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病室で、浩輝は美帆の手を握っていた。

美帆は市内の救急病院に運ばれた。

公一達も浩輝から連絡を受け、今ドクターと話をしている。

酸素吸入器を付けた美帆の胸は苦しげに上下している。

何もしてやれない自分がもどかしかった。


「浩輝君。」

ふいに呼ばれて振り返ると、病室の入り口に公一夫婦が立っていた。

どうやら病室では出来ない話のようだった。

3人は1階に降りて、誰もいなくなった受付ロビーのベンチに腰掛けた。

公一が缶コーヒーを手渡す。

「ありがとうございます。」

浩輝は受け取ったコーヒーを手でもてあそんでいた。

「大変だったろう。浩輝君がいてくれてよかった・・・。」

「いえ。大丈夫です。」

見ると、浩輝のシャツの胸の部分が美帆の血で染まっていた。

しばらく無言が続く。

「明日・・・。」

公一が口を開いた。

「明日大学病院に転院させる。」

「・・・そうですか。」

浩輝は缶コーヒーを開け、一気に飲み干した。

「今日はもう上がってくれ。美帆は今夜は眠ったままらしい。我々も今夜は家に戻る。」

「はい。」

浩輝は力無く立ち上がると、病院から出ていった。

それを見届けると公一達も家路に就いた。


自宅に戻り、リビングの灯りを着ける。

本来ならば今頃、浩輝の誕生日を祝っているはずだった。

ダイニングテーブルにはその準備がされたままだった。

公一はイスに腰掛けると、そのまま頭を抱えた。

病院の医師の話によると、今すぐ命の危険が迫っているわけではないとの事だった。

喀血のショックと重度の貧血で意識を失ったのだろう。

しかし、覚悟していた事とはいえ、血だらけの娘を見てしまったショックは大きかった。

「あなた・・・。」

キッチンから由美子が声を掛ける。

「うん?」

「お食事にしましょう。」

由美子がビーフシチューを運んでくる。

昼間に美帆が作っていたシチューだ。

「ちゃんと食べておかないと、私たちがダウンしちゃいますよ。」

「・・・そうだな。」

公一はシチューに口を付けた。

由美子のシチューの味に近かった。

ふと、浩輝や美帆と4人で誕生日を祝っている幻が見えた気がした。

涙が溢れてくる。

こういう時、男親は弱いものだ。

泣きながらシチューを啜った。

由美子は話しかけることなく、公一の正面に座りシチューに口をつける。


その夜は静かな夜だった。



次の日、美帆の病室に向かうと美帆は笑顔で迎えてくれた。

「前の病気の後遺症だって。ビックリしちゃった!」

舌を出しながらおどけて言う。

「お父さんだってビックリしたぞ!」

美帆の頭をクシャクシャ撫でながら公一は言う。

「辛いところ無い?」

「うん。」

由美子が尋ねると、美帆は笑顔で答えた。


そのまま転院手続きを済ませ、大学病院が手配してくれた搬送車に乗り、医師立ち会いで大学病院へ向かった。


病院に着くと神山が出迎えてくれた。

「美帆ちゃん。なかなか派手にやっちゃったみたいだね?」

車椅子に乗り換えた美帆に神山がおどけて尋ねると

「すいません。みんなに心配掛けちゃって。」

明るく答えた。

「そっか。じゃあパパッと検査して、あとはゆっくり休もうか。」

「はい。」

車椅子を押しながら、神山は後ろの公一達に目配せする。

公一達は一礼した。


一通り検査を済ませ、病室に美帆が帰ってくるとそのまま由美子を残し、浩一は説明室へ向かった。

中に入ると神山はいつものようにシャウカスティンにCTやMRIの画像を挟み、待っていた。

「大変でしたね。」

着席を促しながら神山が言う。

「いえ、私たちより美帆の彼氏が大変だったみたいで。」

「そうですか。」

公一の着席を待って、カルテを広げた神山は切り出した。

「前もお話したように、肺へ転移したガンによるものです。」

「そうですか・・・。」

神山は眼鏡を指で上げながら

「喀血が起きた。あとはこのまま悪くなるだけです。まだ現状を続けられますか?」

「というと?」

「通常でしたらこのまま入院していただいて終末医療を行いますが、続けられるのでしたら一度退院していただいていいでしょう。しかし・・・。」

「しかし?」

「痛みが出てきた時点で再入院していただきます。」

「・・・そうですか・・・。」

公一は拳を強く握った。

「お願いします。」

神山は軽くため息をつきながら、話を続けた。

「では3日後に退院しましょう。ですが学校は休んでください。あくまでも自宅療養ということで。」

「はい。」

「それと、あまり長距離の旅行などは控えてください。」

「はい。」

「それと・・・。」

公一は顔を上げて神山を見つめる。

「強い痛みが出た場合、鎮痛剤では痛みは取れません。そのときはモルヒネを投与します。即入院させてください。」

美帆の最期が迫っているということだ。

覚悟はしているつもりだったが、後頭部がやけに重く感じられる。

「わかりました。」

吹っ切ったように力強く公一は答えた。


病室に戻ると、由美子と美帆が楽しそうに話をしていた。

美帆が公一を見つける。

「お父さん!」

笑顔で迎えてくれる。

「だいぶ良さそうだな?3日したら退院だって。」

「ホント?」

「ああ。でもしばらく自宅療養。学校もお休み。」

「えー!」

不服そうな顔をして美帆が反抗する。

「それとも入院したままがいいかい?」

「それは・・・。」

不満顔のままペコリとお辞儀をして

「自宅療養でお願いします。」

「いい子だ。」

そう言って公一は美帆の頭を撫でた。


その日のうちに由美子には話をした。

浩輝には電話をして、退院してから見舞いに来てくれるよう頼んだ。



これからあと何日、美帆を見守ってやれるのだろう。

美帆の死へのカタチを整えてやらないといけなかった。

そして、どこまで美帆に嘘を付き続けられるのか。


短くて長い日々が続く。

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