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ハワイからの帰路、今は飛行機の中。

公一の横で、美帆は寝息を立てている。


4泊6日の旅だった。

貧血気味の美帆に無理をさせないように、あまりアクティブなスケジュールは立てなかった。

しかしそれが功を奏したようだった。

毎年泊まるコンドミニアムを中心に、ビーチとショッピングと食事に終始した。

唯一ヨットでのクルージングがとても良い旅の思い出となった。

家族水入らずのゆっくりとした旅となった。

最初は浩輝も誘ったのだが、断られた。

しかし濃密な家族の時間が過ごせたことは浩輝に感謝だった。

だが、この6日間の美帆を見ていると、明らかに体力が落ちてきていることが感じられた。

公一は美帆の寝顔を見つめながら、この寝顔をあとどれくらい見ていられるんだろうかと考えていた。

「あなた・・・。」

それを察したのか、隣の由美子が公一の肩に手を置いた。

「大丈夫。」

そう、切られていた命の期限はもう過ぎている。

いつ何が起こっても動じないように覚悟を決めておく必要があった。

それを再確認する旅行でもあった。



飛行機は羽田に到着した。

入国手続きを済ませゲートを抜けると、見慣れた笑顔が待っていた。

美帆の表情が一気に明るくなる。

「ヒロ!」

美帆は浩輝の元に駆け出すと、その首に飛びついた。

「おいおい・・・。」

後ろに一歩後ずさりしながら、その攻撃を受け止めた。

「ただいま!」

はしゃいだ声で美帆が言う。

「おかえり。それから明けましておめでとう。今年もよろしく。」

それを聞いて美帆は浩輝から体を離し、お辞儀をした。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!」

言い終わるやいなや、また浩輝に抱きついた。

「こらこら、親の目の前であんまりアツアツを見せつけるな。」

公一が笑いながら、カートを押してやってくる。

由美子も合流して、新年の挨拶が交わされた。


美帆は由美子とベンチに腰掛けて話している。

浩輝は公一に話しかけた。

「じゃあ、美帆を明日までお預かりします。」

「ああ、よろしく頼む。明日は美帆を病院まで連れて来てくれ。」

翌日は美帆の検査の日だった。

「はい。」

一礼して美帆の元へ向かおうとすると

「浩輝君。」

と呼び止められた。

見ると公一が手招きしている。

近寄ってきた浩輝に公一は切り出した。

「美帆の体力がだいぶ落ちてきてるようだ。注意してやってくれ。」

浩輝にとってあまり聞きたくない話題だった。

「はい。」

表情を引き締めて頷いた。


空港で公一たちと別れ、浩輝は美帆とモノレールに乗っていた。

「これからどこに行くの?」

浩輝の肩にアゴを乗せながら美帆が聞いてきた。

「遊園地。」

美帆の顔が笑顔に変わる。


そのまま電車を乗り継いで、池袋からとしまえんへ辿り着いた。

真冬だが、冬休み中ということもあってなかなかの混雑だった。

「そういえば私たち、付き合って初遊園地だね。」

「そうだな。何に乗りたい?」

「モチロン!」

そう言って、美帆はジェットコースターを指さした。

「やっぱり・・・。」

浩輝はコースターが苦手だった。


二つ三つとハシゴすると、浩輝はヘロヘロになっていた。

「ヒロの苦手なもの、初めて見た!」

笑いながら美帆が言う。

「うるせえ!」

やっとの思いの笑顔で答える。


その後はレストランでランチを食べたり、ゲームセンターで射的をしたり。

ただ、ある方向へは美帆は足を向けなかった。

浩輝はそれを察した。

「さあ、美帆。次行こうか!」

「ヤダ!」

気配を察知して、美帆がしゃがみ込んで反抗する。

そんな美帆をお姫様抱っこすると、浩輝は走り出した。

「こらー!離せー!」

そのままお化け屋敷へと拉致した。

案の定美帆はお化け屋敷は苦手だったようで、浩輝の袖を掴んだまま殆ど目を開けずに、しかしキャーキャー叫びながら出口まで向かった。

お化け屋敷を出ると、美帆は半ベソ状態で

「ひどい・・・。」

と少し放心状態だった。

「ゴメンゴメン。でもお返しだよ。」

まだムクレる美帆に、浩輝は観覧車を指さした。

「さあ、あれに乗ろう。」

「うん。」

美帆は浩輝に引っ張られて観覧車へ向かった。


ここの観覧車はさほど大きくはない。

観覧車に乗ると、乗客は二人だけだった。

観覧車が上に向かう途中、営業時間終了の放送が流れた。

「これ降りたら終わりだね。」

美帆が寂しそうに呟く。

「うん。」

浩輝が答えると、美帆が浩輝の方に腰掛けた。

ゴンドラが傾く。

下を見ると、家路に就く客の流れが見えた。

「遊園地の終わりってなんだか寂しいね・・・。」

浩輝の肩に顔を預けながら美帆が言う。

「うん。」

美帆の肩を抱く。

「でも、明日にはまた賑やかになるよ。」

肩に回した手に力を込める。

「うん。」

美帆は力を抜いて体を預けた。


観覧車を降りて歩き出すと、次々と施設の明かりが消えていく。

時計を見るとすでに16時を回っていた。

すでに夕暮れが迫り、空を紫色に染めていた。

出口に向かって歩いていたふたり。

ふと浩輝が足を止めた。

「どうしたの?」

繋いでいた手をぎゅっと握りしめた。

「美帆、見てごらん。」

浩輝が指をさした方向を見ると、古い回転木馬があった。

他の遊園地のような派手さは無いが、無性に懐かしみを感じる回転木馬だった。

「これは、100年以上前にアメリカで作られたメリーゴーランド。エルドラドっていうんだ。」

「へえ。」

「アル・カポネも乗ったことがあるらしい。」

その装飾の豪華さに美帆は目を奪われていた。

「素敵・・・。」

美帆がそう呟いた瞬間、その回転木馬に灯りが点った。

「エッ?」

一瞬でそのエルドラドはおとぎの世界へと変貌した。

「さあ、乗るよ!」

美帆の手を引いてエルドラドへ向かう。

「いいの?」

「ああ。」

そう言いながら、浩輝は運転席に座る初老の運転員に軽く一礼をした。

美帆がハワイに行っている間に、浩輝が園長に掛け合ってお願いをしていたのだった。

すべての事情を話しての直訴に、園長は善処を約束してくれた。

馬車に美帆を乗せると、浩輝はその横の馬に跨った。

「俺、このエルドラドが大好きで、いつか美帆を乗せたいって思ってたんだ。」

そう言い終わるやいなや、発車のベルが鳴り、木馬は静かに動き始めた。

笑顔の弾ける、たった二人の客を乗せた回転木馬が回り始めた。



暗闇に浮かび上がるその姿はまさに威風堂々たる姿だった。



その夜は病院の近くの高層ホテルに宿を取っていた。

ホテルのレストランでディナーを楽しみ、そのまま36階の部屋に入る。

「ヒロ。今日はありがとう。」

「いえいえ、どういたしまして。」

畏まったような浩輝の物言いに

「もう!ちゃんと・・・。」

言いかける美帆の唇を塞ぐ。

美帆の体から力が抜ける。

長いキスの後、浩輝が言葉をかける。

「またひとつ、夢が叶った!」

微笑む浩輝に

「次の夢は何?」

と美帆が訪ねる。

「美帆とずっと一緒にいること!」

見つめ合い、再び唇を重ねた。


その夜、再びふたりは結ばれた。





しかしこの時、浩輝は美帆の空咳に気付いていた。

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