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12月に入っても、美帆の体調はあまり変わらなかった。


公一は、美帆の診察日とは別に神山医師のもとを尋ねた。

「今のところ、目立った症状の進行は見られませんね。」

「そうですか。」

「おそらく精神的に充実していることが効を奏しているんでしょう。」

確かに最近の美帆は幸せそうだ。

精神的な安定が吉と出ているのだろう。

「しかし・・・完治へ向かっているわけではありません。多少の延命に繋がっているとは思いますが・・・。」

神山は続けた。

希望を持たせてはいけないのだ。

「はい。」

わかっているとはいえ、辛い言葉である。

「とりあえずしばらくはこのままという事で。急に悪化することはしばらくないと思いますので、旅行なども今のうちに。」

「はい。ありがとうございます。」

そう言って公一は退室した。


旅行は考えてある。

正月に毎年家族で行っていたハワイに連れていこうと思っていた。

そんなことを考えながら帰宅し、浩輝に連絡を取ろうと思っていた矢先に電話が鳴った。



あの山でのキャンプのあと、浩輝はずっと考えていた。

自分がどれだけ美帆のことを愛しているかという事。

美帆が自分にとってどれだけかけがえの無い存在かという事を。

美帆と一緒にいる時も、美帆の顔を見つめるたびに思いこんでしまうので、時々美帆にからかわれていた。

そして、今日決心したことがあった。

公一に話しておきたいと思った。

そして電話を掛けた。




次の日、浩輝は公一の会社を尋ねた。

支社長室に通され、応接ソファーで対面した。

お茶を持ってきた秘書に

「君はしばらく席を外してくれ。」

というと、公一はソファーに腰掛けた。

「わざわざ来てくれてありがとう。」

「いえ、僕もお話したいことがありましたから。」

「まあ、飲んで。」

お茶を勧め、公一も一口啜ると話を続けた。

「僕の話はね、正月休みに美帆をハワイに連れていこうと思ってる。」

「はい。」

「毎年正月に行ってる恒例の旅行なんだが、君も一緒に行ってくれないだろうか?」

「え?」

唐突な申し出に浩輝は戸惑った。

「旅費はもちろん僕が出す。美帆も喜ぶ。」

「・・・。」

浩輝は考え込んだ。

しばらくして公一が再び口を開いた。

「どうだろう、浩輝君。」

浩輝の答えは予想に反していた。

「いえ、お父さん。とても嬉しいんですが、今回俺は辞退させてください。」

「なぜだい?」

公一は理由を聞いてみたくなった。

「毎年恒例の、家族水入らずを邪魔したくはありません。」

「しかし、美帆が悲しむぞ。」

浩輝は笑顔になって言う。

「いえ、美帆と俺の結びつきはそんなにヤワじゃありませんから。それにいつも通りにしないと!」

ああ、この少年はいつも美帆が最優先だったと痛感した。

改めて浩輝の美帆に対する想いの深さに感謝する。

「その代わり、成田には迎えに行きます。」

「わかった。ありがとう。」


すると、浩輝が真顔になった。

「それではお父さん、僕からのお願いを聞いてください。」

あらたまった口調に公一は少し緊張した。

「なんだい?」

浩輝はやおらソファーから降り、土下座をした。

「美帆さんを俺にください。美帆さんと結婚させてください!」

公一は息を飲んだ。

「おいおい、君はまだ16だぞ。」

「わかってます。男は18にならないと結婚できないのも知ってます。」

「じゃあ・・。」

「婚約させてください。そして美帆が頑張って18まで生きてくれていたら、その時は本当に結婚させてください。」

「・・・。」

公一は絶句した。

美帆の18歳は来ないもんだと自分は腹を括っていた。

しかし、目の前の少年は未来を見続けていた。

しかし、浩輝の将来を縛るわけにはいかない。

「・・・浩輝君。もし仮に、美帆が18まで生きてくれたとしても、いずれは間違いなく君より先に逝く子だ。そんな約束を出来るわけがないだろう!」

浩輝はなおも食い下がる。

「いいんです。俺は美帆の生きる希望になりたいんです!」

公一は体が震えるのがわかった。

しばらく考えて、公一は口を開いた。

「浩輝君。これはすぐに結論が出せる問題ではない。しばらく時間をくれないか?」

浩輝は体を起こした。

「はい。」

「答えが出たら連絡する。」

「わかりました。宜しくお願いします。」

浩輝は頭を下げた。

再び顔を上げた時、浩輝はスッキリした顔をしていた。



夜、浩輝の申し出を考えながら、公一は一人、リビングでスコッチをあおっていた。

なかなか酔えなかった。

踏ん切りが付かず寝室に入ると、先にベッドに入っていた由美子が声をかけた。

「どうしたの?」

「え?」

「なんだか考えごとがまとまらないように見えて。」

「ああ・・・。」

公一はベッドに腰掛けた。

「今日、会社に浩輝君が来た。」

「それで?」

「美帆との結婚を申し込まれたよ・・・。」

「え・・・。」

どうやら由美子も戸惑ったようだ。

「まだ結婚は出来ないから、せめて婚約させてくれって。」

「でも・・・。」

「ああ、そうだ。たとえ結婚できたとしても、彼の将来を考えたら簡単に承服できないだろう。でもな・・・。」

「でも?」

公一はあの時の浩輝の顔を思い出した。

「そんな姿を俺たちは見たかったのかもなと思ってさ。」

何かを察した由美子はベッドから起きあがって答えた。

「結論出てるみたいね。」

由美子に話しながら、どうやら公一自身答えが出せたようだった。

「そうだな。もし美帆が18歳を迎えられた時にまた考えればいいことだな。」

こころが晴れ晴れとした。


翌日、公一は改めて浩輝と会った。

「浩輝君。昨日の君の申し出の件、いろいろ考えさせてもらった。」

浩輝は不安そうな顔をしている。

「そんな顔するな!君の申し出を受けるよ。」

「本当ですか?」

とたんに嬉しそうな顔になる。

「おいおい、美帆に断られたら元も子も無いんだぞ?」

「それは大丈夫です。自信ありますから!」

公一は笑った。

「こいつ、ぬけぬけと!」

浩輝も笑う。

「では、もう一つお願いがあります。」

「ん?」

「今年のクリスマス、美帆と一緒に過ごさせてください。」

「というと?」

浩輝は一瞬間を置くと、改めて答えた。

「あの鎌倉の家で一晩一緒に過ごさせてください。そこで美帆にプロポーズしたいんです。」

一晩ふたりきりで過ごさせるという事はどういうことか、公一にはわかっていたが、もうそれを止める気も起きなかった。

「わかった。今、あそこの家には何もないから、いろいろ揃えておこう。」

「いえ、そんなにいりません。」

「どうすればいいんだい?」

「はい。ほんの少しの食器類と、カウンター用の椅子。それとベッドマットと簡単な寝具だけあれば。」

そうだ、この二人には他に何もいらないのだろう。

「わかった。用意しよう。他に何か必要なものが出てきたら言ってくれ。」

「はい。ありがとうございます。」

頭を下げて、浩輝は出ていった。



公一は自分の椅子に腰掛けて、ふうと息をついた。

「あとは頼むよ・・・。」

そう呟いて、公一は目を閉じた。

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