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控え室で公一と飲んでいた親族も宿へと引き上げ、由美子と公一は一息ついていた。

由美子が公一へお茶を差し出す。

「ありがとう。」

そう言って、公一は湯呑みに口を付けた。


先程、浩輝には美帆からの手紙を渡してきたが、自分たちへの手紙も忙しい中読めてはいなかった。


胸ポケットから取り出すと、由美子に目をやった。

由美子は黙って頷いた。


封を開ける。

静かな室内に紙ズレの音だけが響いた。

おそらく、亡くなる直前に書いたのだろう。

弱々しい字だった。


「お父さん、お母さんへ。


優しい嘘をありがとう。


私、山崎美帆はふたりの娘で幸せでした。


また、ふたりの子供に生まれてくるから、その時はよろしくお願いします。


お母さん。


お料理を教えてくれてありがとう。

おかげで私の大好きな人にお料理を作ってあげることができました。

いつもお話を聞いてくれてありがとう。

おかげで私は私自身の幸せを確認することができました。

いつも優しい笑顔をありがとう。

おかげで私はいつも優しい気持ちでいられました。



お父さん。


いつも大きな愛で包んでくれてありがとう。

おかげで私も愛がたくさんの娘になりました。

ヨットを教えてくれてありがとう。

おかげで海が大好きになりました。


ヒロとのこと、許してくれてありがとう。

おかげで私は人を心の底から愛することを知りました。


お父さん、お母さん。


素敵な名前をありがとう。

自分の名前が大好きでした。


そして、この時代に私を生んでくれてありがとう。

おかげで私は世界で一番幸せでした。


話したいことはいっぱいあるけれど、便箋が足りなくなっちゃうから、このへんで・・・。


大好きな私のお父さんお母さんへ。


美帆より」


公一は読み終えた手紙を由美子に渡す。

由美子が手紙を読みながら嗚咽する。

最後まで美帆にはガンだとは言わなかった。

しかし、美帆が自分の命に期限があることを知っている事には気付いていた。

美帆は最後まで、自分たちの嘘に付き合ってくれていた。

由美子は手紙を読み終えて、封筒に便箋をしまった。

「強い子だったんですねえ・・・。」

由美子が涙を拭いながら言った。

「ああ。私たちが思っていた以上にね。」

そう言って、公一はお茶を飲み干した。

「美帆の様子を見に行くか。」

由美子を促すと、美帆の眠る葬祭場へと向かった。



葬祭場に入ろうとすると、浩輝の姿が見えなかった。

祭壇の線香はまだしっかり残っている。

線香番をちゃんと果たしていたようだ。

「あなた・・・。」

由美子が何かに気付いて立ち止まり、小声で話しかけた。

公一は由美子の視線の先を見た。


浩輝が美帆の棺の横に腰掛けていた。

棺の中の美帆の髪の毛を撫でていた。

その浩輝の表情はとても穏やかだった。


ふたりはそこから歩を進めることが出来なかった。


その瞬間、その場所には優しさと悲しみが充満していた。

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