22
美帆の告別式は、通夜よりも盛大だった。
式は滞りなく終わり、いよいよ火葬場へと運ばれることになった。
閉棺。
参列者が美帆の亡骸に花を手向けていく。
あちこちで啜り泣きが聞こえてきた。
浩輝はそれを遠巻きに眺めていた。
なんとなく不思議な気分だった。
「浩輝君。」
公一が声を掛けるが、浩輝は首を振って遠慮した。
頷きながら、公一が近寄ってくる。
「指輪とペンダントは入れられないそうなんだ。どうする?」
浩輝は無表情のまま答えた。
「もし許されるなら、美帆と一緒にお墓に入れてやってください。」
「・・・わかった。」
公一も無表情のまま答えて、その場を離れた。
美帆の棺に釘が打たれていく。
浩輝はそのまま立ち尽くしていた。
そして、美帆の棺は親族の男性たちの手で運ばれていった。
公一の喪主挨拶は素晴らしかった。
参列したほとんどの人が涙を流した。
やがて出棺を迎えた。
浩輝が公一に近付く。
「お父さん。」
遺影を抱えた公一が振り向いた。
「すいません。俺、ここで待ってていいですか?」
公一は一瞬驚いた様な顔をした。
「いいのかい?」
「はい。」
「・・・わかった。」
美帆が焼かれる所に立ち会いたくなかった。
浩輝の気持ちを察した公一は、浩輝に微笑むと車に乗り込んだ。
やがて霊柩車はクラクションを鳴らす。
その音は悲しげに春の青空に響き渡った。
葬祭場のすぐ横に、満開の桜で溢れる公園があった。
浩輝はそこのベンチを見つけ、腰掛けた。
しばらくそこで佇んでいた。
やがて意を決したように、胸ポケットに手をやると美帆からの手紙を取り出した。
「ヒロ。
ごめんね。一緒にいられなくて。
お父さんたちと一緒に、嘘に付き合ってくれてありがとう。
でも、私は弱っていく自分の姿をヒロに見られたくなかった。
だから・・・ごめんなさい。
私ね、初めてヒロを見た時、ヒロとずっと一緒にいたいと思ったんだ。
最初はあんな出会いしか出来なかったけど、話すきっかけが欲しかった。
でも、そんな私をヒロは見つけてくれた。
嬉しかった・・・。
ヒロが大好きだった。
ヒロの大きな手が大好きだった。
ヒロの笑顔が大好きだった。
ヒロの声が大好きだった。
ヒロの背中が大好きだった。
ヒロの・・・唇が大好きだった。
書ききれないほど・・・ヒロの全てが大好きだった。
私はヒロにいっぱい幸せを貰いました。
これから私は、ヒロとは違う空の下に住みます。
その空は、どんなカタチをしているんだろう?
こことは違うカタチなのかな?
この空の下で、ヒロはいっぱい幸せになってください。
私はこの世界ではその役目が果たせなくなっちゃうけど、違う空の下でヒロの幸せを祈ってます。
だから、ヒロはちゃんと自分の幸せを見つけてね。
そして生まれ変わって、もしまだ私のことを覚えていてくれたら、私を見つけ出してね・・・。
その時までバイバイ!
大好きだよ!
美帆」
浩輝の目に涙が溢れた。
やっと泣けた。
手紙の最後の方には涙が滲んでいた。
きっと泣きながら書いたのだろう。
おそらく絶望の中にいたであろう美帆が、この手紙を書いた時の想いに浩輝は思いを馳せた。
そのまま浩輝は空を仰ぎ見た。
咲き乱れる桜の花は、まるで美帆の命のように儚く散り急いでいた。
車列が戻ってきたのを見て、浩輝は葬祭場に戻った。
そのまま初七日法要を行い、美帆の葬儀の全てが終了した。
礼服から着替え終えて、浩輝は公一たちに挨拶に向かった。
「一緒に行かないのかい?」
公一が尋ねた。
「いえ、ここで・・・。」
「そうか・・・。」
答えると、公一はポケットからガラスの小瓶を取り出し、浩輝に差し出した。
「これは?」
「美帆の遺骨の一部だよ。」
「・・・。」
小瓶を見てみると、中に白い欠片が一片入っていた。
「君に持っていて欲しい。君の好きにしてくれていい。君に任せるから。」
由美子を見ると、由美子も頷いている。
「わかりました。ありがとうございます。」
瓶をポケットにしまうと、公一が握手を求めてきた。
美帆を愛した二人の男が手を握りあう。
「いつか、大人になったら飲もうな。」
「はい。」
笑顔で言葉を交わす。
結びつけるものを失った両者は別れを告げた。
駅に向かう途中、再び先程の公園に立ち寄った。
桜を見上げながら、ポケットの中で握りしめていた小瓶を取り出した。
コルクの栓を開けると、浩輝は左手から指輪を外し、小瓶に入れて栓をした。
振ってみると、ガラスが小気味いい音を立てた。
浩輝は小瓶を再びポケットに突っ込むと、足早に駅へと向かった。