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その時はやがて静かに訪れた。



あの鎌倉での別れから2週間後の4月2日。

その日の夜、浩輝の家の電話が鳴った。

公一から、美帆の危篤の知らせだった。




浩輝は病院へ向かった。



夜の11時過ぎに病院に着いた。

見慣れた病室に入ると、公一と由美子が迎えてくれた。

ベッドの美帆を見る。

腕には点滴のチューブが何本も繋がり、胸からは心電図のコードが延びている。

あの別れの時とあまり変わらない姿が、まだまだ救いだった。


病室は静かだった。

心電図モニターの、美帆の心臓の鼓動を知らせる音と、酸素マスク越しの美帆の息づかいのみが聞こえていた。

「浩輝君・・・。」

公一が美帆の横に座るように促した。

黙って頷き、浩輝は美帆の枕元のイスに座った。

「朝から意識が無いの・・・。」

由美子が涙ぐみながら言う。

「そうですか・・・。」

美帆の端正な横顔を見つめたまま、浩輝は答えた。

規則正しく上下する美帆の胸元には、お揃いの水晶のペンダントが輝いていた。


「美帆・・・。」

美帆の髪の毛を撫でながら、静かに名前を呼んだ。

その時、うっすらと美帆の目が開いた。

「美帆!」

公一と由美子が叫んだ。

公一はとっさにナースコールを押した。

「美帆。」

浩輝が再び静かに名前を呼んだ。

美帆は、顔を浩輝に向けると優しく微笑んだ。

「ヒロ・・・。」

浩輝の目の前の布団が盛り上がる。

それを察した浩輝は、布団の中から美帆の右手を取り出し両手で握りしめた。

「俺はここにいるよ。」

優しく声を掛けた。

神山とナースたちが駆けつけた。

心電図をのぞき込んだ神山は、公一たちに向かって静かに頷いた。

そのまま、美帆の酸素マスクを優しく外した。


「ヒロ。」

再び美帆が呼んだ。

「なに?」

「来てくれたの?」

「ああ。」

浩輝は片手で美帆の手を握ったまま、もう片方の手でポケットを探り、ルージュを取り出した。

「もう少ししたら美帆の誕生日だろ!美帆に似合いそうなルージュをプレゼントしようと思って。」

浩輝は片手で器用にふたを外すと、美帆の目の前に持っていった。

「ほら、綺麗なピンク色だろ?」

美帆はそこに視線を移す。

「ホントだ・・・。」

しかし目の焦点は合わない。

「ありがと。」

美帆は再び浩輝に視線を移す。

「ねえ、ヒロ・・・。」

「なんだ?」

涙が溢れそうになるのを必死に堪えながら答える。

「私ね・・・ヒロと出会ってからの一年は、私の人生の中で一番幸せだったよ・・・。」

「うん。」

「ヒロの事を想うだけで・・・幸せになれた。」

「うん。」

「だから・・・私はずっと幸せなままだよ・・・。」

浩輝は強く美帆の手を握りしめた。

「当たり前だ!俺は美帆のすべてなんだからな!」

堪えきれずに溢れる涙を流しながら、浩輝は答えた。

「うん。」

嬉しそうに微笑む美帆。

そして顔を反対側に向ける。

「お父さん。お母さん。」

公一と由美子は美帆の頭を撫でた。

「なに?」

由美子が返事をする。

「私・・・幸せだったよ・・・。」

「うん。」

「お父さんと・・・お母さんの子供で・・・良かった。」

またニッコリ微笑んだ。

もうふたりとも涙が止まらなかった。

「美帆・・・。」

由美子が優しく美帆の髪を掻きあげた。


美帆は再び浩輝の方へ向き直った。

「ヒロ・・・。」

だんだん声が弱くなる。

「ん?」

美帆の視線が定まらなくなった。

「ヒロ・・・。大好きだよ・・・。」


そのまま美帆は静かに目を閉じた。





そして、その1時間後、山崎美帆は静かに、眠る様に穏やかに息を引き取った。





17歳になったばかりだった。

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