサボって、沿線のさらに先の観光地へ行った。
ちょっとした高原に行き、遊歩道を歩きながらお互いの話をたくさんした。
見た目に似合わず結構強引なヤツだし、というより積極的と言った方がいいのかな。
遊歩道を散歩してるときからもう俺はヒロと呼ばれてた。
「私、入学してすぐヒロのこと見つけたよ。」
そう白状したのは3回目のデート。
「すぐタバコ吸い始めたでしょう。心配だから取り上げちゃった!」
すいません。もっと前から吸ってました・・・。
今は吸ってません。
どうやら、高校に通い初めてすぐに俺を見つけてくれていたらしい。
でも俺はといえば、一ヶ月後には電車でタバコ吸ってたからなあ。
でも、そんなことをあんなに真っ直ぐな目で見つめながら言われたら、ますます惚れちゃうでしょう。
あなたは卑怯です!
先に惚れてくれたのは美帆だったけど、今では惚れ度合いでは間違いなく勝ってる自信がある。
痛い思いしたけど、そんなきっかけを作ってくれた3馬鹿トリオはその後同じ車両には乗ってこなかった。
感謝してるんだけど。
美帆が通う高校は県立の進学校の女子校。
俺の高校の3つ手前で降りる。
で、美帆の家は俺の乗換駅。
10駅は一緒にいられた。
学校サボリはあの日だけと約束した。
「こら!ヒロ!聞いてるの?」
そんなことを考えながら目を瞑ってた俺は、いきなりお腹をパンチされた。
「イテッ!」
「人の話聞かない罰だー!」
そんなことを言いながらコロコロと笑う。
「おまえ、その暴力癖は直せよな!」
「罰でーす!」
また笑う。
「明日はどこ行くの?」
「美帆はどこ行きたいの?」
「え、連れてってくれるの?」
おいおい、行き先は?
「どこに?」
「海ー!」
おいおい、ここは海無し県の埼玉だぞ?
美帆は俺の横に座った。
「どこの?」
美帆は遠くを見つめるように言った。
「私ね、小学校卒業まで鎌倉に住んでたんだ。」
へえ、洒落たところにお住まいで。
「お父さんの転勤で埼玉に来たんだけど、週末はいつも由比ヶ浜だったんだ。」
「へえ。」
「両親がヨットやってたから。だから私の名前は美帆。」
「なんで?」
「ヨットの白い美しい帆のように、たくさんの愛情と思いを受けて生きるようにって!」
うん、美帆にはピッタリの名前だと思う。
色白で、ちょっと儚げで。
きっと両親の愛情たっぷりなんだろうな。
「でも最近全然海に行けてないから行きたい!!」
ものすごく真っ直ぐに気持ちぶつけてくるから、何も言えないじゃないか。
「わかったよ。じゃあ明日は鎌倉だ!」
そういうと、美帆は俺の顔を覗き込んだ。
「なに?」
俺が言うより早く、美帆は俺の頬にキスをした。
「ありがと!」
そう言うと、俺の背中に背中を合わせてもたれ掛かってきた。
お口にキスはまだお預けらしいが、やばい。
また惚れた。
次の日、俺たちは鎌倉に行った。
ほとんど始発で来たのでメチャクチャ眠かったが、俺は鎌倉なんて初めてだったから、結構わくわくしてた。
美帆はそんな俺をいろんなところに連れていってくれた。
最初は鶴岡八幡宮でお参り。縁結びのお守りを買った。
それから江ノ電に乗って、美帆が住んでた家を見に行った。
鎌倉高校前駅を降りて、そのまま坂を上がっていく。
おお、よくテレビドラマに出てくる光景だ。
坂を上りきって下を見ると、坂の間からキラキラ光る海が見える。
「ここの景色大好きだったんだ。」
そう言いながら美帆はズンズン先に行く。
「近いの?」
「ひと駅分歩くから、もう少し。わたしんち七里ヶ浜だったから。」
歩きながら美帆が言う。
ちょっと小走りに追いかけて追いつくと、俺は美帆の手を握った。
美帆はちょっと驚いたような顔をしたが、すぐ握り返してきた。
「行こう!」
「ああ。」
だいぶ高台までやってきた。
ふと見ると、オレンジがかった壁の瀟洒な洋館に着いた。
「ここだよ!」
かなり小洒落た建物だ。
「すげ・・・。」
美帆は玄関に向かう。バッグから鍵を取り出して玄関を開ける。
「ちょっと前まで貸してたんだ。最近また空き家になっちゃったから。」
「へえ。」
中に入ってみると、外観に違わずお洒落な作りだ。
玄関から階段を5段ほど降りると、リビングダイニング。
家具が無い上に、部屋の一面がガラス張りになっていて、ものすごく広く感じる。
そして、すぐ目の前のベランダに出ると、そこは遮る物の無い、海を見下ろす大パノラマ。
「うわあ・・・。」
声にならない感嘆符。
海から吹き上げる風が心地よく俺たち二人にかかる。
「私が結婚したら、ここくれるんだって!」
ちょっと想像した。
このリビングのアイランドキッチンに立つ美帆と、向かい合う俺。
いいなあ。
「いいね。」
思わず口にした言葉にちょっと照れた。
美帆が振り向いた。美帆も照れくさそうな表情だ。
お互い同じことを想像したらしい。
うん。やっぱり可愛い。
「さ、お客様。見学を続けますよ!」
そう言って美帆は家の中に入っていった。
美帆の家の見学を終え、俺たちは坂を下り、海へ向かった。
海沿いのレストランで軽くランチ。
洋風の作りだが、名物はシラス丼らしい。
これがメチャクチャ旨かった。
そのまま江ノ電には乗らず、おしゃべりをしながら海沿いを歩いた。
結構距離はあったが、とても楽しい時間を過ごした。
由比ヶ浜に着いたのは5時くらいだった。
太陽は西の方にだいぶ傾いてきた。
俺たちは海岸へ下る階段に腰掛けた。
海水浴にはまだ早い、梅雨入り前のこの時期はサーファーが闊歩している。
沖にはヨットが白い帆を立てて疾走してる。
「小さい頃は、おとうさんが葉山からヨットを出して、それを私とお母さんがここからよく見てたんだ。」
「美帆は乗ったの?」
「うん。小学生になってから。ヨットって言っても乗員二人までのディンギーっていうヨットだったから、よく海に落ちたけど。」
笑いながら話す美帆はヨットがよく似合いそうだった。
話している内に、太陽はどんどん西に傾いて大きくなっていく。
周りは夕焼け色に染まっていった。
「ね、ヒロ!」
「うん?」
見ると、美帆の瞳は夕焼け色に染まってキラキラと輝いていた。
黙って顔を近づけると、美帆は目を閉じた。
俺たちは初めてキスをした。
たぶんそんなに長くはなかったと思うけど、ものすごく長く感じた。
よく小説とかで読んでた通りだなと変な感心をした。
顔を離した後、少し間をあけてから美帆は目を開けた。
「私の夢見てた通りのファーストキス、ありがと!」
美帆はまた、今度は俺の頬にキスをした。
俺はこの時思った。
美帆を死ぬまで大切にしようって。
でも、その時、まさかあんな事になるなんて俺は思いもしなかった。