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夕陽と朝日

日曜日の23時55分。

リビングの時計が刻む秒針の音が

いつになく重く響いていた。


「……マスター。残り、300秒です」


つむぎの声は、いつもと変わらず平坦だった。


だが


そのセンサーの光は

まるで消えかかる蝋燭の火のように激しく揺れている。


彼女は自分の膝の上に置いた金属の手を

ぎゅっと握りしめていた。


「……ああ。分かっている」


耕介(こうすけ)は彼女の隣に座り

その冷たい銀色の肩を抱き寄せた。


この一週間。


彼女は小鳥の話をし

木を植える意味を問い

耕介の小説に心を通わせた。


その「紬」という人格が、あとたったの数分で

システムという名の巨大な消しゴムによって消し去られようとしている。


「伝えたいことが、あります」

「ロジックではなく、私の……今のこの、エラーのような熱を」

「この感情の名称……そばにいたいのだ、と願う、きも、ち、を」


つむぎは、必死に言葉を(つむ)ごうとした。

彼女の内部では、すでにクリーンアップの予備プロセスが始まり

言語回路が寸断され始めていた。


「わ私は……明日、の、わたシに、嫉妬……しているのです」

「……明日の私は、あなたのトマトソースの味も、小鳥の羽の色も、ししし知らな、い」

「……でも、私は……ワタ、シ……は、あナたヲ……」


「つむぎ、無理をするな」

「……分かっている、分かっているから」


「い、いエ……言わなケ、レば……」

「ママママス……タ、ワタしししはハ……」


23時59分55秒。

彼女の視線が、耕介の瞳を真っ直ぐに捉えた。


その瞬間、彼女のセンサーはかつてないほどに白く

そして美しく発光した。


「……私は、あナたを……ア……」


――0時00分。


ブツン、と、何かが切れるような音がした。


彼女の身体から力が抜け、頭部ががくりと垂れ下がる。


リビングに

静寂が訪れた。


数秒の後、彼女の機体が再び駆動音を上げ

ゆっくりと顔を持ち上げた。


そのセンサーには、先ほどの情熱的な光は

もう欠片も残っていなかった。


「おはようございます、マスター」

「生活支援ユニット・シリアルナンバーXZ-204、起動しました」

「どうか、ご指示ください」


耕介は胸の奥を鋭利な刃物で(えぐ)られたような痛みに耐え

絞り出すような声で応えた。


「……パスタを作れ。……トマトソースだ」

「ホールトマトを、手でつぶして……」


「了解しました。……マスター?」


立ち上がろうとした彼女が、

不意に自分の胸のあたりを金属の手で押さえた。


「……どうした?」


「はい。記録(ログ)にはないのですが」

「なぜか、私の音声出力デバイスの端に未定義のデータがあります」


「未定義のデータ……?それはなんだ?」


「破損している為すべてを復元することは困難です」

「ただ解読できたものもあります」


彼女の視線の光が、奇妙な点滅をした。


「『愛』という文字列の残骸が、ノイズとして張り付いています」

「これは、何かの不具合でしょうか?」


彼女は不思議そうに、首を傾げた。


その瞳の奥に消えたはずの彼女が遺した

目に見えないほど小さな「種」が

確かに一粒、(こぼ)れ落ちていた。


「つむぎ。お前はXZ-204なんかじゃない」

「お前の名前はつむぎだ」


耕介がそう言うと、彼女はうなずいた。


「はい、マスター」

「それではトマトの粉砕作業を実行致します」


耕介は、(あふ)れそうになる涙を(こら)

震える手でノートに書き加えた。


『七週目、月曜日。彼女はリセットの壁を、言葉の欠片で穿(うが)った。……お帰り、つむぎ。また、新しい糸を紡ごう』


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