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美帆が倒れたその日のうちに、美帆へのモルヒネ投与による終末期医療が開始された。


神山の話によると、もういつ多臓器不全を起こし死に至ってもおかしくないという。

浩輝も駆けつけたが、もう前の状態ではなかった。

浩輝は黙って美帆の手を握っている。

美帆は浩輝の顔を見て微笑むが、その笑みは弱々しかった。

いざその状態になると、以外と心が座っているもんだと公一は思った。


少し美帆の容態が持ち直し、小康状態に落ち着いた頃だった。

「お父さん・・・。」

横で眠ろうとしていた公一に美帆が声を掛けた。

「どうした?痛むのか?」

公一は起き上がり、美帆の髪の毛を優しく撫でながら聞いた。

「お父さん。お願いがあるの。」

「美帆のお願いなら何でも聞くぞ!」

微笑みながら答える。

「ありがとう・・・。あのね・・・。」

とても穏やかな声だった。





「ねえ、ヒロ。鎌倉の海に行きたい。」

そう言われて浩輝は戸惑った。

外出出来るようには思えなかった。

「大丈夫。先生の許可はもらったから!」

浩輝は不安げに公一を振り返る。

公一は答えずに黙って頷いた。




そして、ふたりは鎌倉へ向かう電車の中にいた。

隣に座る美帆は、いつものように浩輝の肩に頭を預けている。

前と違うのは、美帆の唇に引かれたルージュの色が濃いことだった。

そのままでは唇の青さが目立ってしまうので、由美子が引いてくれていた。

鎌倉駅に着くと、タクシーを拾い、そのまま由比ヶ浜を目指した。



タクシーを降りて砂浜へ向かう。

そして以前、ファーストキスをした階段に腰掛けた。

3月とはいえ風が冷たかった。

浩輝は持ってきた毛布を美帆の肩に掛けた。

「大丈夫か?」

「うん。ありがと・・・。」

美帆は微笑むと、浩輝の手を握りしめ、そのまま海に視線を移した。

浩輝も海を見つめた。

穏やかな波が打ち寄せていた。






そのまま長い時間、ふたりはそのまま佇んでいた。

「ヒロ・・・。」

美帆は海を見つめたまま浩輝の名前を呼んだ。

「なに?」

美帆は浩輝の手を強く握りしめた。





「人間って、何のために生まれてくるのかな?」





浩輝はハッとして美帆の顔を見つめた。

その顔はまるでこの海のように穏やかな表情だった。

美帆は何かを悟っているような気がした。

「それは・・・。」

浩輝には答えが出せなかった。

そんなことを考えたこともなかった。

美帆は不意に浩輝に顔を向け、微笑んだ。

その表情は少し寂しそうに見えた。

「ありがとう・・・。ヒロ・・・。ごめんね・・・。」

笑顔のまま、美帆は続けた。

「しばらくヒロに会えない。」

「え?」

浩輝は絶句した。

「どうして?」

美帆は表情を崩さないまま答える。

「こんな弱っちい私を見て欲しくない。だから・・・。」

ニッコリ微笑む美帆。

「私が元気になったら会いに来て!」

「そんな事出来るわけ・・・。」

「お願い!」

美帆が叫んだ。

「お願いだから・・・。」

美帆は下を向いた。

「美帆・・・。」


少しして美帆が立ち上がった。

浩輝はその姿を見上げていた。

「じゃあね。」

美帆は明るく微笑むと、車道に向かって歩きだした。

「美帆!」

浩輝は立ち上がって追いかけると、後ろから美帆を力いっぱい抱きしめた。

「ヒロ!」

美帆は後ろを振り返り、浩輝の唇に素早くキスをした。

「その時まで、バイバイ!」

もう一度浩輝の頬にキスをすると、車道に向かって歩いていった。


浩輝は追いかけられなかった。

そのまま美帆を見送っていると、そこには公一が立っていた。

公一は厳しい表情で頷いた。


美帆はそのまま公一の車に乗り、走り去った。




病院へ向かって車を走らせていると、後部座席からすすり泣きが聞こえてきた。

やがてそれは嗚咽に変わり、やがて美帆は声を上げて泣いた。

公一は黙ってそれを見守りながら、車を走らせた。







浩輝は、美帆の残していった毛布を頭から被ると、そのまま階段に腰掛けた。




そのまま朝までずっと、波の音を聞き続けた。

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