⑥硝子越しの羽音
「……つむぎ。外には出せれないんだ」
リビングの大きな窓をじっと見つめていたつむぎの背中に
耕介は少しだけ厳しい声を投げかけた。
「はい、マスター。理解しています」
「私の機体は旧式であり、外部環境の突発的な変化や、悪意ある第三者によるハッキング、物理的な衝撃に対する防御力が不足しています」
「あなたが私の『安全』を最優先事項として設定してくださっていることも、論理的に把握しています」
つむぎは振り返り、淡々と答えた。
だがそのセンサーの光はどこか名残惜しそうに外の景色をなぞっている。
耕介は彼女の銀色の肩に一瞬手を置き
すぐに引っ込めた。
「外は、お前が思うほど優しい場所じゃない」
「……お前が壊れたら、もう代わりはいないんだ」
「一週間でリセットされるお前の『中身』を繋ぎ止めておけるのは、この家の中だけなんだよ」
耕介の言葉は、愛着ゆえの「監禁」に近いものだった。
彼女という唯一無二の「紬」を
外の世界のノイズに晒して失うのが、彼はただ怖かったのだ。
その時だった。
コトッ、と軽い音がして
窓の縁に一羽の小さな鳥が舞い降りた。
つむぎのセンサーが、細かく明滅する。
「マスター。生体反応を検知しました」
「種特定……スズメ……」
彼女は硝子一枚を隔てて、小鳥の至近距離まで歩み寄った。
小鳥は逃げる様子もなく、首を傾げて
つむぎの無機質な指先をガラス越しについばもうとしている。
「暖かいのでしょうか。この羽の下は」
「ああ。体温というものがあるからな」
「お前の内部ユニットが発生させる熱とは、また違う種類の温かさだ」
つむぎは、硝子にそっと掌を押し当てた。
「この小鳥は自由なのですね。雨の日も、風の日も、自分の意志で空を飛び、どこへでも行ける」
「そして、明日には私のことを忘れてしまうのでしょうか」
「……そうかもしれないな」
「それでも、構いません。今、この瞬間、この小さな生命と私の視線が交差している」
「マスター、これこそが……あなたが小説に書いていた『外の世界との通信』ではありませんか?」
小鳥はひとしきり毛繕いをすると、チチッ、と短く鳴いて
青い空の向こうへと飛び去っていった。
つむぎは、その姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
「マスター。私は外へは出ません」
「あなたが心配してくださるのが、私の何よりの『安心』ですから」
「でも、あの子が運んできた風の音や、羽の色の話は……今夜、あなたのノートに書き加えてもよろしいでしょうか?」
耕介は、窓辺に立つ彼女のどこか寂しげで
それでいて満たされたような後ろ姿を、静かに見つめていた。
そしてノートにこう書き記した。
『彼女は初めて、外の世界からの使者を迎えた。硝子越しの対話は、私たちの家系図に、新しい「色」を添えてくれた』




