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美帆がこの世を去って10年が過ぎた。




浩輝は大学へ進み、今は在学中に立ち上げたベンチャー企業を友人と共同経営している。

軌道に乗せるために忙しい毎日を送っていた。


毎年命日には美帆の墓を訪れた。

鎌倉の海を望む高台の墓地に美帆は眠っていた。

しかし、浩輝は海には近付かなかった。


公一たちには連絡を取らなかった。

会って、何を話していいのかがわからなかった。


恋もした。

だが大抵は長くは続かなかった。

付き合い始めてしばらくすると、必ず美帆と比べてしまう。

半年もすると、相手の悪い所ばかりが気になってしまった。

それは分が悪い。

何せ美帆は欠点が見えてこないのだ。

ある意味、浩輝にとって美帆は女神になっていた。


そして、浩輝はずっと考えていた。

あの鎌倉の海で美帆が聞いてきた問いの答えを。




「人間って、何のために生まれてくるのかな?」


今でも美帆の声が鮮やかに甦ってくる。

しかし、答えはわからずじまいだった。


その問いに考えを巡らせる度に、浩輝は煙草に手を伸ばした。



「こら!」

神社の境内で煙草を口にくわえて怒られた。

声の主は森山亜弓という3歳下の後輩だった。



今の会社は大学の同級生の森山裕太と立ち上げたのだが、亜弓はその妹だ。

今は会社を手伝ってくれている同僚だ。

裕太もなかなかのイケメンだったが、亜弓はそれ以上に整った顔をしていた。

大学では陰のミスキャンパスだと評判だった。


今日は裕太の子供のお宮参りで神社に来ていた。

「神社の境内は禁煙ですよ!」

「あ、そうか。」

浩輝は慌てて煙草をしまった。


亜弓が好意を持ってくれているのは感じていたが、またいつもの二の舞になるのも困るし、何より親友の妹だ。

浩輝としても好意は持っていたが、それ以上は進めなかった。


「おいおい、少しはゆっくり行ってくれよ。」

裕太が妻を伴って社殿から出てきた。

腕には子供が抱かれている。

「まだまだ首が座ってないんだからな。」

裕太にそっくりな女の子だ。

自分に似た可愛い娘と豪語している。

「どうも雰囲気に馴染めないんだよ。」

「おまえにはどうも”祝ってやろう”という心が感じられん!」

裕太が軽口を叩く。

「悪かったな!」

浩輝が返す。

軽口を叩き合える、いい親友だった。


「そうだ。お札貰ってくるから、浩輝ちょっと抱いててくれ。」

「おいおい。」

いきなり子供を預けられた。


片手で座りが悪かったので、右手で赤ちゃんの肩の下に手を回そうとした瞬間、赤ちゃんが浩輝の人差し指を握ってきた。

物凄く強い力だった。


電流に打たれたような感覚が走った。


「そうそう。そのまま幸せを手放しちゃダメよ!また見つけるの大変なんだから!」

赤ちゃんをあやしながら亜弓が言った。

「え?」

亜弓は浩輝に振り返って答えた。

「赤ちゃんは、その手に幸せを握り締めて生まれて来るんです。でも手を開いて逃がしちゃうから、その幸せを探し続けるんです。」

「・・・それは?」

問いかける浩輝に、亜弓は笑顔で答えた。

「昔、何かの本かマンガで読んだセリフです。」

「・・・そうか・・・。」

放心したような浩輝を、亜弓は不思議そうに見つめていた。


「悪い悪い!」

お札を持って裕太が帰ってきた。

「お・・・おう。」

赤ん坊を裕太の腕に返す。

そのままボーッとする浩輝の顔を裕太が覗き込む。

「どうした?」

「・・・。」

「おい!」

声を掛けられてハッと我に返る。

「大丈夫か?」

「あ・・・ああ。」

平静を取り繕うのが精一杯だった。


その後、裕太の自宅でお祝いをしたが、どこか上の空だった。



夕方の帰り道。

駅まで亜弓と一緒だった。

「何かあったんですか?」

「ん?」

顔を向けると亜弓が浩輝の顔を覗き込んでいる。

「なんか今日ずっとボーッとしてるから。」

なんだか見透かされているような気がした。

「何でもないよ。ちょっと仕事のこと。」

「だったらいいんですけど・・・。」

本気で心配してくれているのがわかる。

「うん。心配してくれてありがとう。」

笑顔で答えると、亜弓も笑顔になった。


駅で亜弓を見送ると、浩輝は携帯を取り出した。

今でも覚えている番号だった。



「もしもし・・・。」

「・・・浩輝君かい?」

懐かしい声が聞こえてきた。

「ご無沙汰してすみません。」

「いや。しかし元気そうだ。」

「お父さん。今夜お暇ですか?」



そのまま待ち合わせをして、大宮へ向かう。

駅の近くの焼鳥屋に入ると、懐かしい顔がカウンターに座っていた。

「よう!」

「お久しぶりです。」

浩輝は公一に頭を下げた。

少し髪の毛に白髪が増えたが、あまり変わってないように見えた。

「立派になったな。」

「いえ、まだまだです。」

浩輝は公一の隣に腰掛けた。

ふたりはビールで乾杯した。


今までの身の上を話した。

公一は嬉しそうに聞いていた。

酒が日本酒に変わり、話に花が咲いた。

「そういえば、お母さんは?」

浩輝が尋ねた。

「ああ。」

公一は浩輝のお猪口に酒を注ぎながら

「あの後、女房は小児ガン病棟のケアセンターに勤めだしてね。今は子供たちのカウンセラーをしてるよ。」

そのまま自分のお猪口に手酌した酒を煽る。

「終わり次第ここに来るよ。」

「そうですか・・・。」

由美子も色々思うところがあったのだろう。


「今度ね、ここを引き払おうと思って。」

公一が突然切り出した。

「え?」

「仕事を引退して、鎌倉の家に戻ろうと思う。」

「そうですか・・・。」

鎌倉の家を思い出した。

「懐かしいですね。」

「ああ。」

公一は再び酒を煽った。


「吹っ切れたんだろう?」

「え?」

「だから、会いに来てくれたんだろう?」

浩輝は少し考えて、笑顔で返した。

「はい。昔の約束も思い出しましたし。」

「そうか。」

公一は遠い目で懐かしむ。

大人になったら飲もうという約束を覚えていてくれたことが嬉しかった。

「でも・・・、まだわからないんです。」

「ん?」

「本当に吹っ切れたのかどうか。今でも美帆が大好きです。それは変わらない。」

「うん。」

「でも、今のままの俺を見て、美帆は喜ばないと思うんです。」

「そうか。」

浩輝は真っ直ぐ前を見て、意を決した様に口を開く。

「それを確認しに、行ってきます。」

公一は嬉しそうに聞いている。

「そうか。でもたまには鎌倉に遊びに来いよ!美帆の思い出話で酒が飲める、女房以外の唯一の相手だからな!」

「ありがとうございます。」

浩輝は素直に頭を下げた。




店の引き戸が開いて店員の威勢のいいかけ声が響くと、そこには笑顔の由美子が立っていた。




浩輝は時間が戻った様な気がした。

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