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俺は進学校に入学した。
中学時代は受験勉強に必死に取り組んだ。
おかげで県下でもトップレベルの高校に入学できた。
そこからが悪かった。
燃え尽き症候群とでも言うのだろうか。
何もやる気が起きない。
試しにブラバンに入部してみた。
面白くない。
勉強?
全然やる気が起きない。
何より学校が遠かった。
片道2時間。遠過ぎるだろ。
学校は指定の詰め襟だったが、反抗して上着は私服。
そりゃあ教師には怒られたけど無視。
だんだん教師も何も言わなくなった。
なぜか自由な校風で、規則はあっても罰則が無かった。
そんなこんなでだんだんグレていたんだろうか。
学校に行く振りして途中下車してゲーセンで遊んだり、足を延ばして観光地をぶらついたり。
たまに学校行っても授業を抜け出して学食でメシ食ったり裏山でタバコ吸ってた。
学校が終わると近くの、夜はバーになる喫茶店で堂々と酒飲んで、酔っぱらって電車乗って帰った。
適度に留年しないように出席日数を調整しながら遊んでた。
電車も地方独特の、ある駅を過ぎると喫煙可能な車両があった。
堂々とタバコ吸ってた。
そんなふざけた高校生活1年目も2ヶ月が過ぎて、梅雨入り前だがジメジメした日だった。
「コラ!あなた高校生でしょ?」
いつものように電車内でタバコを吸おうとして取り出したタバコを取り上げられた。
「あ?」
睨み上げると、そこには女が立っていた。
サラサラのロングヘアー。
結構、いやかなり可愛い。
しかしそんなこと考えてる場合ではない。
「なんだおまえ?」
立ち上がってその女と対峙する。
意外と小さいな。
173センチの俺の顎の下くらいに頭のてっぺんがある。
見下ろす俺の鼻先にタバコの箱を突き出した。
「ここ読める?未成年者は吸っちゃいけないって書いてあるでしょ!」
なんかカチンときた。
「おまえに関係ないだろ!」
タバコを取り返そうとしたが、さっと引っ込められた。
電車は駅のホームに入っていった。
「とにかくダメなんだからね。」
その女はそのまま電車から降りて行った。
そのまま取り残される俺。
なんか周りの視線がやけに突き刺さる。
「なんなんだよ・・・。」
俺はそのまままた席に座った。
やってらんねえ。
このまままた観光地巡りでもするかな。
駅弁食って帰ろう。
そう思った瞬間、雨が降り出した。
「マジかよ・・・。」
いつも朝に乗る電車は同じだった。
なにせ地方の電車。
本数が少ないから1本前だと1時間早く着くし、1本後だと遅刻だ。
次の日から気が付いたのだが、あの生意気な女も同じ電車だった。
いい女であることは間違いない。
なんか気になって目をやると、やはり可愛い。
しかしたまに目が合うとニッコリ笑いやがる。
どういう神経してんだ?
ただ、あの日以来途中下車する事は無くなった。
毎日彼女を見たくなってたのかもしれない。
電車ではタバコは吸わなくなった。
相変わらず裏山や喫茶店では吸ってたけど・・・。
「やめて!」
そんな出会いから1週間ほど経った頃。
彼女の方から声が聞こえた。
ふと見ると、なんかガラの悪い3人組に囲まれてた。
「なあ、このまま俺らと遊びに行こうぜ!」
よく見ると、同じ路線の評判の悪い某高校の生徒だった。
見覚えあるな。
ああ、よくどこ高校の誰をシメただの、あそこの高校はもう舎弟だだのとデッカい声で喚いてた連中だ。
タチの悪いのに捕まったな。
「前からあんたに惚れちゃったんだよ、俺。」
3人の中の頭の奴がデカい声で喚いてた。
ちょうど電車がホームに止まった。
「さあ、行こうぜ!」
「やめてください。」
彼女は拒否するが、腕を捕まれて連れて行かれそうになる。
なんだよ、周りは見て見ぬ振りか・・・。
とうとう電車から降ろされた彼女を見て、仕方なく俺も電車を降りた。
電車が発車した。
彼女は3人組に囲まれて連れて行かれそうになるのを必死にこらえていた。
しょうがねえなあ。
まあ、腕に覚えが無いわけでもないし、このまま連れ去られちゃうのも気に食わないし。
「おい!」
振り向く3人、いや4人。
彼女はビックリした顔してる。結構面白い。
「なんだてめえ。」
一番下っ端っぽい奴だ。
だいたいこういう奴が一番虚勢張るんだよな。
「悪いけど、それ俺の女なんだ。離してくれる?」
「はあ?」
3人組は怪訝そうな顔してたが、彼女はもっとビックリした顔になってた。
まあ許せ。
「そーゆー事だから離してくんない?」
「おい、女離すんじゃねえぞ。」
そう言って一番偉そうなのが俺に近寄ってきた。
「関係ねえよ。俺が目を付けた女は俺のモンだ。」
相変わらず頭の悪い受け答えだ。
「馬鹿の言う台詞だな。」
ボソッと呟いた瞬間に殴り掛かってきた。
仕方ねえな。1発殴らせとかないと正当防衛になんないし。
グーパンチが俺の顔に当たる瞬間軽く首をひねった。
こうするとあんまり痛くないんだよね。
ちょっとわざとらしく転んでみた。
ただ、ちょっと計算がズレたらしい。
口の中に血の味が広がった。
どうもひねりが甘かったらしい。
奴は調子に乗って俺の髪を掴んで引きずり起こし、俺の顔を目掛けて膝を蹴り上げてきた。
限界突破。
その膝めがけて肘を打ち下ろした。
「グッ!」
声にならない呻きが漏れた。
崩れそうになる奴の腹に立ち上がり様脛蹴りを一発。
見事にみぞおちに決まった。
崩れ落ちた奴の襟を掴んで立たせたところで、おでこに頭突き。
もんどりうって倒れる。
そのまま体を丸めて悶絶してる男を見て、ほかの二人がいきり立つ。
「てめえ!」
「悪いな。俺、中国拳法の免許皆伝なんだ。通信教育だけど。」
冗談だ。まあ喧嘩には自信あったけど。
でもあの二人には冗談を楽しむ心のゆとりが無かったらしい。気が短い奴らだ。
同時に殴り掛かってきた。
まあしょうがない。
軽くたたんじまうか。
そう思った瞬間に二人組はねじ伏せられていた。
「へ?」
おまわりさん。出来るならもっと早く来てください。
3人組と彼女と俺はそのまま駅の鉄道警察隊の詰め所へ連れて行かれた。
彼女と目撃者の証言で一応無罪放免ではあった俺だったが、結構こってり絞られた。
やれやれ。今日はこのまま旅に出るかなと思いながら詰め所を出ると、正面の壁にもたれるように彼女が立っていた。
「よ!」
軽く手を挙げて、俺はそのままホームへ向かった。
彼女は何も言わず、俺の少し後ろを付いてくる。
ホームの真ん中でベンチに腰掛けると、彼女も少し離れて横に座った。
「ありがとう。」
少しして彼女が言った。
「ああ。」
ちょっと照れくさかったんで、ぶっきらぼうに答えた。
「ダイジョウブ?」
彼女は俺の顔を覗き込んで聞いてきた。
すごく心配してくれていそうな表情だ。
ちょっとドキッとした。
一発殴らせたし、結構激しい頭突きしちゃったんで、額が割れて出血してたし唇の左端が切れていたので、額には包帯、口の端には絆創膏が装着されていた。
「あ、ああ、ダイジョウブ。」
少し間が空いて、彼女がクスリと笑った。
「ん?」
「通信教育の免許皆伝って・・・。」
そのままクスクス笑い続けた。
今になって彼女の笑いのツボにヒットしたらしい。
「冗談に決まってんだろ。」
目の前に電車が入ってきた。
「今日学校行く?」
彼女が聞いてきた。
「いや、さぼる!」
俺の答えを聞いて彼女はニッコリ微笑んだ。
電車の扉が開く。
彼女は立ち上がって俺の腕を引っ張り上げた。
「行こう!!」
そのまま電車の扉に向かって引っ張っていく。
「私、山崎美帆!あなたは?」
「遠山浩輝。どこ行くんだ?」
「デート!!私の彼氏なんでしょ?」
彼女はニッコリ笑って言った。
俺と美帆の物語が始まった。