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今日の日本列島はおおむね快晴である。
大宮駅で朝7時に美帆と待ち合わせ。
二階のコンコースのオブジェ前で待っていると美帆がやってきた。
白のワンピースに白い帽子。
よく似合っている。
「待った?」
「いや、5分くらい。」
「そっか。」
「じゃあ、切符買いにいこう。」
「あ、ちょっと待って。」
そう言うと美帆はバッグから封筒を取り出した。
「お父さんがこれヒロに渡せって。」
「お父さんが?」
受け取って中を見ると、新幹線の特急券と切符、往復分が入っていた。
「さすがお父さん!」
美帆がやってきた方向に向かって手を合わせて拝む。
美帆も浩輝の横で拝む。
「さあ、行こうか!」
「うん!」
まずは東京駅に向かい、そこから新幹線に乗り換え掛川駅へ向かう。
進行方向左側の席に、美帆を窓際に座らせる。
東京駅まではあれほどおしゃべりだった美帆が、新幹線に乗った途端に無口である。
ずっと浩輝の左手を握ったまま、肩に頭をもたれている。
「どうしたの?」
「ん?」
浩輝の顔を下から見上げる。
この斜め45度からの美帆の見上げる顔に浩輝は弱かった。
「だめ。その顔反則。」
浩輝は顔を背けた。
「なんでー?」
トロンとした声で答える。
また、肩に頭をもたれ直す。
「なんかさ、ヒロとの初めての旅行って感じがして、なんか幸せなんだあ。」
可愛いことを言う。
「そっか。」
悪い気はしなかったので、そのまま1時間半ほどそのままでいた。
掛川駅に着くと、東海道線に乗り換え、袋井駅に着いた。
そこからタクシーに乗り、運転手に住所を告げる。
駅前の道をまっすぐ南下し、しばらく行ったところで左折した。
「運転手さん、あとどれくらいですか?」
「あと5分くらいかな?」
「ありがとうございます。」
浩輝は背負ってきたリュックから目隠しを取り出した。
「美帆。これつけて。」
「なに?」
いぶかる美帆に「いいから。」と目隠しをした。
ふと運転手とミラー越しに目が合うと、意図を理解したのかにっこりと笑った。
浩輝も笑顔で返す。
そのうちタクシーが止まった。
浩輝は目隠しのまま美帆を降ろす。
「行ってらっしゃい!」
運転手はそう声をかけると車を発進させた。
「美帆。ちょっと我慢して。」
そう言うと、浩輝は美帆をお姫様抱っこした。
「キャッ!」
そのまま100メートルほど歩いて、美帆を降ろした。
「なに?なに?」
ワクワクと不安が入り交じった表情が目隠しの下に見て取れた。
「美帆。目隠しを取ってごらん。」
その声に美帆は恐る恐る目隠しを取った。
急に眩しくなり、目を細める。
徐々に目が慣れてくると、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
「わあ・・・。」
そこは一面に咲く、季節外れのひまわりの中だった。
雲一つ無い青空に、黄色と黒のコントラスト。
25万本のひまわり畑は壮観だった。
ふと、美帆の目に涙があふれてきた。
「すごい・・・すごいよ・・・。」
見とれる顔とは、こういう顔のことを言うのだろう。
「これを見せたかったんだ。」
言いながら、後ろから美帆を包み込むように抱きしめる。
美帆は小さく震えていた。
お決まりのように、自分達より背が高いひまわりの中でかくれんぼをしたり、手をつないで歩いたり。
少しするとお腹が減ってきた。
浩輝は少し広い場所を見つけて、持ってきたシートを広げ、美帆を座らせた。
「ちょっと待ってて。」
リュックをごそごそしてると、中からフランスパンとハム、チーズ、レタスと登山ナイフを取り出した。
浩輝は器用にナイフを扱うと、パンを適当な大きさに切って切れ込みを入れ、カラシとマヨネーズを塗り、レタスとハム・チーズを挟み、即席のサンドウイッチを美帆に渡した。
「わあ、美味しそう!いただきます!!」
頬張る美帆を見ながら、水筒からミルクティーをコップに出して渡す。
「へー。ヒロってこういうことも出来るんだ!」
もぐもぐしながら美帆が言う。
「惚れた?」
「うん。惚れ直した!!」
それを聞きながら、浩輝もサンドウィッチを頬張る。
食事が終わると、二人はシートに寝転がった。
周りをひまわりに囲まれ、真上には真っ青な空が広がっている。
まるでこの世界に二人っきりなような錯覚を起こす。
「すごいね。」
美帆が呟く。
その横顔を見ていると、このひまわりが美帆にダブって見えた。
夏に咲くひまわりが、季節外れのこの時期に寒さを向こうに回して、今を盛りと咲き誇っている。
そう、今の美帆は季節外れのひまわりだ。
本人は何も知らないが、今美帆の身体は病気にあらがって必死に生きようとしている。
浩輝は起きあがった。
「美帆!」
「うん?」
美帆は寝転がったまま、顔を浩輝に向けた。
「俺と同じ時代に生まれてくれて、ありがとな。」
「ヒロ・・・。」
美帆も起き上がり、浩輝を見つめた。
浩輝は美帆のあごに手を添えた。
二人の顔が重なり、唇を合わせた。
長くて優しいキスだった。
そして、しばらく二人は肩を寄せあって佇んでいた。
「おやおや、可愛らしいカップルだな。」
声がした方を向くと、作業着姿の老人が立っていた。
「こんにちは。」
美帆が声を掛ける。
「どこから来たんだい?」
「埼玉からです。」
浩輝が答えた。
「おや、随分と遠いとこから来てくれたんじゃな。じゃあ、おみやげ持ってってもらおうかな?」
そう言うと老人はニッコリ笑って、持っていた鎌で周りのひまわりを10本ほど刈り取った。
それを、読んでいたであろうお尻のポケットに入っていたスポーツ新聞に器用にくるみ、ベルトに挿してあったひもで結んで即席の花束を作った。
そして美帆に手渡した。
「はい、これはお嬢ちゃんに。」
美帆の笑顔が弾ける。
「わあ!ありがとうございます。私、ひまわりが一番大好きなんです。」
それを聞くと老人はニッコリ笑った。
「そりゃあ嬉しいね。じゃあ、また来年もおいで!」
浩輝の胸にその言葉が突き刺さる。
「はい。また寄らせてください。」
二人が頭を下げると、老人は手を振りながら去っていった。
「さあ、行こうか。」
「うん。」
帰り支度を整え歩き出すと、美帆は腕を組んできた。
ひまわり畑からバス停に向かう。
ちょうどバスがやってきたので乗り込む。
美帆は名残惜しそうに畑の方に座る。
浩輝も横に座った。
バスが走り出した。
畑を見つめながら、美帆は小さな声で言った。
「ヒロ!また来年も連れて来てね。」
「ああ。」
そうなったらいい。
浩輝は力強く答えた。